第二章 世界樹編 その幻想は茜色に染まっていた
妹の溜息 シャル・アンドゥ・シス・ロマーニ編
皆が寝静まった深夜、順番が来て見張りしている私の傍の影がゆるりと持ち上がりました。
風の魔導で私と影を含む領域と周辺の音を遮断すると影は実体を結び私の方に軽い目礼をしました。
「正直、あそこで出てくるとは思いませんでしたよ、クラウド」
赤い瞳を持つ私の古い友はいかにもなしぐさで肩をすくめました。
「その割にはわざとらしい棒演技をしてたじゃないか、シャルマー。歯に衣着せない魔導王らしくもない」
「一応、知らなかったという手前ですので」
魔導王というのは他人がつけた私の異称です。
「あの脳筋がずいぶん賢しくなったものだね」
ゆっくりと歩いてきたクラウドが立ち止まりました。
「何年前の話をしているのですか」
若いころは修練をして物理魔導で殴れば大体何とかなると考え違いをしていた時期もありました。
深度四魔導、メテオストライクは学友と私が徹夜明けのテンションで生み出した物理魔導の一つの到達点、
若いころの過ちというのは誰にでもあるものですわね。
「こうして二人で話すのは久しぶりだね」
「そうですわね。小室教室の頃はよく一緒でしたが」
二人が学友だったのももう随分昔の話です。
かつて神童ともてはやされた私は今は無き学都アルカナティリアに留学していた時期がありました。
そこで私が学んだのはトライが教師をしていたクラスであった小室教室でした。
王機や龍札に使われている魔導回路を分類し直し魔導学として体系化、今汎用で使用されている深度分類を提唱したのは私たちの恩師である小室先生です。
あまり知られていませんが今では普遍的に使用されている生活魔導や
後に私が書籍の形にまとめましたが追加したのは枝葉だけです。
あのクラスの中では一番才のなかった私が先生の残した魔導の研鑽を引きつぐことになったのはある意味皮肉な話です。
「今考えると龍王や超越を一緒くたにクラスメイトにしていたあの人は本当に出鱈目だった」
「たしかにそうですわね」
そう、私より力のあるものなんてあのクラスではざらでした。
田舎の王国で他に超える才の者がいなかったあの当時の私には極めつけのカルチャーショックでした。
「あの子は元気ですか」
あの子とはかつてクラスメイトだった白髪に金色の瞳を持つ龍の末妹のことです。
クラスメイトのトライ達は合法ロリとか言ってましたが。
「元気なんじゃないかな。僕は白の龍王の結界には入れないからたぶんとしか言いようがないけど。王国を崩された王がやらかした張本人の心配するのかい」
「それはそれです。戦争に負け国を失い民を死なせたのは私の責ですので」
売られた戦争でしたが買ったのも私ですしね。
王国においてはその存廃の全責は王にあります。
「やれやれ、君のそういうところは何年たっても直らないね」
「残念ながら。死んでも直らないところはあるようですわ」
わずかに背の低いクラウドが私を見上げました。
「その口調、自分で鳥肌立たないかい?」
「言わないでくださいまし、不可抗力ですの」
「まぁ、そうだね。正直、僕も読みが外れた。もうちょっと良識のあるトライが来るかと思ったんだけど」
そういわれましてもね。
あんなの誰が読めるものますか。
私たちの恩師である小室先生でも想定できたかどうか。
「ところでクラウド、私との契約はまだ生きてますか」
「生きてるよ」
国が敗北したその日。
元の学友、クラウド個人とロマーニ王である私が結んだ契約。
それはロマーニ国にあった龍王の遺物を譲渡することと引き換えに国民の過半数の生存を保証するというものです。
「ロマーニ国の過半はカリス教に恭順したよ。残りのうち七割程度は中立国で拾われてる」
大凡八割弱は生きながらえましたか、上出来ですわね。
白の陣営が創作した、魔導は神々を零落させる禁断の外法であり、それを駆使するものたちは神の奇積に反する魔族であるというプロパガンダは到底看過できるものではありませんでした。
偶発的な諍いからの戦争は収拾がつかなくなりあのままでは双方ともに壊滅することが目に見えていました。
今後、文明は大きく衰退することになるでしょうが民の命が繋がるならば何かしらの残る目もあるでしょう。
私のような亡国の愚王に付き従ってくれた者たちには苛烈な旅をさせてしまいましたが、私とキサがカリス教の目を引き付けた意味がありました。
「相変わらず便利ですわね、あなたの能力は」
「そういう超越だからね」
クラウドには散った王国民を目に見えぬ形で誘導してもらいました。
偶発に見える出会いや九死に一生に見える命拾いなどを、物理手段のみで白の龍王に悟られぬように実施するのは心底骨が折れたでしょうに。
悪態の一つもつかないこの友人に私は感謝すべきなのでしょうね。
「シャルマー」
「シャルと呼んでくださまし。そうでないと今は違和感がありまして」
クラウドがやれやれといった形で頭を振りました。
ええ、まぁ気持ちは分かります。
「難儀だね。本題に入るのだけどアレ、ばれてると思うかい」
王機に関わるアレですか。
いきなり厳しい話を持ち出してきましたわね。
「いいえ。少なくとも今はわからないと思いますわ」
異世界から来訪した姉。
時折底知れぬ考察をする少女ですが、出来ることと出来ないことにはっきりとした差があることが分かっています。
少なくとも本当に万能であればステファたちが一度死ぬことはなかったはずです。
そう考えると来訪以前の情報は持ち得ないと考えていいでしょう。
「スキルの方はどう思いますか」
お姉様たちの持つスキルは本来怪獣だけがもちえる能力です。
深度一海層に付き一個、怪獣たちはスキルを保持しています。
一般的に怪獣たちは深度一で環境適応、深度二で高速回復、深度三になると堅城鉄壁というスキルを自然と学習します。
魔獣に近い形質を持つものだと初期からユニークスキルを持つものもありますが、それらの種類は限られます。
小室教室ではこれらは深海から湧き出てくる怪獣たちがより深い海底で生きていくための進化の過程と考えていました。
四を超えると怪獣はユニークスキルを身につけます。
生物としての基本能力とは別に因果を捻じ曲げる女神ティリアの原初の魔法に類する能力、それがユニークスキル。
龍札の場合は最初から二文字のユニークスキルが文字として設定されています。
なので本来彼女のユニークスキルは勇者でなければおかしいわけですが、こう二度も実例として見せられますと妹転換というユニークスキルが実在していることを認めざるをえません。
私自身も被験者ですしね。
そしてスキルを複数持っているということから、彼女は怪獣に近い存在ではないかという考え方も出るわけです。
「どうだろうね。五分五分かな」
「残りの半分は?」
「僕からは言えない」
古い友であるクラウドの言えないには複数の意味があります。
この場合は言うことができない、でしょうね。
無敵に思われがちな不死の超越クラウドですが、その実態はトライの世界では神話にしか存在しない東洋の龍が空に昇る際に伴うとされる雲の化身です。
掴みどこがなく滅法に強いので不滅と勘違いされがちですが存外そうでもありません。
そんな彼が私に言えないというのは大体において龍王から他者への伝達を禁止されている内容の時です。
ヒントとしては十分、これ以上は聞くだけ時間の無駄ですわね。
「わかりました。では幽子についてはどう思いますか」
うちの姉がクラウドの婚約者に仕立てた人工レイス。
どう見繕ってもレイスの一種なんですが、どうにもその駆動原理が解析しきれていません。
本人たち曰く、異世界テラで組上げたという話ですが私の把握する科学世界テラにはこちらのような神の魔法、積み上げる奇たる奇積は存在しないはずなのです。
さてクラウドはどう見ているでしょうか。
「ハニーか。僕もあの子については掴みかねてる」
やはりわかりませんか。
わからないものは仕方なので一時留保としましょう。
それはさておき。
ハニーとはトライが持ち込んだ言葉で蜂蜜や蜜蜂、転じて甘ったるい愛する人を指し示す言葉です。
テラから持ち込まれた似たような言葉だとイエスとかOKとかハローなどもありますが、少なくとも語源については普及していません。
「いい年してハニーとか。自分で言っていて鳥肌立ちませんか?」
「別に。いい年なんだからそろそろ結婚しろって赤の龍王様がいい加減煩かったからね。ちょうど良い機会かなとも思ったんだ」
クラウド、ロリコン確定。
クラウドたち超越は龍王から生まれた存在なのである意味親のようなものではありますが、それはどうなのでしょう。
「そんないき遅れが近所のおばさんにせっつかれて見合いするようなノリで良いのですか」
言うまでもなく私の姉が近所のおばさんです。
「いいんじゃない。シャルもよくそんな庶民の慣習を知ってたね。まぁ、それはいいとして」
こほんと咳をした後で。
「僕と一緒で種を産んでないエターナルの反応を見てみたいなと思って」
クラウドは満面の笑みを見せながらそう言い切りました。
あの永遠の十七歳をあまり煽ると刺されると思いますわよ、物理で。
「遊ぶのもほどほどに。あと幽子は今は私の姉でもあるので半端は許しません」
「大丈夫、あれ結構僕の好みだからね」
ドエムでしたか。
半世紀を超える長い付き合いですが今知りました。
ドエムロリコンアンデット、語感はいいですわね。
「なんだか失礼なことを考えてるよね、君」
「気のせいです。そろそろ交代の時間なのですので消えてくださいな」
「君、口悪くなったよね。いや、元々か」
失礼な。
うちの姉がクラウド相手に可能なら妹転換、それが無理なら女装させることを狙ってるみたいですが黙っておきましょう。
面白そうですので。
「なにか変化があったら教えてくださいまし」
「わかったよ」
揺らぐ焚火の揺らめきに消えるようにクラウドはどこかへと消えました。
風の結界を解き満天の星を見上げていると車台からステファが出てくるのが見えました。
生真面目な騎士の青年の姿は今はなく、変わり果てた愛らしい少女。
人間死にかけると変わるものですわね、物理でですが。
「シャル姉さん、そろそろ交代しよう」
「分かりましたわ」
ステファと入れ違いに馬車に戻った私はゆっくりと姉妹たちを見渡しました。
そこには元凶たる姉を始めとして強制的に妹になったものたちと咲が寝入っていました。
「ああ、そういえば」
私の今の姿、あの子に恭順させた息子が見たらなんていうでしょうね。
嘆かれるでしょうか。
いっそ隠し子だということで通してしまいましょうか。
良いですね、そうしましょう。
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