私のオンミョウジさん
外から大きな歓声が聞こえるところを見ると試合終わったみたいね。
ユウちゃんはよほど疲れていたのか私の膝上で静かな寝息を立てている。
『なんやエライめんどくさい奴やな、こいつ』
「そうね」
ほつれた髪を直してあげるとユウちゃんが小さく
ここ数日は大変だったものね。
アカリちゃんとユウちゃんが裏工作したおかげで出場選手の数はどんどん減り続け、今日行われるのはついに二試合だけというありさま。
明日で五回目だけどそれが終わったら戦う相手がいなくなっちゃうわね。
『普通、こういう七番勝負で選手出場を妨害するとかいうんは
「そうかもしれないわね。でもいいじゃない、ヒールだって」
『あほくさ。何が悲しゅうてヴァーチャルまで来て悪役せなならんねん』
「あなたは板についてるものね」
もう少したったら勝った選手が帰ってくるわね。
「レビィ、聞きたいことがあるのだけど」
『なんや』
「あれは無事起動したの?」
『したといえばしたで。ただ半端にやけどな』
「そう」
私は一つため息をつくと頬に手を当てた。
「ごめんなさい、私のわがままのせいね」
『ほんまそうやで。
「ユウちゃんが言ってたでしょ。億千万のモブよりも一人の妹が大事って」
『
ユウちゃんの傍についてるレビィの頭の赤い目が私を射抜く。
「わからないわ。ただ、
『さよか』
「それで不足分はどうしてるのかしら」
『ほかで埋めるしかないやろな』
「やっぱりそうなるわよね。ユウちゃん達から聞いたわ、エルフとドヴェルグ、ロマーニの人を代わりの
『せやな。ぶっちゃけそれでも全然足りへんやろな。それと絞った出汁で『
人の命を素材に他の命を救う、ほんと因果な話ね。
そんな会話をしてるとレビィが不意に頭を消した。
どうやら勝者が控室にきたみたいね。
私が
ほんと皮肉なものね、トマスさんの家に出入りする際に一番交流があったこの二人が相手というのは。
「ごきげんよう、セーラ様」
そういってアルドリーネちゃんが会釈する。
「ごきげんよう、こんな姿勢でごめんなさいね」
「いえ。オンミョウジさんはどこか具合がお悪いのですか」
そういって心配そうにのぞき込んだアルドリーネちゃんを護衛としてついてまわってるカールさんが窘めた。
「お嬢様、お疲れの方の傍でそう大きい声は」
「ごめんなさい、たしかにそうですね」
声を小さくしたアルドリーネちゃん。
この子は結構昔からの私の店の常連でカールさんはいつもそのお付きだったわ。
「試合で少し疲れてしまいました。私も少し傍で休ませていただいてもよろしいですか」
「いいわよ。何せうちのお店の常連さんですもの」
「ありがとうございます」
そういってはにかむアルドリーネちゃん。
この二人、お互いに恋い
でも、その二人に暗雲が立ち込めたのが先々月のころ。
アルドリーネちゃんのお父さん、トマスさんに中央の貴族たちが縁談話を複数持ちかけてたの。
明らかに気乗りしてないアルドリーネちゃんだったけど容姿、才覚ともにバランスが取れたこの子に相手が非を唱えることもなく縁談はとんとん拍子に進む予定だったわ。
このかわいらしい姉が
「……にげ……あず……」
少し苦しそうなユウちゃんの頭をそっと撫でると表情が和らいだ。
「大丈夫なのですか」
損得なしで心配そうな表情を見せてくるアルドリーネちゃんに私は苦笑するしかなかった。
トマスさんには悪いのだけどこの子は貴族としては腹芸ができなすぎる。
恐らく縁談が上手くいって嫁いだとしてもその先で苦労したでしょうね。
そうなるよう仕向けたのは私たちなのだけど。
そうでもしなければリーシャを含む複数名を町から動かす名目がなかったのよ。
『今更やな。白の奴との契約スレスレ、黒よりのグレーゾーンや。ワイもセーラも戻れるとこはとっくに通り過ぎとる、あきらめーや』
心の中で断罪してくれるレビィに感謝をしつつ、アルドリーネちゃんに答えを返した。
「今のところとしか言えないわね。この子、転換した妹達に説法しながら自分に返ってくる自業自得的な意味でのダメージをまるごと受けてたみたいなの。おバカさんよね、ほんと」
「は、はぁ……」
キョトンとしたアルドリーネちゃん。
「そこまでして無理をする願いがオンミョウジ殿にはあるのですか」
愚直なまでに実直なカールさんが捻りもなくダイレクトに聞いてきた。
「
あの子で通じたのかカールさんが眉を顰める。
「あれは魔物、
「いいえ。私にもわからないわ」
そのままユウちゃんの頭を撫でつつ言葉をつづけた。
「それでもあきらめられるようならこの子はここまで来なかったんでしょうね。不器用なのよ、生き方が」
少しの沈黙の後、アルドリーネちゃんが立ち上がって一礼した。
「それでは失礼いたします。カール、背負って頂戴」
「かしこまりました、お嬢様」
出入り口に向かう前にしゃがんだカールさんの背にアルドリーネちゃんが背負われる。
「歩けないの?」
振り返ったアルドリーネちゃんには悲壮感はなく、好きな人の背に背負われている年相応の少女の顔をしていた。
「はい。上で少しメダルを使いすぎたようです。ここを出ると体も心も動けなくなります。ですが、記憶はありますので明日またお会いできることを楽しみにしております」
「そう」
そのまま背負われて去っていく彼女たち。
「ねぇ、アルドリーネちゃん」
律義に立ち止まって下のカールさんが方向をこちらに向けてくれるのでアルドリーネちゃんの顔もこちらを向く。
「あなたの願いは何なの?」
この子の願いもメアリーちゃんと同じで思い人の助命なのかしら。
そんな一抹の考えがよぎる。
一瞬だけ迷いを見せたアルドリーネちゃんは強い意志をたたえた瞳で私にこう言ったの。
「月末におこる大惨事をなかったことにします。それが私の、いいえ私たちの願いです」
おこさない、ではなくてなかったことにするなのね。
『無理や、
でしょうね。
顔を出さずに内心だけで相槌を打ってきたレビィに私は同意した。
「ではまた明晩にお会いしましょう。ごきげんよう」
「ええ、また明日。元気でね、アルドリーネちゃん」
私の言葉に一瞬怪訝そうな顔をしたけどアルドリーネちゃんたちはそのまま選手控室を出ていった。
そのまま頭を撫でていると手元から声がした。
「やれやれだわね。なかったことにか、それができたら苦労しないんだけどね」
「あら、ユウちゃんどのへんから起きてたの」
「さっきかな」
そういいつつ顔を私のお腹の方にうずめたのでそのまま撫でてあげる。
「なに、ずいぶん今日は甘えんぼだわね」
「ちょっとね。つーかセーラは私と融合したんだからわかってるでしょうに」
「ええ」
安藤優はオンミョウジである。
その能力は物語や人の認識、条件が上手くはまれば他人の記憶も
本当にできてしまってたあたり、まるで本物のオカルトとか超能力みたいでちょっと笑っちゃうわね。
私に付いていた呪いも大概にオカルトだったけど、本当に結果を出せるオンミョウジがこんなか弱い女の子だったなんて。
「弱いかね」
「ええ。私はあなたのその弱さ、好きよ」
あんまり掘るとレビィ経由で私と一つになってるユウちゃんがつらいから簡単にだけ説明するわね。
この子、妹を助けられなくてノイローゼになった母親を助けたくて、その記憶と魂を分解して
「『キャスリング』、師匠の一人はそう言ってたけどね。私は『配役転換』と呼んでた。舞台上の人物の役割をそっくり入れ替える手法なのよ」
「記憶見せてもらったけどそれでもちょっと信じがたいのよね。津波が起こった時の母親と自分の立ち位置を交換するって、言うのは簡単だけど私にはちょっとできる気がしないわ」
「そりゃまぁ、簡単じゃないからね。あの日、母さんと私、どっちがねーちゃんのいる病院に荷物を届けに行くかはどちらでも構わなかったというのもあるし、お互いどこでなにしてるかってのは凡そ見当がついてたってのもある。似たもの親子だったからね」
『つまりお前さんは妹を亡くして心を病んだ母親を救いたくて記憶を
「そうよ」
そのまま私のお腹に顔をうずめたユウちゃん。
この子のこんな気弱なとこは初めて見たかもしれないわね。
「バカねぇ」
「ははっ、ちがいない」
そして災害で妹を死なせた原因と母親に断じられたこの子は母親に刃物で刺された。
家族関係は完全に破綻、ユウちゃんの身を案じた姉や知人たちの手引きで全寮制のあの学校へと転入したのね。
そして母親に刺された古傷は転生しても消えないでそのまま残っている。
「ユウちゃん、一つお願いがあるのだけど」
「なによ」
「なんでも叶うというお願い、ないとは思うけど私を助けるというのは無しにしてね」
顔を埋めていたユウちゃんが動かなくなった。
そうよね、この子は優しすぎるもの。
考えてないわけがないのよ。
「ほんとなら十二年前にとっくに終わっていたはずなの」
選手控室の天井から降る黄色い光が私たちを静かに照らしていた。
「だから私はこれでいいわ。いいえ、これがいいの」
この優しい光、なんとなく地球の月を思い出すわね。
「ユウちゃん、全てを
これは私からあなたへの依頼よ。
報酬はあなた達の部屋のクローゼットの奥に隠しておいたわ。
いつの日か気が付いてくれると嬉しいのだけど。
「その依頼、確かに受けた」
かぐや姫は最後は月に帰ったのよね。
星の王子も役目を終えたら星に還れるのかしら。
人魚姫をお願いね、私のオンミョウジさん。
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