古代猫

 シャルが診療台の上に座る月影つきかげに杖をかざしている。


「確かにスキルが発生していますわね」

「あー、やっぱりそうか」


 その杖の上部に映像で浮かぶ各種情報を見ながらシャルが私にそういった。

 あの後、アカリにお願いして私と月影を上層、神殿となりのシャルの家まで連れてきてもらった。

 そしていま皆でいるのはシャルの強化人間改造し……もとい診療室だ。

 部屋にはベットにテーブル、謎の治療器具にいつ手に入れたのか不明な本までそろってる。


「シャル、この本どうしたのよ」

「作りました。他人に説明するには紙媒体が便利ですので」


 そういや会議でも紙つかってたっけか。

 そんでもって今いるのはシャルとエウ、そしてヤエ達が主に住んでいる建物だ。

 月音が猫に名前つけて眷属にしちゃったわけだからね。

 確実に何か影響が出てるだろうなと思って早めにシャルに見てもらうことにしたのさ。

 ちなみに運ぶ際にはアカリがセーラの店にあった服飾の素材で出来合いの猫キャリーを作ってくれたのでそれで月影を運んだ。

 暴れたらどうしたものかと思っていたけど存外おとなしく入ってくれたので洗濯袋とかに突っ込まんですんだ。

 いやー、この子、目が猫というよりは人間っぽいわね。


「それと……これは星神ほしがみも兼ねていますわね」


 診療台の上でおとなしくしてた月影が大きくあくびをした。


「おおう、スキルを持ってて星神を兼ねるか」


 となるとだ。

 復習になるけどスキルというのはまず怪獣かいじゅう関係の能力だ。

 神様たちの異能の場合には奇妙なの奇に積み上げるの積と書いて奇積きせきと呼ぶ。

 星神たちが主に使う能力だわね。

 こいつを星空王メビウスイーグルに委託する形で手元で実施するのがカリス教徒の神技じんぎやね。

 これとは別にカリス教は神聖術しんせいじゅつがあって実体としては汎用コモン魔導具のサークレットを身に着けてカリスに頼んで物理現象をいじるのと、精神をいじれる月魔導を組み替えたもので構成されている。

 ぶっちゃけるとカリス教は魔導具経由での精神操作かカリス神の奇積、それか自分自身が神となって星空王のアシストをもらって奇積を引き出す神技しかないんだわね。

 そしてだ、この奇積を起こす星空王の整備はティリアの力を分類分けするときに行われたであろうことまでは分かってる。

 で、そのティリアを基にした月音が眷属を作ってしまった場合にはどうなるというとだね。


「ええ、いわゆる古代怪獣こだいかいじゅうですわね」

「やっぱそうなるよなぁ」

「まじかよ、ヘビの次は猫かよ」


 私の隣でアカリがぼやいた。

 レビィと同じか。

 古代怪獣の猫。

 略して古代猫こだいねこ、月影の誕生である。


「しかもこの子は幻獣げんじゅうよりです。怪獣よりも星神に近いですわね」


 上層でシャルと同居しているエウが小皿に入れた何か茶色の細かなものを月影の前に置いた。

 少しの間匂いを嗅いだ月影が、ぽちぽちとそれを食べだした。

 そのエウの傍に張り付いていたヤエも一心不乱に餌を食べる月影にそっと手を伸ばして触る。


「ふわふわしてるだな。猫さん、もっとたべるだか?」


 顔を上げた月影にヤエがうなずく。


「なら追加もってくるだ」


 そういってヤエが部屋を出ていった。


「結構ガッチリと実体あるように見えるんだけど」

「それを言ったら幽子ゆうこお姉さまも実体化すれば普通に触れますが」

「ああ、それもそうか」


 幽子は私が夢に潜る前と比べて実体化してる時が多くなった。

 なんでもクラウドが多めに血や能力を振り分けてくれたそうで、結果として赤い目に白髪、そして私との接続が薄まってロリ化が進んだというわけだ。


「ごめんなさい。こうなるとは思わなくて」


 しょんぼりした月音の頭を撫でつつ月影の方に向かわせる。


「月影にもちゃんと謝ること」

「ごめんね、月影」


 月音の言葉に見上げた月影がそっと近づくと頭をぐりぐりとこすりつけた。


「え、な、なにっ、おこってるの?」

「いや、何かのアピールだと思うけど。ブラシでもかけてあげたら」

「う、うん」


 着物の袖の中から猫用のブラシを取り出した月音は月影にそっとブラシかける。

 月影はそこから動かずにかけられるままになっていた。


「賢い子でありますな」

「そうですわね」


 月音がブラッシングしているのを見ながらシャルとエウに相談することにした。


「いやー、ちょっと目を離した隙にえらいことになっててさ」

「お姉さまと良い勝負ですわね」

「私はそこまでじゃないと思うんだけどなぁ」

「自覚がないようでありますな」

「ですわね」


 そういわれてもねぇ。

 そうこうしているうちにヤエが追加の食べ物が入っているであろう袋をもって戻ってきた。


「月音ちゃんも餌あげるだか?」

「うんっ!」


 そういって二人が月影に追加の餌をあげる。


「あんまりあげすぎると後で吐いちゃうからほどほどにね」

「はーい」

「わかっただ」


 月音はともかくヤエは結構しっかりしてるから大丈夫かな。

 私とシャル、それにアカリとエウは猫とたわむれる妹達から少し離れた。


「それでさ、二人に相談なんだけど月影の飼育と月音の教育ってどうしたものかね」

「それこそ姉上殿がすればよいのでは」

「優姉に預けるのはやめた方がいいですよ」


 不思議そうに言うエウに明らかに不審そうな半眼で見るアカリ。

 そんな二人に私は苦笑しながら答えた。


「私、猫飼ったことないのよ。あと月音は私相手だとちょいと甘えすぎてるとこがあってさ。二人のとこならエウもいるしちょうどいいかなと思ったんだけど」

「預かるのは構わないでありますが、ここは自分の本体、世界樹が近すぎるでありますな」


 腕を組んで考え込むエウ。


「というと?」

「お忘れではないでしょうが月音はシスティリア、この都市の都市神としがみです。その神が近づくとティリアに由来を持つ霊樹も影響を受け活性化します」

「それって何か悪影響あるのかね」

「現在、世界樹及び都市全体を調整しているのでできるだけ非活性が望ましいのです」

「なるほどねぇ、となると上層に住むのが駄目か」

「ええ。下層は今後完全に再整備になるので居住には向きません。ですので少なくとも今しばらくは月音には中層に住んでもらうことになります」


 現在、中層に住んでる主要メンバーがいる場所となると私達、旧レビィテリア組に嫁と家族追加のあの家。

 その他だとアイラとフィー、それとナオが一緒に住んでる中層の食堂しかない。

 そのナオは円卓での会議はさぼりっぱなしだけど、ご飯を食わせてくれるアイラや戦闘して力を認めたフィーのことは認めているらしくてかなり懐いてる。


「うーん、そうなるとアイラのとこになるのか」

「そうなりますわね」


 まだ月音へ罰則、罰ゲームを何にするかも決めかけてるんだよなぁ。


「それとお姉さま。次の議題に出す内容なのですが先にお耳にいれても?」

「ええよ。いくつあるのよ」

「二つほど」


 シャルは口元をそっと隠すと言葉を続けた。


「まず一つ目なのですがクラウド経由でステファとマリーの冒険者ぼうけんしゃカードの復活を依頼しました」

「あー、確か二人とも冒険者だったっけか」


 頷くシャル。

 ステファとマリーの二人はシャルの作った施設を出た後でドラティリア連邦にわたり冒険者をしてきている。

 シャルの口利きもあって結構ランクの高い冒険者のチームで揉まれたらしく、二人とも対人戦闘だと本当に強い。

 その一方で怪獣相手だと歯が立たなかったらしく、私が出会った頃の二人は魔獣から皆を守ってボロボロになっていた。


「あの二人、冒険者の能力、確かタレントだっけか。なんか使わんなと思ってたらカード使えなくなってたのか」


 私の言葉にシャルが頷いた。

 冒険者の使うタレント、それは赤の龍王が作った赤龍機構せきりゅうきこうが誇る疑似ダミースキルを提供するからくりだ。

 こまかいとこは分かってないんだけどアカリとか友好的なトライがまず龍札を預ける。

 そんでもってそれと連動する疑似龍札的なものとして冒険者カードが配られる。

 そのカードを経由してトライのスキルの一部をタレントという形で発現する仕組みっぽい。

 こうやって説明してみると私の妹融合に限りなく似てるのがわかるわな。


「冒険者カードは悪用防止のため周期的な更新を必要とします。ステファ達のカードはその更新ができなかったためにロックされた状態です」


 なるほど、落とした携帯端末のリモートロックみたいなものか。


「その上でなのですがお姉様」

「うん?」

「システィリアに冒険者ギルドの支部を開設しませんか」


 おお、冒険者ギルドか。

 いいねぇ、ファンタジーっぽくて


「急に話ふってきたけど、どないしたのよ」


 シャルが口元から手を外して頭を下げた。


「お姉さまのおかげです。ありがとうございます」


 はて、何かしたっけか。

 私が首をひねっているとシャルが静かに笑った。


「シスパシーです。あれは私ではとても」


 ああ、普通思いつかんわね。

 普通の神経からするとかなり頭悪い内容だし。

 ただ、ああいったオカルト系のプロパガンダってのはムキになって完全否定すればするだけハマるのよ。

 検証のしようがないからね。

 悪魔の証明を要求されることも多いしね。


毒電波どくでんぱ問題が解決できるなら冒険者や交易商を呼び込むことも可能です」

「なるほど。シャルのことだから他にもメリット見てそうだけど」


 頷いたシャル。


「冒険者ギルドが開設できるとギルド関係者のステータスが拡張されます。GPギルドポイントが使えるようになるので自国通貨から一旦GPを経由することで交易が楽になります」


 なるほど、そっちを見てたのか。

 今は自給自足だけどそのうちモノややり取りとかは出るだろうし確かにありだわね。


「じゃぁ、その方向で」

「了解いたしました。次に二つ目の内容なのですが、当面の同居する必須人数を最低二名から三名へと増やしたいと思います」

「そらまたなんでよ」

「痴話喧嘩がいくつか起きておりまして止める者が必要な事例が出ています」

「おおう」


 もうちょっと先だと思ったんだけどなぁ。

 このシスティリア、性転換で女性になった妹たちも多くいて当然のように性に対する認識の混乱が出ている。

 シャルから聞いたところによるとロマーニではテラ、地球のかなり未来の制度も参照して制度をいじったそうで同性婚も可能だ。

 他にも怪獣災害で親を亡くした子供を養子に引き取るための制度も整備されてる。

 多分あれかな。

 なんだかんだ言っても魔獣相手の戦闘や交易などの仕事に就くことが多い男性の方が死亡率高くなるから男女比が女性優位になるのが前提にあって、やむなくこうなってるって側面もあるんじゃないかな。

 あと、全員が姉妹なわけで姉妹婚を禁止とか言ってると誰も結婚できなくなるのと、私が前例で結婚してしまってるのを後追いする形で姉妹婚の制度が正式に追加された。

 一応、法体系については元のロマーニ国の内容をそっくり引き継いでこのシスティリアを以前のレビィティリアと同じ先端技術の実証都市としたからできる処理だわね。

 ということでスライムと同居の全員同室生活を経験した子らが気の合うのと一緒に適当に暮らしていいとなった結果どうなったかというと空前の同棲ブームの襲来である。

 それこそ工事が進んで仕事をする妹たちが大量にいる傍でいちゃいちゃするバカップルが量産されているわけなのだけど、当然揉め事も出るわな。


「というかさ、ロマーニ人、性の認識が緩めだよね。私が言うなと言われそうだけど」


 私がそういうとシャルが口元を隠す手を下げて苦笑を見せた。


 そう、最初からなんだわ。


 ステファにマリー、アイラとフィーといったようにリーシャや私の影響を強く受けた子はともかく他の元ロマーニの兵士たちもとなるとね。

 今の会話の間、ずっと黙っていたアカリが口を開いた。


「優姉には私から説明しますよ。トライ同士の方が分かりやすいでしょうし」

「お願いしますわね」


 私をさらに離れた位置に連れ出したアカリ。


「なんかアカリ相手だと壁ドンとかしてみたくなるわね」

「やったらみ付きますから」


 そんな感じでいちゃついているとアカリが真剣な表情をした。


「ロマーニ国が魔導に長けた国なのは今更ですね」

「そりゃ、流石にね」


 私の言葉に頷いたアカリが続ける。


「魔導と魔導具を用いた再生医療と生殖医療についてもかつてのロマーニがダントツでした。というかですね、シャル姉たちは私たちの生きてた時代よりずっと未来の科学を魔導で再現してしまってるんです。フローティングボードみたいな空飛べるキックボード、少なくとも私が生きてた時代にはありませんでした。おそらく先の時代からきたトライ達が関係してるんでしょうね。招来されるトライが生きてた時代は結構バラバラですから」


 ほう。


「つまりどういうことかね」


 一息ついてからアカリが続けた。


「同性でも作れるんですよ、子供。そこまでは一般に告知されていました」


 ははっ、なんとなくそんな気はしてたわ。


「それってさ、相続とかでもめんかね。主に貴族とか」

「出生順で規定が統一されていましたからね。ですから嫁入りだけじゃなくて婿入りのハーレムとかもありましたよ」


 いろんな意味ですごいわ、ロマーニ。

 地球でもそこまでは割り切れてなかったなぁ。

 シャル、多分かなり恨み買ったわね、そこらへん。


「あとステファ姉もその結果生まれた子供です」

「ほう、女性同士のかね」


 一瞬動きが止まったアカリが続ける。


「いえ、男性同士です。それも宰相と将軍の」


 ははっ、流石にそれは読めんわ。

 よく知ってたこと。


「それも一般情報?」

「いえ、極秘です」


 アカリがそれを何で知ってたのかは聞かんでおこう。

 どーせこの子のことだし。


「王城の地下施設にいた子たちは怪獣被災の子供が主体でしたが……ステファ姉やマリー姉みたいな出自を明かせない子もそこそこ含まれていたんです」


 シャルちゃんや、私が言うのもなんだけどさ。

 そういうとこに歯止めかけなかったから魔族扱いされたんちゃうのかね。


『あんたがいうなよっ!』


 中層にある私らの家から幽子の突っ込みが聞こえた気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る