月の影
和室仕立てにした客室の隅で「私は猫を鍋に入れました」という反省札を首に下げ正座した月音。
「
月音は手元に抱き上げたタキシード猫を両手で持ち上げながらそういった。
あー、名をつけてしまったのか。
そうやって月音に持ち上げられた猫は縦に長くにゅるーんと伸びていた。
「月音ちゃん、そのにゃんこさんに名前つけたんですか」
「うん」
自慢げにきりっとした顔をした月音と猫。
これ、月音の方は何怒られてるかわかってんのかね。
「ねこさん、かわいいですね」
猫に興味津々な
月音が月影と名をつけたその猫は暴れることもなく目を閉じると咲に撫でられるままになっていた。
「うわぁ、懐かしいですね。この子」
「うん。しばらく前に見たばっかりなんだけどなんかなつかしいよねー」
「この子、飼い主のあの子とはあれからあえてないんでしょうか」
「そりゃ飼い主の方は月華王経由で夢の中に入ってただけですしね」
「うっわー、かわいい。白黒猫は学校の近くでなんども見たけど、こういう柄も味があっていいね」
アカリとリーシャ、
たまに目を開いてじっと相手を見たりするが特に暴れる様子もなく月影は妹たちに撫でられるままになっていた。
ふーむ、猫としちゃちょいと動きがおかしいけどこりゃ妹転換の影響かもしれんね。
そういやあのにゃんこの子も最後の試合の時にいたね、地下
あの時、連れ込んでたんだわね、この猫を。
そしてリーシャとの戦いで砕かれた月の
「猫の妹は初めてだけど歓迎するわ。よろしくね、月影」
私がそういうと月影は無言で私を見上げた。
しっぽが立っているところを見ると肯定的ってことでいいのかね、これは。
さて、月音への追加のお仕置きは別の機会にするとしてだ。
「クラウド」
「なんだい、優ちゃん」
律儀に靴を脱いだ状態でスーツ姿のクラウドが出現する。
「基本、見てるだけなのは仕方ないんだけどさ。これはさすがに言ってほしかったわ」
「うん、すまなかったね。僕では止められなかったよ。それと一応、月音ちゃんのために言っておくけど鍋に入ったのはその子自身だからね。あからさまな位置に鍋を置いたのも月音ちゃんだけど」
「ああ、そうなのか。ならまだましかな」
「猫が玄関から普通に入ってきてね。テーブルの上にそれを置いた後で猫が自分から中に入るまで二時間ほどじっと待っていたよ」
クラウドもそれをずっと見てたんかい。
辛抱強いというかなんというか。
どちらにしろ
後ろ足で顔を掻いてる月影自身は気にしちゃいないみたいだけど、こういうとこはしっかり補正せなならんわね。
「で、月音に口止めされたと」
「そうだね」
今の月音は元の女神ではないんだけどやっぱりクラウド的には逆らいにくいのかね。
「そうなると共犯ということになるんだけどいいかね」
「しかたないね」
そういって月音の横に同じく正座したクラウド。
なんか正座慣れしてる気がするんだけど昔にも何かあったのかな。
ん、幽子が少しすねた顔してる。
「面白くないかね、幽子」
「そ、そんなことないもん」
ぷいっと横を向いた幽子を他の妹たちが生ぬるい笑顔で見つめている。
まぁ、なんだかんだいってランドホエールの時に一回、この前のレビィティリアの時の最後に一回、ヤバかったところをクラウドに助けられてるわけだし、基本受け身の幽子の性格でクラウドを嫌えるかというとまずもって難しいわな。
「ということで二人にそれぞれ罰を出すことになるわけなのだけど。月音の方はちょっと後でシャルと相談してから内容を決めるとしてだ。クラウド」
「なんだい?」
すでに諦観を通り越して涼しい顔のクラウド。
「この都市、システィリアを幽子のエスコートして一日デートしてくること、女装で」
「え、じょ、女装?」
クラウドより先に幽子が食いついた。
「一度見てみたかったんよね、クラウドの女装」
「……優ちゃんも大概に酔狂だね」
「そりゃまぁ、女装した男の妹としばらく過ごしたわけだしね」
私がそういうとクラウドがやれやれといった感じで首を振った。
「僕が優ちゃんの趣味に付き合わないといけな理由は……」
「みたいです」
クラウドの言葉をさえぎって割り込んできた隣の月音。
「え、いやっ、そのだね。月音ちゃん、僕としてはデートは全然かまわないのだけど男としては普通の格好でエスコートしたいわけで」
「見たいですっ!」
横からキラキラした目で見つめる月音にクラウドが押されている。
ふーん、本当に月音の頼みには弱いんだわね。
この辺りもあるのかもしれんわね、古代に龍王たちと月音の素材になった女神の間で収拾つかなくなったのって。
「はぁ……仕方がない」
そういってため息をついたクラウドの骨格が急速に変わっていく。
腰が丸く、胸元も出る形で背が少し下がって肩などの輪郭も柔らかく切り替わっていく。
同時にダークグレイの髪が長く伸びていく。
前準備なしで性別も自在に操れるのか、すごいな、超越。
「女装しろとは言われたけど女になってはいけないとは言われなかったからね」
そういうクラウドの声音も女性の標準音域に切り替わった。
「えー、クラウドの女装見たかったのに」
頬を膨らませる月音にクラウドが困った人だと言いたげな表情を向けた後で、幽子の方を見た。
「ということでエスコートを頼むよ」
「ふえっ!?」
幽子に向かっていたずらっぽくウィンクしたクラウド。
ああ、うん。
この性格、確かに月音の孫だわ、クラウド。
とはいっても驚かされっぱなしじゃつまんないよね。
「ならタイミング合わせて二人でデートしてくるといいさね。あとクラウド」
「なんだい」
「女の子なんだからリーシャにきっちりお洋服見繕ってもらうこと。化粧とかは沙羅にやってもらって」
「……いや、そこまでやる気はないんだけど」
正座したまま腰が引けるという器用なことをしているクラウドに私が続ける。
「やるなら徹底的に。あと女の子の格好の時のクラウドはクラリスと呼ぶことにするから」
「ふえ!?」
さっきからふえしかいってない幽子だけどその顔は赤い。
まぁ、このあたり性差に緩い考え方してる私の感性に影響受けてる部分もあるんだろうだけど、幽子ってもしかしなくても初めから同性が趣味だったんじゃないのかね。
「ち、ちがう、ちがうからっ!」
そこまでうろたえられると私も否定できんね。
まぁ、論理的なとこでいうとシスに仕立てて長いから引っ張られてるんだと思うけど。
「優ちゃんは言い出したら聞かないだろ、あきらめよう」
「うーー、たしかにそうなんだけどさぁ」
「ということで」
悪戯目の色を隠さないまま幽子に手を伸ばしたクラリス。
「よろしく頼むよ、僕のハニー」
「は、はひっ」
ははっ、こりゃクラウドのほうが私より上手だったわ。
さすがは年の功といったところやね。
この二人に関しちゃ罰ゲームはあきらめて幽子の感情の観察といきますか。
そんな甘ったるい空気が流れる中、赤くなった妹たちの中で幽子が一番茹で上がったような様子を見せていた。
妹達の休日、近日公開。
お楽しみに。
「だからっ、だれにいってるのよっ!」
三千世界の姉妹に決まってるでしょうが。
さて、私は急いでシャルに相談せなならんのかな。
二人のデートは近いうちに見せてもらいますか。
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