掘ったら埋める
緑の肌に猫背、目は黄色で狐目に近く頭に毛はなく口からよだれを垂らす人のような存在、ゴブリン。
元々はヨーロッパ方面の民間伝承に出てくる怪異だったものがいつのまにかファンタジーの平均的なモンスターとみなされるようになり、今目の前にいる。
『のんきに考察してないでよ、馬鹿ぁ!』
「アイスバレットッ!」
車台の端にいたシャルが打ち出した氷の弾丸。
それらが私に襲い掛かろうとするゴブリンの眉間を綺麗に打ち抜き反対側から飛び出ていく。
馬車もどきでの快適な旅に出てから数日、見張りをしていたシャルの声にたたき起こされて外を見渡すとこのありさまだよ。
死屍累々のゴブリンの死体がひぃふぅみぃ……二ダースはあるな。
『シャルって』
「まぁ、なんつーかべらぼうに強いよね」
顔を出した私らを見てなお一層興奮するゴブリン。
散発的に襲い掛かってくるその連中をシャルが連続で打ち出す氷の弾丸が的確に打ち抜いていく。
とはいえ数が多いわな、あと五十くらいはいるか。
「フィー、周囲全体に落とし穴。上から見たら丸くて太い円のような形」
「はいっ!」
私が指示すると同時に馬車周辺の土がすべて陥没し残っていたゴブリン達が転落する。
「フィー、埋めて」
「え」
「姉の命令。殺害は私の決定、全部埋める」
「は、はい」
ざっと五十はいただろう残りのゴブリンが土の中に消えた。
『こ、これっていいの?』
幽子の感想は放置してさらに妹に指示を出す。
「リーシャ、力の限り周囲に水だして水浸しにして」
「う、うん。いっくよぉー」
みるみる間に地面一面が水だらけになっていく。
この子らの能力は一時に一個しか操作できない代わりに規模についての制限がとかくゆるい。
あんまり大きく行使させ過ぎるとバテるみたいだけど、まぁ、このくらいならいける。
「シャル!」
「なるほど……ブローフリージング」
その状態でシャルの魔法が周囲の温度を下げて地面を凍結させていく。
「アイラ、松明に火」
「りょーかい」
車台の上でまとまる私たちの傍、アイラが松明に火をつけた。
星明りと火に照らされて外の凍った路面が浮かび上がる。
「君は本当にトライなのかい」
いつの間にか私の傍に立っていたクラウド。
なんでよ、ごく普通の日本人よ、私。
『いや、普通の日本人はゴブリンを生き埋めにしたうえで氷で蓋したりしないから。あんたみたいなきち〇いさんと一緒にしないで』
き〇がいにさんつけるのか、幽子。
それはそれでかわいいな。
「僕の知っているトライは殺害は忌避する傾向があったと思うのだけどね」
それはそうだ。
あー、でもあれだわね。
なんというか寝てる間に襲撃されて皆殺しされかけみたいなのが頻発してたからついムキになって対応しちゃったのはあるかな。
「ちょっとはお肉として死体残しておけばよかったかなぁ」
私のボヤキにぎょっとした様子で妹たちが見つめる。
どないしたん。
「咲はゴブリンハンバーグとか嫌なの?」
「その、嫌と言いますがえっと……ゴブリンって食べれるのですか」
恐る恐る聞いてくる咲。
確かにそうだわね。
日本人としてはそこ聞かないといけないとこだったわ。
外国で未知のものを見たらまずは「食べれるか」と聞くのは日本人の基本。
『そうだっけ』
「アイラ、ゴブリンって食べれる?」
「え、えーと、わかんない」
うろたえた様子でアイラがシャルの方を見やる。
「お姉様、テラではどうだったかわかりませんがこちらでは一般的に道具を使う二足歩行の動物は食べません」
「なるほど、日本が文明開化前は四足の獣食べなかったようなものか」
『絶対それ違う』
うるさいな、幽子は。
「なら仕方ない、食べるのはのはあきらめるか。名もなきゴブリン達よ、安らかに地の底で眠れ」
『ていうか文字通りだよね、それ』
いちいち律儀につっこんでくる幽子となんかほっとした様子の妹たち。
「にしてもシャル。二つほど聞きたいことがあるんだけど」
「なんでしょう」
「ゴブリンっていつもこんな感じで襲ってくるの」
少し考えたシャルが私を見つめる。
「まぁ、野外でこれだけ女性だけで密集していれば」
「それって女性を狙うってこと」
「ええ。基本的にゴブリンが狙うのは家畜類と女性です」
ふーん、邪悪な聖霊にしては行動指針が明瞭だこと。
「家畜は食べるとして女性の用途は」
「繁殖用です。ゴブリンは男性体しか発生しないので増殖を目的として人間の女性を攫います」
『なにそのエロゲー』
エロゲーしってるのか。
幽子、エロい。
『ち、ちがう。そういうんじゃなくて』
泡食う幽子はほっといて私はシャルに質問をぶつけた。
「シャル、二つ目、ゴブリンってもしかして元人間?」
シャルが一瞬目を見開いてから口もとに手を寄せた。
「よく分かられましたね」
「そりゃ、まぁ人間と繁殖できるのは人間だからね」
『え、そこはその……魔法的なうんぬんで子供ができちゃったりとかしないの』
「幽子、常識でもの考えようよ。犬猫と人間の間に子は出来ない。子ができるとしたら生物として近隣種なときだけよ」
あ、幽子が頭を抱える形でへこんでる。
『……あの優に常識とか言われた』
失礼な。
「大体、普通に考えてゴブリンみたいな変なものが自然発生するわけないでしょ。あり得るとしたら誰かが作ったか、妄想か、そうでないなら……」
「そうでないなら?」
一度止めた私の言葉に咲が反応した。
「そりゃ人間しかないでしょ。人間にとって最も恐ろしいのは人間よ。しかしなるほどな、人間なら食えんわな」
『あ、そこは良識あるんだ』
失礼な。
「人間に関わる奇病の感染源って人間を食べる慣習の部族で出たことがあるのよ。だとするならゴブリン食べるとヤバいかもね」
「えーっとお姉ちゃん、アイラ的にはあれを食べるのはちょっとやだなーとか」
「正直お勧めしませんわね」
否定を口にする妹たちに大きく首を縦に振る他の妹。
こういうジェスチャーはあっちと一緒なのね。
しかたない。
「私としては異世界に来たなら一度はオークのステーキってどんな味か食べてみたかったんだけどね」
『思っても口に出さないで、そういうのは』
念の為、しばらく離れたところに移動した後で、シャルと私、幽子で今後の相談のために円陣を描くようにして座った。
『ゴブリンかぁ、本当に異世界なんだね』
「もうちょい混乱するかとおもったけど思ったより落ち着いてるね、幽子」
『誰かさんのおかげで角付きイノシシに追い回されたり、土の中のぐろい虫とか散々見る羽目になったものでねっ!』
ああ、うん。
「ごめんよ」
ふぃって横を向いてすねる幽子がかわいい。
『いいけどさ。で、シャル、目的の場所ってここからあとどのくらいなの』
「この乗り物ですと二日ですわね」
『あんなのに襲われるの、あたしもーいや。さっさと進んじゃおうよ』
「それも一考ではあるのですが」
そういって私を見るシャル。ゴブリンなぁ。
「シャル。あいつらって女を襲うって言ってたよね」
「ええ」
「殺した場合になにか問題は」
「いいえ、分類としては人に害なすものとして駆除対象ですので。ただ、このメンツで駆除に行くのはさすがに」
だよなぁ、今日は運よく処理できたけどあれに準備なしで散発的に襲われたらどうにもならんわ。
「何か気になることがある?」
「はい。このあたりはこの先向かう霊樹の影響下にあり、私の知り合いのドライアドの支配地域なのです。彼女が普通の状態ならばあのような有象無象の跳梁跋扈を見過ごすはずがありません」
「なるほど」
何かあった、もしくはもう手遅れの可能性か。
さて、どうしたものか。
「何かあった場合に急いで変わる可能性あるとおもう?」
「分かりません。ただ、曲がりなりにも霊樹のドライアドがそうそう敗れるというのは考え難いですわね」
『うーん、もしかして前に話で出た宇宙怪獣とかに襲われたとか』
沈黙するシャル。
『え、いや、冗談なんだけど』
「はい。ですが」
「その可能性がある?」
「はい」
ゴブリンから一足飛びに宇宙怪獣相手はちょっと厳しいかな。
『ちょっと?』
「かなり。さてと、どうしたものかしらね」
回れ右して進行方向変えてしまうってのもありっちゃありなんだけどね。
こういうの程クラウドにも相談してみたいとこだけど、聞いても答えないだろうし。
「よし、シャル。今日、襲ってきたゴブリンって近くに巣あると思う?」
「え、ええ。ゴブリンは夜間に行動して朝日が昇る前には巣に戻りますので」
「ならきまった。ゴブリン狩りしよう」
「『はい?』」
『あそこ、山の中腹に穴があるよね、あの中にうじゃうじゃいる』
「偵察ごくろーさま。その中で一番デカい個体ってどんなのいた?」
「三メートルくらいのむっきむきのがいた」
「ホブゴブリンですわね」
幽子の情報にシャルが捕捉する。
「じゃ、シャル。予定通りメテオストライクで」
『まってまってまってっ! 他にも居たのっ!』
「ゴブリンが? そりゃいるわさ」
『ちがーうっ! エルフのちっちゃな女の子っ! たぶん今日連れてこられたんだと思う、縄で吊り下げられてた』
何故吊ったし。
「ゴブリン殺す、慈悲はない」
幼女をさらうとはふてーゴブリンどもだ。
ロリに手を出してたら粉みじんにして風葬する。
『急いだ方がいいと思う』
そうね。
さて、さすがに咲は連れていけないから何人か残すしかない。
妹たちの視線が私に集まっている。
「どうなさいますか」
よし、決めた。
「シャル、フィー、アイラ、私と一緒にきて。ゴブリンを殲滅、
「はい」
「承知いたしました」
「うん、わかった」
攻撃組は土いじれるフィーは必須としてとりあえずシャル、あと火に強いアイラ、幽子、私で固める。
「ステファと残りは咲の護衛」
「了解、姉さん」
防御に元騎士のステファ。
偶然だけど夫婦と婚約者セットがそろったか。
「幽子、プランBで」
『Aもないんだけど。優って行き当たりばったりじゃん』
「ちんたらしてない、いくよ、幽子」
『え、今のあたしのせい? ちがうよね、ちがうよねっ!』
では、ロリっこエルフのためにも最短ルートで行きましょうか。
『ロリっていってもいい年なんじゃないかしら、エルフ』
「多分ね。妹にロリババア、むしろ好物です」
宣言した私の言葉に咲が悲しそうに反応した。
「食べちゃダメです。かわいそうです」
「あっはっはっは、こりゃ一本取られたわね」
『いや、笑えんから。いくよ、優』
「うーい。じゃステファたちは咲から離れないように」
間に合えばいいんだけどね。
最短で行こうか。
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