妹を救う一歩は暖かい食事から

 パープルアイに見とれるくらいきれいなシルバーブロンドのロングヘア、背は私よりは小さくてキサより大きいくらいの娘が自分の両手を見ながら呆然としている。


「キサ、自分の姿見れるものがあったら見せてあげて」

「あ、はいです」


 キサが部屋の隅の方にあった袋から鏡を取り出してきた。

 割れた鏡を後生大事にか、ほんと追いつめられてるねぇ。

 キサが手渡した手鏡を受け取って自分を見たシャルちゃんが目を見開いた。


「なっ……なんですの、これはっ!」

『わかるっ!』


 そんなシャルを見ながら心底満足そうに頷く幽子。


「どういうことなんですの。わたくし、え……私はいったい……うっ……」


 今言い直そうとしたね。

 一人称もきっちり変わってんよね。

 じっと観察しているとシャルマー・ロマーニ七世ことシャルちゃんが深刻そうに思案に暮れた表情をしながらぶつぶつとつぶやく。


「人体の完全再錬成……こんなでたらめな魔法、トライ招来以外で見たことがありませんわ。しかも嫌悪感や違和感もない」

『え、違和感とか嫌悪感とかないの?』


 驚いたように聞く幽子を見つめてシャルが深く頷いた。


「ええ、在りませんわね。まるで初めからこの姿で育ったかのように違和感がありませんわ、この口調も……ワシとしては驚愕……するしかないのですが、元の口調の方が演技のような違和感を感じますわね」


 途中で元の口調に戻ったがすぐにですわ口調に戻った。


「記憶は」

「全部残ってますわね、ただ自分の事だったという実感がわきません」


 なるほど。

 さっきまで生きてたじーちゃんは過去の情報化したんだな。

 んー、悪いことしたような気もしなくもないが、こっちの方がかわいいからいいだろ。


『おい』


 半眼で見つめる幽子、驚きの表情からなかなか戻らないシャル。


「これが勇者の魔法ですか」

「スキルだけどね」

「は?」


 お、意外な反応。キサも驚いてる。


「なに、スキルってみんなもってんじゃないの」

「いえ、トライの場合はその札に書かれている内容が能力になります」

「ほう、勇者ってどんな能力なの」


 全員が黙り込んだ。おい、まて。


「ねぇ、キサ。もしかしてあんたら勇者って深く理解してなかったりしない?」

「いえ、以前お会いしたトライの人に教えてもらいました」

「なんて」

「龍王のいる世界を救うのが勇者だと」


 おしい、あってるけどあってない。


「キサ、救世主メシアではだめだったん?」


 私がそういうキサがすまなそうな恥ずかしそうな表情で見上げる、くぅ。


『集中しろ、妹パラノイア』

「うーい」

「その……私、二文字の札しか作れないのです」

「ほう、そういう制限があるのか。何枚作れるの」

「百八枚です」


 ふむ。


「最後まで作ると死んだりする?」

「なんでそれをしっているのですか」

『え、マジ?』

「私がこたえましょう。初代の青の龍王はそれでお亡くなりになっています。以降、最後まで使い切った子はいないそうですわ」

「そっか、キサ、私が姉として一つ制限を掛ける」

「あ、はい。なんでしょうか」

「今後、札の使用、作成を禁ずる」

「え、でもそれじゃ力が足りないとおもうのですが……」

「駄目。もし破ったら針千本のませる」

「は、ハリセンボンってなんですか。えっと動物さんの名前みたいな」


 小首を捻りつつ私の質問を考える、キサ


「あー、かわいいな。異世界さいこーっ!」

『思考散らすなボケっ!』

「つーわけで、キサ。お姉ちゃんとの約束だ。守れないなら妹は助からないと思っていい」

「それは……」

「さぁ、どうする」

「わかったのです。約束するのです」

「よし、約束だ」


 私はそういってからキサの頭を撫でた。目を細めてくすぐったそうにするが逃げない。


「さてと。シャル、状況確認からしたいのだけど」

「わかりましたわ。なにからお話ししましょうか」

「まずはこの人らかな」

「私が統治していたロマーニ国の生き残りです。ここまでの間に減ってこれだけになってしまいました。私の不徳の致すところです」


「おやめください! お、王!」

「そうですよ、私たちは……王だからこそここまで生きてこれたのです」

「そうですよ、王様?」


 次々に声を上げる生き残りたちが王と呼ぶときに変な間が有ったりイントネーションが狂うのが面白い。


『あんたのせいでしょうが』

「知りませんなぁ、男性が二に女性が三。キサと幽子と私、シャルを入れると総勢九名か。全体的に若い理由は」

「ここまでの旅の間に次第に減ってしまいこのように」

「そうか。敵対しているのは話にあった神の手先だけ?」

「いえ、一番数を減らしたのは旅の途中での宇宙怪獣との遭遇です」

『う、宇宙怪獣?』

「ええ。そもそも異世界から神を招来しようとした理由なのですが、宇宙怪獣に対抗するためにトライのいる世界では特効特性を持った銀色の巨神がいらっしゃるという話を白の龍王様がお聞きになられたのが始まりです」


 おーい、つーか突っ込みどころ多いんだが。


『そんなのいたっけか。というか宇宙怪獣ってなに』

「特撮だな」

『それはわかるけど銀色の巨神って何よ』

「たぶん、例の有名なヒーローだとおもう」


 銀と赤の人ね。


『ちょ、それって作り話そうさくの話だよね』

「まぁ、そうなんだけどね」


 そういいながら私は幽子を見る。


 私の視線に引っ張られる形で皆の視線が幽子にあつまる。

 気になっていたことがあってだね、さっきからずーーーと幽子がきちんと会話に交じっている。

 つまりだ、少なくとも今この場にいるものの認識上においては幽子は見えるししゃべれる存在と化しているということに他ならない。

 これは実のところおかしい。

 なぜなら使鬼と化した幽子を崇め奉ったのは私個人であり、他の者たちと共有した幻想ではないからだ、幽子の事話してもいないしね。

 とどのつまり本来見えるはずがない。

 ところが事実として認証されている、つまりおそらくだが物理で光や音が発生してる可能性が高い。

 魔法のようなものだろうと言い切ってしまうのはたやすいけど魔法には魔法のセオリーってやつがある。

 できることはできるしできないことはできないってやつだ。

 根性や奇声で不可能を可能にするってのはたぶんあり得る話なんだろうけど、その場合でも可能性がゼロの物は可能にはならない。

 ナノやマイクロ単位でも芽があるから発生するわけだ。然るに個人幻想、高密度に夢想した幽子という……


『ちょ、ちょっとまって、思考早すぎて追い切れない。結局どういうことなのよ』

「たぶんだけど、この世界は幻想を物理現象に投影するルール、方程式が用意されていて、おそらくそれを魔法と呼んでいる。どうよ、シャル」


 一拍の間の後、シャルが口を開いた。


「おどろきましたわ。細かいとこでは差異がありますが大凡の所ではあっていますわ。それと何故私に聞きましたの」

「シャルが魔法使いっぽかったから」

「正解ですわ、どうしてそう思われました」

「ゲームだと杖持ってるのは魔法使い。ってのは冗談としてじーちゃんのときの受け答えがリアリストでシニカルだったからかな。かと言って戦士という感じにも見えなかったのと長い事杖を持ってた感じにタコがあったからね」

「それだけで?」

「まあね。で、どうよ」


 シャルはそっと口元を隠すように手を寄せた。


「あっていますわ。それで魔法と神がどう関係しますの」

「情報が足りないから当て推量になるけど、たぶん、同じ方程式で動いてる」

「それはさすがに違いますわ。龍王の力と魔法の発現は似て非なるものです」

「ふぅん、なるほど。いや、間違ったならそれはそれでいいわ」

『いいの?』

「こだわったってしゃーないし。で、その神と宇宙怪獣以外に敵対してる、もしくは人が減った原因は?」

「野生動物とならず者、それと病魔と飢えですわね」

「そりゃまたずいぶんな。武器とかは」


 私がそういうと男達が三本ほど剣を持ってきた。

 大型の両刃剣。

 ただしボロボロになっているのが見て取れる。


「これと……王の杖しか」

「マジか。えっとお金とか食料とか備品類は?」

「今残ってるのはこれだけです」


 そういって女性がさっきキサが鏡を持ち出したボロボロの布袋を持ってきた。

 中には大きな羊皮紙と服がいくつか、干された肉らしきものが数切れ、水入れ、それと金貨入れ等があった。


「みてもいい?」

「はいなのです」


 あ、これキサの許可になるやつなのか、王じゃないんだ。

 水入れには水が入ってるな、ま、当たり前か。

 干し肉は手のひらサイズが八切れほど、金貨入れにはと……銀貨が三枚、銅貨が十五枚、たぶん補助通貨だと思われる丸い鉄貨が十二枚入っていた。

 通貨の価値は分からないが、まぁ、たぶん少ないんだろうな。

 それとなんか手の平サイズの水晶玉がある。


『ねぇ、その水晶玉、中に鯨が泳いでない?』

「いるな。キサ、これなに」

「ランドホエールなのです」

「そっか」


 私はそっと袋に水晶を戻した。


『ちょっと、いま中に鯨いたよねっ、動いてたよねっ!?』

「うん、なんかやばそうな感じがしたから後回しにする」

『あんたって奴は……』


 大きな羊皮紙を開くとそれは地図だった。


『なにこれ』

「世界地図だな」

『そうじゃなくて……これ』


 そこに書かれていたのは私たちの世界地図、かと思いきやちょっと違うんだな。

 私たちの世界でいう中国とアラビア半島が黒く丸で消されている。

 あと海岸線に結構違いがあって、全体的に海が広がってるっぽいね。

 まさかとは思うがこの世界、私らの居た世界の未来とか言わないだろうな。


「この黒いところは」

「龍王様の力で消し飛ばされてしまったところです。どちらも神の浸食を防ぐための措置ですわ」


 ……ふーーん。


『おーい、優、考え込んでないで帰ってこーい』

「あ、ごめんごめん。今の場所はどこ」

「ここなのです」


 キサが指示したところは世界地図でいうところの日本の東北だった。


「んじゃ、赤の龍王ってのがいるのは」

「ここになりますわ」


 イギリスか。ちょうど反対側になるな。


「なるほどなぁ、さて。細かい話を聞きたいけどその前にだ」

「はいです」

「なんでしょう」

『なに?』


 三人の妹が私を見つめる。至福の時間だがこのままだと詰みそうなのでやることがある。


「夕食の調達からしようか」

『賛成、お店とか近くにある?』


 キサとシャルが顔を見合わせた。


「その、お姉ちゃん……」

「店以前におそらく歩いて数日の範囲には生きた人間がいませんわ」

「え、いやいくらど田舎の東北でも……あー、ここ日本じゃないのか」

『え、うそ。コンビニもないの?』

「コンビニってなんですか」


 不思議そうなキサに考えこんでるシャル。

 二人を見ながら私が考え込んでいると幽子が近づいてきてそっと耳打ちした。


『ねぇ、優。ここってもしかしてかなりやばくない?』

「みたいね。まずは生きてくために食い物確保しないとたぶん餓死するわ」


 そう、キサも含めて全員、痩せているのだ。


「こりゃハードだわ」

『最悪はみんな一緒にあたしのお仲間だね』

「あの世で餓死かぁ、仏様のとこの世界観だわね」

『そうなの』

「そうなの、正確には死ねないんだけどね」


 たぶん、野生が危険なんだろうな。

 でなければいくらなんでもここまで痩せない。

 まずは、安全に食料調達する手段からか。


 まず、妹たちを腹いっぱいにするとこからってのは悪かないかな。


「そうそう。みんな、今後はこの子の呼び方、王様ではなくシャルちゃんでいこう」

「……本気ですの?」

「もち、さて、シャルちゃん、魔法って使えるんだよね」

「それなりには」

「幽子、物体透過はいける?」

『ああ、それは大丈夫、さっき試した』


 なら、何とかなるか。


「よし、では食料調達から始めよう。私にいい考えがあるっ!」

『不安なんだけどっ!』


 次回、妹と始める食卓の薦め、お楽しみに。


『誰に解説してんのよっ!』


 まだ見ぬ姉妹にかな。

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