はじまりのエピローグ

 トンネルを抜けるとそこは雪国だった、なーんてこともなくそこはただの草原だった。


「どうよ、シャル」

「大丈夫の様ですわね。さすがにこれだけ離れるとあちらも探知範囲外だと思います」

「よし、んじゃ全員外に出たらちゃっちゃと組み立てよっか、幽子、哨戒しょうかいよろ」

『あんたはあたしの事なんだと思ってんのよ』

「頼りにしてるよ、マイシスター」

『はいはい、わかったわよ』


 ステファから順に妹たちが穴から上に上がってくる。

 月明かりがあるとは言ってもくらいから注意だわね。


「はわっ」


 私は落ちかけた妹の手をつかんで引っ張り上げた。


「ありがとうなのです、お姉ちゃん」

「どういたしまして、咲」


 妹の細く長いピンクの髪がさらりと流れる。

 一瞬ぽかんとした後で咲が苦笑した。


「ごめんなさい、その呼び方、まだ慣れません」

「ま、ゆっくりとね」


 ピンクに藍色の瞳ってのもいいもんだわね。

 このピンクの子は青の龍王の子孫のキサが脱色で髪の色だけ変えただけで、咲ってのは私が付けた偽名。

 いやーシャルの魔法ってほんと何でもできるなと。ちなみにほっとくとまた根元から黒い髪が生えてくるあたり、本当にただの脱色っぽい。


「ねーさん、準備できたよ」

「お、さすが」


 視線をステファに向けるとそこには馬車っぽい乗り物があった。

 まぁ、全体的には馬車なんだけど馬が繋いでなかったり幌の部分が草だったりするので馬車っぽい何か。


『相変わらず雑な』

「おかえり、どうだった」

『さすがにこっちには気が付いてなかったよ、たぶん』

「まぁ、そのために五キロも穴掘ってもらって移動したわけだしね」


 あの後、一か月ほどかけて適当に拡張したり穴閉じたりしながら北に移動。

 そろそろいっかなということで馬車っぽいものの部品を地下で作って、今晩に地上に持ち出して組み立ててナウ。


『あんたのその超絶適当っぷりはなんとかなんないの』


 ならんね、あきらめれ。


「さて、フィー、荷物移動終わったら出てきた穴塞いでおいて」

「承知いたしました」

「塞いだ後はマリーが適当に草生やしてね」

「うん」


 あのまま地下生活つづけるってのも悪くなかったんだけどね。

 幽子曰く、日の光にあんまり当たらないとビタミンFやらなんチャラが不足するってうるさかったので頃合いを見て地上に出て旅に出ることにしたってわけさ。


『ビタミンにFなんてないから。そも後ろの方のビタミンって仮称だし』


 ありゃ、なかったっけか。


「こまかいなぁ。幽子って地味に理系よね」

『うっ、べっ、別にそういうわけじゃ』

「お姉さま、準備できました」


 幽子をからかうのはこのくらいにしておいて、私も馬車もどきに乗りこむ。


「おっけ、んじゃいきますか。フィー、前方の道を整地、マリーは通ったあとで草、無理になったらちゃんということ」


 マリーが頷いたのを見てからフィーに声をかける。


「フィー、いける?」

「はい。では出発しますね」


 フィーが整地した道を馬車っぽい何かがゆっくりと進み始める。


『ほんとに動いた。というかこれどういうことなの』

「魔法でしょ」


 正確にはスキルらしいけどね、フィーができそうだというので任せただけだし。


『あんた、魔法っていえばなんでも片付くとおもってるでしょ。ほんとなんで動いてるの、これ』

「おそらくですが磁性変化させてるのだとおもいます」


 心底納得いってなさそうな幽子に紫の瞳を淡く光らせながらシャルが答える。

 シャルの目は時々淡く光るんだけど、猫みたいでいいよね。


『磁性って……磁石のあれ?』

「はい。私もトライから学んだ内容ですが、世界にはSとNの磁極があります。フィーリアはこの馬車の下に土を張り付けて固形化し磁性を付与、大地を操作してSとNを徐々に前方に移動することで滑らせているのだとおもわれます」

『それって……リニアじゃん』


 幽子が静かに呟いた。

 なんだっけかリニアって、あれって浮くんじゃないっけか。


『車輪式で動力だけリニアプレートでってのもあったわよ、そもそもリニアって直線の事だから』


 幽子、そういうのはほんと詳しいね。


「ともあれいけそうね、フィー。余裕をもってできるとこまでで。休憩になったら火と水がいるからアイラとリーシャはきっちり休んでおいて」

「「はーい」」


 幽子が馬車に器用に座り込んだ。

 幽霊ってどうやって固定してるんだろうね。


『ねぇ、シャル』

「はい」

『こういうことできるのってこっちでは普通なの』

「いいえ、通常は無理ですね。こんな精緻で大雑把な運用をしたらすぐにMP内のマナが枯渇します」

『そういうもんなんだ。というかあたし、常識に自信がなくなってきたよ』

「大丈夫ですよ、長らく魔法をかじってきた私から見ても通常の枠を超えています。お姉さま」

「ん?」

「この後北進してから西に向かうのですよね」

「そだね」

「でしたら立ち寄っていただきたい場所があるのですが」

「んじゃ、そこに行こうか」


 大まかに言って敵地の中を突っ切るという以外のプランはないしね。


『大丈夫なの?』

「わからん。でもほかの選択肢はない。つーわけで多少寄り道しても多分もう変わんないから。シャル、案内して」

『どこに行くかも聞かないってどうなの』


 私と幽子のやり取りを聞いてた妹たちの視線が私に集まってる。


「シャルがそういうってことは意味あるんだろうし行ってから考えりゃいいでしょ。後悔先に立たずってはいうけどね、やらんでする後悔よりはやってする後悔の方が素晴らしいのさ」

「お姉さま、よろしければ大凡の事前情報をお伝えしますが」

「言いたいなら幽子に言っておいて。あたしは寝る。咲、こっちおいで。あとみんなも適当に寝ること。フィーも疲れたら幽子に見張りまかせて寝ていいから」

『あたしは休みなしなのね』

「よろ」

『はーい、もういいわよ』




 目が覚めると馬車が止まっていた。

 外が暗いうえにちらちらと火が見えるってことはアイラあたりが火を焚いて獣除けしてくれてるんだわね。


「さて……」

『どこいくのよ』

「トイレ、つれしょんする?」

『行くかボケ』


 つれない妹だこと。

 馬の居ない馬車をでて数歩進む。

 上を見上げると澄み渡った空気の先に満天の星空が瞬いていた。



『トイレじゃなかったの』

「なんだ、やっぱおねーちゃんとつれしょんしたかったのか」

『違うわ。というか……何考えてるのよ』


 幽子の問いに少し考えてから私は口を開いた。


「幽子、あの星座わかる?」

『しし座』

「あれは?」

『うしかい座』

「だよねぇ、ところで幽子、みんな発音に対して口の動きがちょっとづつずれてるのに気が付いてる?」

『え、そうなの』

「うん。洋画の吹き替えやアニメのアテレコみたいにタイミングは当ってるけど形はあってない。つまりあの子達は日本語をしゃべっていない」

『……気が付かなかった』


 空を見上げると小さな赤と青の月が浮かんでいた。

 この世界、月の光が弱いため月の出ているときでも結構星が見える。

 しばらく沈黙したまま二人で空を見上げる。


『優、クラウドとのあれなんだけど』

「僕がどうかしたかい」

『ふきゃっ!』


 変な鳴き声とともに幽子が盛大にすっころんだ。

 あと幽霊がビビりすぎ。


『そんなこと言ったってっ!』

「ごめんごめん、悪かったね」


 そういって幽子の手を取って立たせるクラウド。


 やっぱそうなんだな。

 前回の接触の時にクラウドが幽子のパンチの嵐を受け取った時からそうじゃないかと思っていたけど、このクラウドって存在は幽子と同じで『個人の幻想』を土台にしている可能性が高い。

 何故そういえるかというと、古今東西幽霊に接触できるのは幽霊かそれに準じたものだと相場が決まっているからだ。

 一般的に幽霊などの恐怖存在が何故怖いかというと、人からは影響が与えられないのにもかかわらず幽霊からは影響を与えると考えるからだ。

 これは人間が幼少期における未理解範囲を恐怖と重ねた結果、妖怪や幽霊といった未知の心霊現象に比喩するという脳の錯覚がなせるものであるともいえる。


『ストップ、ストップっ! そうがんがん思考流されるとあたしも頭痛いっ』

「おっとっと」

『結局どういうことなのよ』

「幽子とクラウドはたぶん同類だわ」

「それはさすがにないかな。僕は超越だよ、これでもだ」


 シャルもそんなこと言ってたね。

 この美少年が実のとこ赤の龍の分体の一つでシャルなんかよりも全然強いと。


「そう、あんたは赤の龍王の権能のなんだわ。つまり赤の龍王の式神しきがみ。そしてこの幽子は私の使鬼神しきがみ。強さは天地を超える差があるけど一部をくりぬいた独立動作体であることには変わらない」

「さすがにその論理は強引なんじゃないかな」


 呆れた顔のクラウドと困惑した表情の幽子。


「僕としては今度の投資として君の願いを一個だけ叶えるといったつもりなんだけどね」

「だから言ったじゃない、願い」

『優、あれ冗談じゃないの?』


 私はやれやれとため息をつきながらクラウドと幽子に向かってもう一度同じ言葉をかけた。


「お前ら結婚しろ」

『やだよっ!』

「僕もさすがに選ぶ権利があると思うんだけどね」


 わがままさんどもめ。


『うっきゃーー、そうじゃないんじゃないかなっ! というか優がおかしいとあたしおもうの』

「そこは僕も同感だね。願いをかなえるで婚姻を強要とか」


 私はクラウドの言葉を途中で遮って言葉を重ねた。


「なんでもできるんじゃなかったのかい、自称超越者」

「僕は何でもとは言ってないんだけど」

『そもそもなんであたしが結婚しないといけないのよっ!』


 そりゃ彼氏もなしで死んだ妹を憐れんでだな。


『ふっー! ふっー!』

「待って待って」


 ボクシングスタイルの幽子を後ろからとめるクラウド。


「実際の所、君は何を考えてるんだい」


 お、そこ聞いちゃうか。

 にやっとわらった私のスマイルになぜか後ろに下がった二人。


「幽子をシスの神に奉り上げる」

『「は?」』

「古来より日本には死者を神に引き上げるノウハウが確立してるのよ。一、非業の死を遂げること、二、祟ること、三、枕に立つこと、四、人を死なせること。幽子はこの条件のうち三つを満たしてる」

『ちょ、ちょっとまって。あたしひと殺してなんかないよっ!?』

「補足、殺されかけても成立する」

『あっ』

「それにね、クラウド」

「なんだい」

「あんた寂しいだろ」


 数秒の沈黙。


『そうなの?』

「まぁ、超越は孤独ではあるね。この世界では龍に次ぐ強者なだけに敵も多いしね」

『そうなんだ』

「だけどそれとこれは別だよ。仮にだ、僕がこの子を嫁にしたとしても、その結果君に利益を供与することを意図しているのなら無理だといっておくよ」

「それは別に。私としては私が万が一死んでも幽子を引き取ってくれればそれでいい。たぶんあんたならできるんじゃないかとおもった。それだけ」


 私はそういうとまた空を見上げた。

 星は変わんないな。

 ここが一体どこなのか結局よくわかんないけど地球っぽいどっかなのだけは確かだわね。


「君は変な奴だね」

『ほんと変態よね』


 そこ、どさくさに紛れて悪態つかない。


『あたしを神とかまた適当にいって』

「いや、それは本気。というかそこも含めてクラウドの意見が聞いてみたいのもあって嫁にしろって言った。嫁にするなら悪い変化はそうそうさせられないだろうと思ってね」

「それは……結婚に対して夢を見すぎじゃないかい?」


 ん、そうかね。


「私の世界の誓いではよく使われるけど『死が二人を分かつまで』って薄情よね。死んでも付きまとって離さないってくらいでいいのよ、愛なんて」

『あんたの愛は歪んでるって』

「そうだわね。で、幽子はあたしが死後まで連れ込んじゃった子だからね。せめて一回くらいは結婚させてやりたいなと」

『そこっ! あたしが結婚できない寂しい子みたいに言うなよっ!』

「できたの?」

『……できませんでした』


 クラウドが少し笑ってる、ふーん、喜怒哀楽は普通に見えると。


「姉としては世界の命運を変える一回の願いがあったら妹にお見合いさせてやりたいと思うじゃない」

『世界と妹を天秤にかけるなよっ! どっちが大切だと思ってんのっ!』

「妹」


 がっくりとうなだれる幽子、そういやそういうやつだったとかいってるな。


「まぁ、どちらにしてもなんか世界のすごいのに輿入れさせるならやっぱ神くらいの箔は欲しいよね」

『そんな嫁入り修行みたいなのりで』

「なるほど。本当におかしいね、君たちは」

「そりゃ幽子曰く、妹パラノイアだからね。で、クラウド、叶えなよ、願い」

「こりゃうかつなこと言った僕のミスだね。腹をくくった方がよさそうだ」


 クラウドが幽子の手を取ろうとする。


「よろしく、ハニー」


 その手を振り払った幽子が叫んだ。


『ぜったいに、い、やっ!』


 さびしんぼ同志、私はかみ合うと思うけどね。どこまで意地張れるかね、幽子。

 さぁ、男の娘いもうとになれそうな弟が増えたことだし妹探しの旅に出ようか。


「優ちゃん。君、今何かろくでもないこと考えてなかったかい?」


『…………』


 私の中では男の娘の妹も守備範囲だからね。

 これが私の先行投資なのさ。

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