共同浴場

『お風呂場、増やせませんか』


 少し前から姉妹通信シスターサインによる対話に切り替わった会議。

 作業が忙しい子もいるというのもあって本日は各々作業をしながらの参加である。

 そして私はククノチでバイト中。

 そんな中、今日は珍しく沙羅さらの方から話題が出てきた。


『沙羅からってのは珍しいね。どないしたのよ』


 少し前までは沙羅はマーメイド達の面倒見る傍ら治水や水の誘引、ちょっとした土木などを中心に作業をしていた。

 それに伴ってマーメイドの子等は沙羅の下の妹として移動している。

 現在、アカリが作った魔導機のおかげもあって下層の整地は一気に進み、あの子たちの仕事は船を使った人や物資の運搬に切り替わりつつある。

 都市内の物資運搬なんだけど現在層間の移動はアカリの魔導具、最後の手渡しとかはやっぱり人の手の方が便利ってことでマーメイド達が担っている。

 そして沙羅は全体の指導をしつつアカリと共同で運送の作業をこなしていた。


『そのですね。お風呂に入らなかったりする子が出てるんです。水路で体流すだけとか』


 あー、レビィティリアみたいなことをする子が出てるか。

 食べ終わった食器を下げに行くと月影が顔を洗っていた。


『入浴ですか。衛生面は疫病と相関関係があるので優先的に整備したはずですが。水回りの関係で私たちの住む上層部やお姉さまの住む建物に優先的に設備を回したはずです。そうですわね、アカリ』

『あー、えー、まぁーそうなんですが』


 アカリが煮え切らない返事をする。

 ふむ、何かやらかしてると見た。


『アカリちゃん、魔導機つかって作ってたマーメイドの子たちの水浴びの絵、全部捨てといたから』

『えっ、ちょっ、リーシャ姉、何してくれるんですかっ!』


 いや、むしろアカリが何してんのよ。

 本人がそういうのさられると照れて暴れるくせに。

 姉妹通信上で揉めるリーシャとアカリのやり取りをシャルがコホンと咳払いで止める。


『基本として水回りの整備は長期計画です。ですので入浴も整備可能な位置から順に行っており、中層の再開発が完了するまでは他の姉妹の家での入浴を推奨していたはずですが』


 厨房の傍では今日も月音が月影のご飯を受け取っていた。


「咲ちゃんや、月影にご飯あげてくるからちょっと交代お願い」

「はいなのです。行ってらっしゃい」


 私は一旦、従業員用のロッカー室に向かうと手早く着替える。

 なお、ロッカーはマリーとステファが作ってくれた木製である。

 同じくロッカー室に入った月音は手に持っていた餌をいったん横に置くとくるんと回った。

 すると身に着けていた服がロッカーに入り、代わりにいつもの着物姿へと切り替わる。

 いやはや、便利というかずるいというか。

 そんな月音の一芸を見ていると姉妹通信に沙羅の声が聞こえた。


『はい。それで夜になるとうちのお風呂場で行列ができちゃって……かなり遅い時間まで帰れない子も出てるんです。それでめんどくさくなって水路の行水ですましちゃう子も出ていて』


 あー、リーシャ達の住んでる領主の館兼ダガシ屋兼服屋エチゴヤの方は確かに混んでたね。

 機能を並べるとややこしいので最近はリーシャがいるとこを領主組、もしくはエチゴヤ組と呼ぶようにしてる。


『というかさ、私、ステファ達の住居に移ってからお風呂借りに来た子、ほとんど見てないんだけど。そういや兵士の子たちとかどーしてんのよ』


 私がそういうとステファが答えてくれた。


『兵士詰め所に簡易だけど風呂を作ってもらったからね』

『それとね、姉さま。なんかうちに来て入ってもいいよって声かけてるんだけどなんでか皆遠慮するの。別に一緒に入ってもいいんだけどね。ねぇ、ステちゃん』

『うん、そうだね。姉妹同士の体の流しあいもコミュニケーションのうちだ。兵士詰め所では二人一組で入浴することで時間を短縮していたんだ』


 ははっ、いろんな意味でこの夫婦駄目だわ。

 多分、ソータ師匠も匙投げたな。


『あははは、あのねステファおねーちゃん』


 姉妹通信の会話の上でもラブが駄々洩れなステファとマリーにとてもやりにくそうなアイラ。

 そんなアイラの言いたくなさそうな雰囲気に、いつもと変わらない淡々としたフィーの声が割り込んだ。


『ステファお姉さま方の愛情籠った入浴サービスは他の妹には過激です』

『『えっ?』』


 フィーの言葉にステファとマリーが驚きの声を上げた。

 付き合いの長い姉妹からの突っ込みに絶句してるみたいだけど自覚なかったんかい、二人とも。

 いや、逆か。

 他の人は空気読んで突っ込めなかったんだな。

 ぶっちゃけ二人のいちゃつきがテラの映像コンテンツでいうならR15なんだけどさ。

 そんな姉妹通信とは無縁の目の前の空き地では月音が猫達に話しかけていた。


「いっぱい食べて大きくなってくださいね」


 いつもの広場で月音が餌を地面に置くと、じっと待っていた月影とみーくんが一心不乱にそれを食べ始めた。

 それと月音ちゃんや、怪獣相手に大きくなれはぎりぎりアウトなんじゃないかね。


『オレも一度ステファねーちゃんたちと入ったけどよ、ぶっちゃけくすぐってーんだよ』

『ナオちゃん洗い方雑だから丁寧に洗ってあげたんだけど』

『オレ、一人の風呂が多かったからな。アレが普通かどうかは知らねーけどマリーねーちゃんの手つきはねちっこいんだって』


 ナオとこの二人が一緒に風呂ってのは別な意味で感慨深いわね。

 まぁ、そこは置いとくとしてだ、昔、冒険者やってたというステファ達は状況によっては風呂に入れないことも多かったらしい。

 だからなのか入れるとなると二人とも本当に長湯するし、いやって程体を洗ってたりする。

 元から女性のマリーはともかく元男のステファも長湯なのは性格によるものかね。

 そして、まぁ、色々と疲れる。

 やってくれるのはいわゆる垢すりであって江戸時代の湯女のアレではないんだけどね。

 私も一度二人と一緒に入浴した後は、二人と一緒に入るのは避けて咲と月音の三人で入ってるくらいだからね。


『えっと、お風呂に入ったら頭洗ってあげて背中洗って、前は自分で洗ってもらうとして見えにくいとこは皆も洗ってあげてるよね?』


 普通だよねと言いたげなマリー。

 一瞬、介護の話かなと思ったのは三千世界の姉妹たちと私だけの秘密だ。


『ぶっ!』

『幽子お姉ーちゃん、テッシュテッシュっ!』

『リーシャおねーちゃん! アカリちゃんが鼻血でなにか文字書いてる!?』


 何やってんのよ、エチゴヤ組。

 ふと目の前を見ると餌を食べる猫たちを見ていた月音の頬も赤く染まっていた。


『ねぇ、ステちゃん。そんなに変かな?』

『どうかな。ボクとしては同性になったことで欲に負けることなくマリーの体を全身隅々まで洗えるのは楽しいけどね』

『もー、ステちゃんのエッチ』

『ボクのマリーを奇麗にするためだからね』


 ははっ、こりゃだめだ。

 これ元の男女夫婦だったら最後まで一直線なやつだわ。

 しかもこのバカップル、無自覚にやらかしてる。

 どーりでこっちの方のお風呂に入りに来る子が皆無なわけだわ。


『入浴時にあまり過度の接触をするとのぼせる原因になるでありますな』

『んだな』


 一般常識がずれてる割にはこういうとこは普通なんだよなぁ、霊樹組も。


『シャル、こりゃだめだわ』

『そのようですわね』


 静かになったエチゴヤ組がどうなってるのか気になりはするけど、とりあえずはどういう方向に進めるか相談しますかね。


『シャルさ、多分なんだけど下層を中心に活動してる子が上層まで行くのも結構めんどくさいんだわ』

『それはたしかにあるでしょうね。いまだとアカリの魔導具での輸送か沙羅の水路運送、もしくは自身の徒歩での移動になりますし』


 考え込んでるシャルに私が続ける。


『ならさ、いっそのこと中層あたりに創らんかね、銭湯せんとう

『ああ、セントーですか』


 あ、やっぱテラオタクのシャルは銭湯知ってたか。

 大体にしてロマーニとかいう名前が付いた国で共同浴場がないってのはね。


『良いですわね。施設自体は私とアカリが手掛ければすぐにも取り掛かれますが従業員はどうしますか。共同浴場はそこそこ人手を必要としますわよ』

『整備が終わってきてる下層の子を回すのはどうよ。それとアイラ』

『なに? おねーちゃん』

『アイラの店の横側数軒、結構ぼろぼろに壊れてたよね』

『あ、うん。危ないからそのうち取り壊しが必要だねってフィーと前に言ってたの』


 私とアイラが言ってるのは月影に餌をあげる広場の反対側、元は雑多な店が並んでいたゾーンだ。


『シャル、あの位置にアイラの店と一部つなぐ形で作れんかね。共同浴場』

『可能ですが……お姉さま』

『なによ』

『ククノチには後に冒険者ギルドとしての機能も復帰させます。多少、機能過多になるのと中層の防衛は後回しですので最悪は廃棄する状況もあり得ますがよろしいのですか』


 せやろね。

 でもありっちゃありなんじゃないかな。


『それはそれ。ナオ』

『なんだよねーちゃん』

『おっきなお風呂、入ってみたくないかね』

『へー、いいな、それ』


 ナオが乗り気ならいけそうだわね。


『忙しいのに手間かけて悪いんだけどさ、アイラ、フィー。ククノチを拡張して共同のお風呂場作るってことでどうかね』

『アイラはいいよ。いいよね、フィー』

『はい』

『一応、入湯料金は設定するけど安めで。シャル、皆に給付する生活費にお風呂代も追加して。あとそろそろアイラの店の二階も有料化するからその告知もリニューアルのタイミングでやろっか』


 つい先日、上層の端の方に寮型の集合住宅が完成したからね。

 そっちでいいって子はそっちに移ってもらうことにする。


『つーことで明日からかな、シャルとアカリを中心としてククノチの拡張を行い共同浴場を新設したいと思います。皆、OK?』

『『『『『『『『『はい』』』』』』』』』


 妹たちの返事がそろったのでこの件はこれで決定。

 そんな感じで会議が終わったあたりで月音が私をじっと見つめていた。


「おねーちゃん」

「何よ」


 いい予感がしないんだけどさ


『奇遇だね、あたしもだよ』


 こっちの様子を見てたっぽい幽子。


「銭湯のお仕事も頑張りますねっ!」


 私、月音に手伝わせる気なかったんだけどなぁ。

 あとさ。


「月音」

「はい?」

「月影、無理にお風呂に入れちゃだめだからね」


 そこでショック受けた顔するな。

 あと月影も何故かショックを受けた顔をしてる。

 お前さん猫……だよね?


『お風呂嫌いじゃない猫もたまにいるけどさ、古代猫ってどーなのかな』


 さー、何ともだわね。

 基本、猫は匂いが消えるのもあって風呂は嫌いなはずなんだけど月影は分からんね。


「………………」


 じっと見つめてきた月影。

 いや、見つめられてもわからんて。


『優って月影に甘いよね』


 猫は明日咲あずさが住んでたあの海辺にも多かったから好きなほうなのよ。

 さてと、お仕事続けますか。


『そういや、シャルさ』

『なんですの』

『この世界、猫耳の獣人っていないの?』

『いますがこちらの地方にはほぼいませんわよ』


 ぬぅ、移動しないと会えないか。


『猫耳妹とかありだと思ったんだけどなぁ』


 一瞬の沈黙ののちにシャルの声が聞こえた。


『ドサンコならいますが』

『ぬ、ドサンコって猫耳なのか』


 食いついた私にシャルの苦笑が聞こえた。


『いえ、ドサンコは幻獣と融合する能力をもってるのです。その際に幻獣が猫であれば猫耳になります』


 なにその種族。

 というかドサンコって言葉から馬の擬人化した女の子みたいなの想定してたわ。


「お姉ちゃん」


 そんなことを考えていると広場の入り口にいつの間にか咲が来ていた。


「アイラちゃんが、そろそろ人が増えるので戻ってほしいっていってるのです」

「了解。わざわざ直接言いに来てくれんでもいいのに」


 私がそう言うと咲は私の方をじっと見上げながら両手を頭の上にチョンとそろえた。

 何する気よ、この子は。


「にゃぅ」

「げふっ」


 ははっ、やりおる。

 流石龍王、攻撃力が段違いだわ。

 ふと感じた違和感に手を鼻に当てるとべっとりと血が付いた。

 私服に着替えてて良かったわ、鼻血で制服汚さんですんだ。


『アイラ』

『なに? お姉ちゃん』


 この感動を三千世界の姉妹と共有せねばなるまい。


『従業員に猫耳カチューシャ付けさせる気はないかね』

『ないよっ!?』

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