公共交通

 今日はククノチのバイトはお休み。

 新しい移動手段ができたということでリーシャ、そして咲と幽子、月音を伴っての現場確認だ。


「なんか工事してるなーとは思ってたけど水路跡地に軌道引いたんだ」


 最近はすっかり実体が主体になった幽子。

 この前の事件の時に大きく背が縮んだのもあって咲と手をつないで歩く様子を見るとまるで咲が姉のようだ。


「むぅ」


 私の思考を読んだのかちょっと脹れた顔をした幽子。


「どんな乗り物なのか楽しみなのです。ねっ、月音ちゃん」

「えっ? なんですか、咲おねーちゃん」


 相当楽しみなのか道の先を歩いていた月音が振り返った。


「なんでもないのです」


 ちょっと苦笑した咲が笑いつつ話を流した。

 現在、私の両手には右側にリーシャ、左に咲が手をつないでおり、咲が反対側の手を幽子とつないで歩いてる状態だ。

 しばらく進むと上下に動いているケーブルカーの車両と乗り場が見えてきた。


「うわー、ホントにケーブルカーだ」


 幽子も好奇心に負けたのか月音と一緒に乗り場まで走っていった。

 まぁ、急ぐこともないので私はリーシャたちと風景を見ながらのんびりと歩く。

 レビィティリアでは坂を上る水路が多数あった。

 なので水運で大体の運搬が事足りたが、それができないシスティリアではほかの方法が模索されている。

 物流についてはアカリとシャルが作った都市の地下部を物を詰めたコンテナが自動で移動する魔導の仕組みが動き始めていて、以前も言ったように最後の末端部分での荷解きや運送はマーメイド達を中心とした人の手を使っている。

 それに対して人の輸送については完全に後回しになっていた。

 一応、アカリが魔導機のタクシーで人を運んで小銭を稼いでいたけど、さすがに面倒になったらしい。

 自動で飛行する魔導機を一定数造れば何とかなりそうな気もするけど、万一落ちた時の処理がまだ未整備だってことでシャルから差し止められたそうだ。

 そんなこともあって、ここしばらくアカリは今は水の通ってない水路を利用した公共交通の構築にいそしんでいた。

 その一環として完成したのが今日、運転の確認をするケーブルカーだ。


「こうやって変わったとこが出てくるとやっぱ違う都市なんだってのを実感するね」

「うん」


 まだまだ人が少ないけど今後増えてくるとごちゃごちゃしてくるだろうね。


「セーラが素敵ねっていうくらい良い都市にしよう」

「うん、頑張る。最近はダガシ屋も常連ができたんだ」

「ほー、それはよかったね。都市が育てば育つだけ月音も強化されるだろうしね」

「そうだね。おねーちゃんにも見せたかったな、この街」


 私とリーシャがセーラのことを思い出していると咲がちょっとだけ拗ねた声を出した。


「私も見てみたかったのです。とても綺麗な水の都市だったのですよね」

「まぁ、上っ面はね」


 私が身も蓋もない答えを返すとリーシャがきゅっと手を握った。


「私は好きだったよ。綺麗なとこも汚いとこも。それと楽しかった思い出も悲しかった思い出も」

「せやね」


 あの夏の一か月、水の都市で私達は元四聖しせいの妹と過去を旅した。

 最初はさ、四聖とか随分とたいそうな名前つけてきたなと思ったのよ。

 四聖と言う漢字を使うときには世界的に有名な哲学者とか思想家をさしてししょうと呼ぶこともあるからね。

 ぶっちゃけいうと普遍宗教の開祖が入ってる時点で、まぁ恐れ多いつーてもいいだろうね。

 私は普遍宗教にはついぞ教化されんかった部類なのでほどほどでしかないけどさ、それでも人とは何か、生きるとは、死ぬとかなにかということを真剣に考え抜いて後代が使いうる指針を生み出した人には畏敬の念くらいは抱くわけよ。

 つーか、私の師匠の一人に確か和尚わじょうもいたはずなのよ、詳細は完全にすっ飛んじゃってて思い出しようもないけどさ。

 だからまるでゲームの四聖獣みたいなノリで四聖とか出てきた時にごっちゃまぜのパチモンだと思ったのさ。

 まぁ、実際としてカリス教はかなり粗悪なパッチワークで組み上げた宗派なのは確かで、どちらかというとはっきりと目に見えるエリクサーや神聖術などの現世利益で人々の信心を集めたってとこはでかいと思う。

 たぶんに精神の弱い人、身内に病床者のいる家庭などを狙って落としたんじゃないかな。

 月魔導を土台とした月系の神聖術なら精神に確実に影響を出せるし、星系、沙羅とかが使う神技の場合は神の奇積、この場合は奇跡じゃなくて奇妙を積み上げるとされる異常現象を才能のない人でもサークレット付ければ使えるとなったら、それだけでもそこそこの信者は集まると思う。

 多分、千年とか二千年を経由すれば粗悪なカリスの信仰体系も次第にブラッシュアップされて見れるようになるんじゃないかな。

 ただね、こう四聖の何人かと縁ができるとどうにもカリス教が急いでる気がするんだよね。

 カリス教における四聖ってのは人格破綻者で、世間一般では悪と定義されるものを集めた集団だと思われる。

 多分、前世であるテラで本人が原因で他人を死なせたというのが最低条件なんじゃないかな。

 それをわかったうえでさ、セーラもナオも使い捨てるのは余りに勿体ないんだよね。

 才能的にも人としての本性的な面から見ても。


「あってみたかったのです。リーシャちゃんのおねーさんに」

「うん」


 そのまま沈黙した二人。

 そして四聖というとここ最近話題に出る人がいる。

 つーか、あの人を使い捨てるってのはセーラたちに輪をかけて論外なんだよなぁ。

 私はあの人が本当に死んだのかどうかからして怪しいと思ってる。


「咲、あの人、ソータさんはこっちではどんなかんじだったかね」

「どんなといわれると……」


 まぁ、口ごもるよね。

 鬼畜赤眼鏡だしなぁ。


「わからず屋の領主のとこに魔獣の群れを突っ込ませたり」

「ああ、あったのです」

「なにやってんだ、あの人。というか魔獣どうやって操ったのよ」


 私は頭を押さえたくなったが、そんな私の両手は妹達でふさがっていた。

 私の表情を読んだのかリーシャが遠い目をしながら話を始めた。


「レミングバッファローという集団で突貫する魔獣がいるんだよ」


 ははぁ、なんとなくわかった気がする。


「あの子たちは渓谷とかを壁に沿って走り抜けるのですが、ソータさんはその移動経路を組み替えて都市の領主の館に突っ込ませたのです」

「それ、やるだけならフィーでもできそうだけど、多分結構な規模でやってるよね」


 私の言葉に頷いた二人。


「おっきな土の巨人でやったのですよ」

「それってさ、どんくらいの大きさのよ」

「ランドホエールくらいなのです」


 咲が言うところによると、なんでも、土のゴーレムを用いてまるでレールを組みかえる様に渓谷の形を組み替えて意見の衝突のあった都市の領主の館にピンポイントで突入させたそうだ。


「都市の領主なわけでしょ、都市の壁とか防衛とかどうなってたのよ」

「えっと……壁は全部小さいゴーレムになってどっかに逃げた」


 おおう。

 つーか私でもやりそうだと自分でちょっと思ってしまったあたりあの人の影響受けてるわな。


「まぁ、まだ鬼畜赤眼鏡としちゃ優しい方だわね。咲たちの教育も考えて手加減したんでしょ」

「「えっ!?」」


 私の言葉に左右の妹が絶句する。

 そんな感じで雑談をしてるうちに私らはケーブルカーの乗り場についた。

















「まだ試運転中なのでちょっとでも変なとこがあったら言ってください」


 ケーブルカーの駅で制御盤に手をかけたアカリが私たちにそういってきた。


「このケーブルカーってさ、やっぱ職員必要よね」

「いえ、試運転が始まったらあとは半自動です。安全装置をがちがちに固めましたし路線の安全点検も魔導機がやってます。転落防止のホームドアもつけたんで、後は人が乗って安全が確認出来たら車両は自動で動きますよ」


 ははっ、こういうとこアカリもシャルと同じで一度やりだすと止まんないんだなとおもう。

 どう見てもファンタジー世界の実装じゃないよね。


「何かあった時はどうするのよ」

「そんときはシャル姉や私の手元の表示で分かりますので近くの妹に姉妹通信シスターサインで確認に行ってもらって遠隔で指示しながら復旧処理や救護を行います。あと軌道内は原則立ち入り禁止です。何か異物があった場合には全停止するので、間違って轢いたりとかも多分めったにしないですよ」


 絶対といわないあたりが技術者だわね。


「それに運行責任者はシャル姉なので何かあっても私は悪くありません」


 前言撤回、アカリはやっぱこうじゃないとね。


「ということでそろそろ次の車両が着ますんでのってください。まだ試運転中なので今日の最初の客は優姉達です」

「わー、ありがとー、アカリちゃん」


 喜ぶリーシャがアカリの手を掴むとアカリの顔がにやけた。

 そして車両が駅に付き、ドアが開く。


「………………」


 開いた車両内から月影が見上げていた。

 そして黙って制御盤を操作して車両の扉を閉じたアカリ。


「わー、まってっ!」

「ちょっとまってくださいなのですっ!」


 そのまま発車させそうな勢いのアカリに慌てる咲と月音。


「お姉ちゃん」


 リーシャが私を見上げつつ呟いた。


「あの子、普通の猫じゃないよね」

「そりゃまぁ、古代猫だしね」


 私とリーシャが話をする傍らで、咲と月音に扉を開けるように促されたアカリがしぶしぶ車両の扉を開く。


「ふえっ!?」


 そこには頭の上に赤いひよこを乗せて私たちを見上げるタキシード柄に手先が白い白黒猫の姿があった。


「「「「ふえたっ!?」」」」

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