月の湯

「お姉ちゃんとゆっくりできるの久しぶりなのです」

「せやね。ここしばらくはきつかったから今日はちょっとのんびりさせてもらうわ」


 ククノチに接続する形で新規営業開始したシスティリアの銭湯第一号、その名も『月の湯』

 なんでか知らんけどエライ乗り気だった月音が全面的に絡んだこともあってこの名前となった。

 そんな共同浴場が開業したんはいいんだけどさ、先々を考えて共同食堂であるククノチに繋いだのがいろんな意味で副作用を生んだ。


 ぶっちゃけ、混んだのさ。


 一応シャルとアカリの大改装によってククノチ自体の座席数も三倍に増えたし、新しいバイトの子も増やしてみんなで教えつつシフト入ってもらったから同じ客足だったら余裕だった。

 だけどさ、お風呂があってさ、ついでに飲食出来る場所があるとなると家で自炊してた子らも食事しにきたりお風呂に入ったりしに来るのよ。


 今のシスティリアではまず生きてくのに必要な費用はリーシャから全員に支給されている。

 初期のころはシャルから硬貨が配られていたけど、鋳造の手間が多いということで最近みんなで相談して制度をいじった。

 姉妹から配られる生活費兼お小遣いみたいな感じやね。


 建前的には都市の再建築をしてるということで全員公共事業従事者扱いになっていて、お金の処理をしてられないものは現物支給、供給に余裕が出てきたものから順に物品やサービスを現金購入するという形に切り替えていって最後は商業活動中心で回るようになるそうだ。

 このあたり怪獣災害やそこからの復旧の多かったロマーニでは国の制度として確立している。

 シス・ロマーニは元のロマーニ国を継承した後に新領地システィリアを形成し、その新領主として功労の大きかった王妹のリーシャに王命で公爵位と領地、それにかかるすべての権限を与えたという建前をとっている。

 最大の功績はランドホエールの時空消滅魔法をで止めたこと、それとシスティリアを形成したことである。

 なので国家としての法体系や制度設計は元のロマーニのものを引き継いで、その上に領主であるリーシャが取り決めた追加の条例が乗るという形式だ。

 なお、条例という単語自体からしてトライの持ち込みだそうな。

 あとリングでやり取りできる情報のみの通貨はシスコイン、私がつけた通称はシスコンといってこの都市内でだけ通用する都市の公認通貨に該当する。

 レビィティリアだと紙幣だった奴でテラでいうなら藩札とか地域通貨あたりだわね。

 全体的になんとなく見たような気がする制度設計なのはトライに災害慣れした日本人が多いことから、同級生などからあちらの制度設計を聞くことの多かったシャルが自国流にカスタマイズして取り入れたものが多いからだそうだ。

 そんなわけでファイブシスターズはじめとして、初めから人間だった子等は比較的迷うこともなく普通になじんだ。

 その一方で馴染むのに手こずったのがマーメイドの子たち、そしてヤエだ。

 元マーマンだった知識のない子等は当然としてエルフも貨幣を使ってないサービスの共有と物々交換が主体だったそうで作業はともかく購買活動に切り替わるタイミングでハマった。

 そんなヤエにこまごまと教えていたのが意外というかなんというかナオだ。


「買い方とか教えてやっから、まずはうちに飯食いに来い」


 基本、ヤエは上層でエウと一緒にいるか下層で農業指導をしてる。

 ご飯はどうしてるかというと現地で出来合いのを適当に食ってたそうだ。

 穀物を炊いただけとか、ちょっと塩味をまぶしただけとかが多かったらしい。

 ナオ、それ見てらたしいのよね。

 それでヤエが購買についての色々を覚える必要が出た際に、ナオに引っ張られる形でククノチに連れてこられた。

 そして一度買い物と会計の仕方を覚えた後はククノチの常連になった。

 というか、ものすごく食べる、しかもうまそうに。

 しかも下層での農業指導とか一手にやってるのもあって仕事量も多いものだから地味に金持ってるんだよね、ヤエ。

 今時点のシスティリアではただ生きてくだけなら給付金と現物支給で問題がない状態なのだけど、必要とされる仕事をすればしただけ手元にお金が入って好きなことに使える状態でもある。

 お金の出元はリーシャが給付する怪獣災害対策費用という名前の作ったばかりの現金だわね。

 つーても娯楽施設が皆無だから使うとしてもリーシャの店やアイラの店に人が来る。

 そこにさ、のんびりできる入浴施設ができたらどうなるか。

 ということもあって異世界銭湯、月の湯は訳が分からんレベルで混んだ。

 最後にはついに猫の手まで借りた。

 その後、月の湯は再改修して魔導機を中心とした半自動化改修を行った。

 それに合わせてククノチはじめとした都市内の各施設の経済活動は姉妹召喚リングでの決済が基本となった。

 硬貨は個人的に使いたい子が個人間で通用するのに使ったり物理で貯金したい子が使ってる。

 そんなこんなで今日はオフというのもあり咲と一緒にお風呂でゆったりだ。

 ククノチからも入れるのだけど表から入って魔導機が仕込まれた下駄箱に靴を入れてからリングをかざすとロックがされる。

 二人とも靴を脱いだ状態で先に進むとフロントがあって入場管理用の清算装置が設置されていた。

 基本、月の湯の入場料は前払いでここで清算したら、その後は一日好きな時に出入りできる。

 そして開業初期のころと違ってすっかり落ち着いたフロントには月影が座っていた。

 番をしてるだけで何かしてるってわけでもないんだけどね。


「お疲れ、月影」

「お疲れ様なのです」


 私と咲は月影に挨拶すると清算装置にリングをかざした。

 ピッという音がして清算処理がなされる。

 ロビーからさらに進むと扉がありその横の白い四角の傍に『ここにリングをかざす』と手書きで文字が書かれていた。

 私がそこにリングをかざすと扉が開く。

 ぶっちゃけ魔導機による自動ドアだわね。

 ほんと魔導というか魔導具ってテラというか日本の自動装置をイメージして模写したんだろうなってのがわかる一面だ。

 このまま一緒に入ってしまっても問題ないのだけど、律儀な咲は入り口で自分のリングをかざしてから中に入った。

 入った先の部屋は脱衣所になっていて、見慣れた妹たちが着替えたり置いてある椅子に座って涼んだりしていた。


「あ、姉さま」

「姉さんは今からか」


 そんな脱衣所で服を着てる最中のステファとマリーにあった。


「うん。ステファ達は今日はこっちのお風呂入ってたのか」


 頷いた二人。

 今日は訓練に出かけていたステファとマリーは今風呂あがりっぽいね。


「今日の午前は本格的な戦闘訓練をしたからね」

「訓練お疲れ様だったのです」


 咲の言葉にうなづいたステファが続きを口にする。


「それとアイラに元男向けの新作メニューの試食を頼まれたからついでにお風呂に入ってしまうことにしたんだ」

「なるほど。肉系の料理やね」

「ああ」


 現在のシスティリアには人種としては女性しかいない。

 これは私がそう定義したのと領域に対して妹転換がかかっているのもあって、シャルが言うには深度零の普通の人間だとほぼ抵抗できずに妹化してしまうそうだ。

 その一方で私自身は男でも妹になれるとみなしてることから、生理的には男性が入って入れないことはないはずなのだけど今のところトイレや各種生活に関する設備は全部女性に合わせて作ってある。

 細かいとこだと棚の高さとか椅子の幅とかだわね。

 もうちょっと余裕ができてきたら男性向けの施設も増やす予定だけど優先的には後回しだ。

 男の娘はシスティリアでもマイノリティになるからね、先行で対応するのは多数向け施設なのさ。

 そんなわけでこの銭湯『月の湯』も基本男女は分かれていない。

 一応、設定としては混浴という扱いで、後々分離が必要な個々人に対して対応するために小さめの貸し切り風呂をいくつか作ってある状態だ。

 これも介護で使えそうやねと言ったら姉妹会議で皆に微妙な反応をされた。

 でまぁ、風呂などはまだ生理的には女性だけだからこの処理で行けるのだけど食となるとちょっと厳しい。

 量が多くて脂が強めの食事、例えばトンカツやステーキみたいなものが食べたい子も出るわけだ。

 その辺り、転換前の元の記憶が影響してるんだと思うけど比重としては元男の妹の方が男性向けの食事を好む傾向がある。

 そんなわけでアイラが作る男性っぽい子向けの料理の試食にステファが呼ばれることがちょいちょいあるわけだ。

 ちなみに傾向があるだけであくまで目安だ。

 たとえばシャルはお茶漬けのようなあっさりとしたものを好む傾向があるし、アカリはスイーツ好きでむしろ他の子より甘味を求める傾向があったりする。


「んじゃ、またあとで」


 頷いた二人を背に私と咲は風呂場に入った。

 まず目に入るのは体を洗う洗い場と奥に見える浴室。

 手前の洗い場では月音が据え付けの洗剤の補充をしていた。


「おつかれさん」

「おねーちゃん、今日はお休みだっけか」

「そうよ。月音は昼までこっちで午後はククノチだっけか」

「うんっ!」


 風呂場で作業をする月音の恰好はいつもの着物姿ではなく旅館の従業員さんが着るみたいな多少汚してもいい服になっている。

 ほったらかしてる間、延々と無限積み木をやってたこの子がここまでまじめに仕事するとは正直思ってなかっただけにうれしい誤算といえる。


「そういや月影は結局入ったのかね、風呂」

「入りました。けどすぐにあがって逃げちゃって」


 そういって頬を膨らませた月音。

 むしろ入ってくれただけすごいんじゃないかね、猫としては。


「ところでおねーちゃん」

「なによ」


 目をキラキラさせながら見つめてきた月音。

 ははっ、嫌な予感しかしないわ。


「温泉掘ってもいいですか」


 この子がやるとシャレにならん気がする。


「とりあえず保留」

「むーー」


 私がそういうと月音が頬を膨らませた。


「大体さ、どこから引いてくる気よ。アスティリアって火山活動とか正直微妙よね」


 地殻変動自体がないっぽいからね、こっちの世界。

 地震が少ないではなくてないというのでわかる。

 地面が揺れるのは怪獣が移動したときとか、何か大きな力を持ったものが揺らした時とかしかないみたいだしね。


「えっと溶岩地帯から直接?」


 溶岩地帯はあるらしい。

 なんか火山活動というよりはそういう場所がありそうな気がするね。


「大惨事になるからやめなさい」


 ははっ、この子止めるのも大変だわ。


『たまには優もやられる側に回ればいいと思うの』


 たまにはね。


「あ、ならっ!」


 手を打った月音に嫌な予感しかしない。


「火属性の怪獣を一杯呼び込めばいけますよね」

「だ、だめなのです。本当に怒られるのですよ」


 ずっと黙って聞いていた咲がさすがに慌てて割り込んだ。


「月音ちゃんや、もしかしなくてもこのノリで子供の龍王たち振り回してなかったかね」


 月音が横をむいて口笛を吹こうとしたがふけなかった。


「月音ちゃん……きちんとお話聞かないとだめなのですよ」

「はーい」


 いやマジお疲れ、龍王ズに育ての親二人。

 そんな私の脳裏に「次はお前さんやで」というレビィの言葉が聞こえた気がした。

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