第一章 あばら屋編 いつのまにか王妹になっていました

全人類妹化計画始動

 起き上がると胸元に光る紙の札が見えた。

 光る文字で『勇者』と書いてある。

 勇者ねぇ、柄じゃないのだけど。


「キサ、これなに」

「それは招来に私が使用した札なのです。それがなくなると勇……お姉ちゃんは死んでしまうのです」


 どういう原理かはさっぱりわからないが、そういうものらしい。


「ふぅん、いつでも死ねるのか。いいね」

『そこ、喜ぶとこなのね』

「あたりまえじゃない」


「えっと、あのそれでお姉ちゃん。この後なのですが」

「その前になんだけど、キサ。ステータスとかって見れたりしないの? よくゲームとかだと見れるじゃない」

『ゲームじゃないんだからさ』

「あ、はい。オープンザウィンドウっていえば見れるのです」

『……見れるんだ。えー、ここ現実じゃないの?』

「幽霊が言うなって。オープンザウィンドウ」


 宣言すると目の前に窓が開いて文字が見えた。

 ほー、ゲームっぽいわ。


 安藤 優


 MP:230


 種族:トライ

 龍札:勇者


 スキル:妹転換 縁のある対象の存在が失われかけている時、かつ接触しているときに限り強制的に妹に転換できる。龍王、超越以外は抵抗不可。


 数秒見ていたら自動で窓が閉じる。


「キサ、MPはあるのにヒットポイントがないんだけど……」

「トライの人は皆さんそう言いますが、そういうのはないのです。生き物の生命力を一律で表示するのは難しいのですよ」

「ああ、まぁそういわれちゃそうなんだけど。種族トライってなに?」

「龍王によって異世界であるテラから招来された人の事なのです」

「ああ、渡来人トライってことか」


 納得してうなずいてからもう一度キサを見る。


『ねぇ、いま変な単語が聞こえたような』

「私もおもった。キサ、龍王とか言わなかった?」

「はい、言ったのです。なにかおかしかったですか」

「私を呼んだのってキサって言ってたよね」

「はい」

「トライは龍王が招来すると」

「はい、そうなのです」


 キサが小首をかしげる、くっそ可愛いな小悪魔め。


『思考散らさないでよ』

「わかってる。つまりキサは龍王である?」

「あ、はい。言い忘れていたのです。ごめんなさい。改めて。青の龍王の末裔、神楽キサなのです」


 着ているワンピースのスカートの端をつまんで軽く会釈するキサ。

 様になっているというか似合っている。


「ま、可愛いからいっか」

『いいのっ? つーか龍王が勇者に救い求めて召喚するってどういうことなの』

「あ、いえ。召喚ではなく招来なのです。その札を通じて完全に別個体としてお姉ちゃんの体を形成していますから」

「なる。つまりアバター的ななにかか」

「あばたーってなんですか」

「なんでもない。ところで苗字が神楽?」

「はいなのです」

「苗字前って一般的なの?」

「いえ、一部だけなのです」

「なるほど。ところでキサ、ズバリ聞くけど本体は実質この札なんじゃない?」


 キサが目を丸くする。


「はい。そうですが……どうして気が付いたんですか」

「なんとなくね。なるほどなー、道士のキョンシーかとも思ったけど、こりゃどっちか言うと人造人間、神話でいうとナタとか反魂の術の亜種とみるべきかも」

「え、あの。それって……」

『あー、なんかものっすごい勢いで思考流れてるから、今、話聞きいてないとおもう。かわりにあたしが聞く』

「あ、はい」


 数十分後、私の膝の上にはキサがいた。

 気が付いたら頭を撫でつつキサのおなかを撫でていた。

 ほっそいなこの子、そこはかとなく困った顔がまた良い。


『お前、女じゃなかったらセクハラで訴えられてるから』

「甘い、幽子。本来セクハラってのは受け側から見た性的問題行動を指し示す概念で実行主体は男女問わんのよ」

『わかっててやるなよ』

「で、なんでこうなってるん」

『知るか。あたしがキサにいろいろ聞いていたらぶつぶつ言いながらいきなりキサを抱きしめてその様だよ』

「そうか。主は私に妹を愛でよといっている」


 膝の上でキサがびくりと震えた。

 同様に周囲の連中も腰が引けた感じがする、なんぞ。


「幽子、これどういうこと」

『どういう言われてもね。一応、ざっくりとは話聞いてたけど』

「いや、いい。大体分かった」

『え』


 どうも幽子が私の思考が読めるように私にも幽子の思考がざっくりと読めるらしい。

 確かに長い話だわな。

 怯えている子にもう一回言わせるのもなんだしポイントだけ聞くわ。


「キサ、ズバリ聞く。敵対しているのは私の世界の神であってる?」

「はいです」

『あっちゃー、あたしらにとっては一番まずい相手じゃない』

「そう? 別にってかんじだけど」

『何いってんのよ、あんたもあたしも一応あれでしょうが』

「私は海の西の神には心酔していないからどうでもいいかな」

『それでいいのかミッション系っ!』

「いいもなにも……実在する形で害をなす存在として降臨してきてる時点で主ではないし。神の愛は万人に等しい、されど神は平等故に人の善悪に関わることなし。人を試すは悪魔の常なりってね」

『なにそれ、あたし聞いたことないんだけど』

「私の造語。まぁ、でも上っ面だけでもあの学校にいってればそれくらい言えるでしょ」

『いえねぇよ……ほんとなんなの、あんたは』

「安藤優。妹のためにある愛の使徒」

『死ね、ボケ』


 周りを見渡す。

 大体、二十五坪、平米でいうと八十㎡くらいの広さの部屋に疲れ果てた顔をしたローブを着た男女は五名ほど、もう少し離れたところにボロボロのベットがあってそこに誰かが寝ていた。


「キサ、あれは?」

『あれって一応人なんじゃ』

「あの方はロマーニ王。お姉ちゃんのこちらでの親です」

「親?」

「はい。招来時の構成情報をあの方にもらいました」

「ああ、召喚用の生の血液提供者ね、なる」

『いちいち生々しいのよ』

「そう? ま、お世話になった訳だし挨拶くらいしますか。よっと」


 起き上がると自分もキサと同じようなワンピースを着せられてるのに気が付いた。

 とりあえずキサの傍によってピースを決める。


「幽子、キャプチャーよろ」

『どうやってとるのよ』

「ち、使えん使鬼だこと」

『なんで私が悪いみたいなことになってるの、ねぇ不条理だよねっ!』


 わめく幽子を放置してベットの傍に寄った。

 白いひげにシルバーの長髪、くぼんだ目に皺だらけの肌。

 某国民的ゲームの勇者が旅に出るとこの王様がこんなんだったら子供が泣くな。

 瞼がわずかに開きしわがれた声が聞こえる


「……おぉ、無事に招来できたようでよかった。わしはシャルマー・ロマーニ七世、おまえさんのドナーだ」

「よくわかんないんだけどあなたが王様で私を呼ぶときに血を捧げた人ってことでアンダーすたん?」

『その言い回しは通じないと思う』


 彼はゆっくりとうなずいた。


「いやー、そんなに皺々になるほど血を捧げるってのも大変だね」

「あ、いえ……そのロマーニ王は元々高齢で」

「そうなのか。ふーん。なぁ、じいちゃん」


 周りの取り巻きが騒ぎ出す。


「な、なんという失礼な」

「勇者といえど」


 ゆっくりと皺皺の手を挙げてロマーニ王が周囲を鎮める。

 その手には切り傷と何かを長い事握った時にできるタコができていた。


「この子が私を招来したのはあんたの差し金か」

「いかにも」

「何をさせようとした」


 王の瞳が私を射抜く。

 ほー、パープルアイってか、こういうとこで異世界だってことを実感するね。


「この子を連れて安全なところまで逃げてほしい」

「え、それじゃあの子も王国も」


 キサがあわてた様子を見せるが今度は私が手を挙げて制する。


「安全なとこがあると」

「ある。この子は青の龍王。世界の逆におられる赤の龍王の所まで逃げおおせれば」

「勇者だから世界を救えとか、無理でも死んで何とかしろとかいわないんだ?」

「できんことは出来んからの。できうるところまででいい、この子を送り届けてくれ」


 そういう老人の目には深い知性の光が見えた。


「いいね、こういうじーちゃん、私嫌いじゃないよ。でもさ、王様。私にメリット無いんだけど」

「提供者であるワシはお前さんの札を廃棄もできる」


 なるほど、生殺与奪か。


「悪かないけど私はそこんとここだわりがない。他に何かない?」


 少し驚いた表情を見せた老人は傍にあった杖を私の方に見せてきた。

 その杖の頭部には大きな宝石のような丸い石が埋め込まれていた。


「本来であれば報酬を指し示したいところだが、あいにくとワシらは国を神にとられた身でな。持っているものといえばこの杖と自身の身しか……げぼっ」


 女性が一人傍に駆け寄り王様の背中をさする。

 咳をしたその場所には血がにじんでいた。


「追いつめられてるね。それで勇者召喚なんて曖昧なものにすがったのか」

「ちがいます、トライ、招来です」


 キサの突込みは流して王様をじっと見る。


「リスクは考えなかったの? 私が外道ならキサを神に売るよ」

「かもしれん。だが他に術がなかった」


 だろうね。この人の命はもう残り少ないとみた。


「それに……」

「それに?」

「妹を売る姉ならそれがキサの運命じゃろうて」


 …………


『おい、優。ちょ、ちょっと怖いんだけど。内心でとにかく笑うのってどうなの、ねぇっ!』


 気に入った。


「報酬はあんたがいい、王様」

「家名か」

「うんにゃ、物理であんただ。ロマーニ王、それが取引の条件だ」

『「は?」』


 周囲に無数の疑問府が浮かんだ気がするがガン無視する。


「よ、よくわからんが、おぬしが望む条件をのもう」


 さてと、さっき見たスキルの条件をもう一度思い出して整理してみる。

 うん、条件的には満たしているはずだ、たぶん。

 私はそっと王の手を取った。


「神と闘うなら悪魔になるしかない。キサを守り約束を守るため私は小悪魔を使役する最高の王になる」


 意識すると同時に私とロマーニ王の周囲に複雑な幾何学が浮かんだ円形の魔法陣が浮かんだ。


「さぁ、どうする」

「その条件、飲もう」

「よしっ、契約成立だ」


 このまま発動すればいいだけか。

 んー、味気がないな。

 よし、適当にかっこつけよう。


「北辰の流れは絶えずして、地へと還れぬ物は無し。南天の輝きは帰せずして、天へと還れぬ者は無し」


 魔法陣の輝きがさらに強くなる。


「わが前のものは今まさに、還りゆくものなり。このものすでに渇くことなし、乾くことなし。我が崇める妹の神に願い奉る」


『どこの神だよ、それ』


「光さす庭に場所無き者に輪転あれ。妹になれっ、シャルマー・ロマーニ七世!!」


 爆発のように光を放つ魔法陣、轟音を伴い吹きすさぶ謎の風。

 全てが収まった後でベットの上にはキサより少し大きいくらいの大きさのシルバーブロンドにパープルアイの美少女が座り込んでいた。


「え……」


 おー、声も変わるのか。

 すごいわ―、異世界のスキル。


『えー、うっそーー』

「あの、わたくしはいったい……え”」


 王だった妹が自分の声としゃべりにうろたえる。


「すげぇ、しゃべり方とか人格まで妹化されるのか」

「「「「えええ??!!」」」」


 周囲の奴らがうるさい中、あたしはシャルマーの手をもう一度とって話しかけた。


「つーわけでお姉ちゃんと一緒にキサを守ろう、シャルちゃん」


 ふむ、閃いた。

 世界のすべてを妹にすれば世界を救済できるんとちゃうだろうか。


『同時に滅びるわよ。死ね、ボケ』


 何故幽子に罵倒される、解せぬ。

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