狩り、団欒、そしてシス
『ちょ、ちょっと、こっちくんなぁ!』
必死の形相で逃げる幽子にたいして怒り狂ったイノシシは完全に幽子しか目に入っていない。
幽子は自身が透過できることを利用しようと石に向かって一直線に飛んでいきそのまますり抜ける。
まぁ、ぶっちゃけ幽子は物理の影響を受けないわけだからどうにかなるはずはないんだけど怖いものは怖いんだろうね。
「幽子、あと二百メートルほど直進」
『やだやだ、つーかあれ怖いんだからっ!』
幽子がすり抜けた石に直進する
発動した魔法で砕け散った石のかけらが私とシャルの顔の近くを通りすぎていく、体に当たりそうなやつは青い光を受けて静止してそのままぽとりと下に落ちていく。
「すっごいねぇ、シャルもあれできる?」
「できますわよ、ブレイクハンマーはせいぜい深度一の
『そこぉ、はやくぅ!』
響き渡る幽子の悲鳴。
「あの……そろそろ何とかしてあげないと幽子お姉ちゃんが可哀そうだと思うのですが」
「そうですわね」
「そんなことより幽子の悲鳴が目を閉じて聞くとちょっと
『いい加減にしろっ、このボケっ、カスっ!』
「ちっちっ、幽子ちゃんや、そういう時は助けてお姉ちゃん、だ」
『死ね、ボケ!』
ツンデレか、悪くない。
「そろそろ終わらせますわよ」
『たすけてぇ、シャル~!』
「しゃーない、シャル」
私の合図に苦笑いするシャルとおろおろするキサ。
「では。我、風と地の王に願う。ライトニング……」
上部に手をかざしたシャルの上に細い槍のような雷が出現する。
周りは快晴でそよ風、帯電する要素などまるでないところに出現する異常現象、これがこの世界の魔法とやららしい。
「ジャベリンっ!」
文字通り高速で飛んで行った雷電の槍は幽子を追いかけていた一角イノシシの側頭部を貫通しその先にあった樹木にも穴をあけた。
頭の位置を打ち抜かれた一角イノシシはそのまま転がるように転倒する。
「よし、じゃみんなで捌こうか。幽子、へたれてないで
『鬼! 悪魔! 優!』
なんぞその罵倒。
一時間後、みなでばらしたイノシシの食えるところを食していた。
「おー、ワイルドだねぇ。虫とか心配っちゃ心配だけど」
「うちの料理人のアイラトの腕は確かですわ」
「いや、まだまだですわ。それにしてもこんなに簡単に魔獣が取れるようになるとは……」
あれから二週間、とりあえず全員あの栄養状態ではどうにもならないということでまずは食料調達から始めることとした。
なお、あの小屋は現地住民が作ったものであろうことは分かっていたが、誰が何のために作ったかについては誰もわかっていなかったのでとりあえず考えないことにした。
日が暮れた山小屋傍の空き地に昼間キサと私で集めた薪が暖かい熱を皆に分け与える。
その中で元王宮料理人のアイラトがフライパンを振るっている。
このフライパンはあの残っていた剣をつぶして作ったもので、潰すといった時に男二人が心底切なそうな顔をしたがあえてスルーした。
持ち手のとこには厚手のぼろ布を巻いてるけど完全に焦げてるからそのうち作り直しになるとおもう、ま、やるのは私じゃないけどね。
『あんた、人使いが荒いのよ』
「まぁ、本音を言うとあんま妹に無茶させたくないんだけどそうも言ってらんないし」
『ほんとかよ』
「ほんとほんと。にしても今日はイノシシだったけど原生動物強いね、こっち」
『魔法で石を砕くイノシシとかまじで勘弁して』
みなで生きるために私が立てた作戦はシンプルだ。
まずシャルが魔法が使えることを確認、あとは幽子が煽って誘導、罠にはめたり今日みたいにシャルがとどめさすなりして確保、ばらして食べる、以上。
『雑なのよ、あんた』
「でも何とかなってるでしょ」
『まあね。つーかこの二週間で兎とかどんだけ取ったかもうわかんないわよ』
「ま、皮は皮で何かには使えるでしょ、分からんけど」
『いい加減な』
私と幽子が見つめる先には二週間前には死にそうな様子だった人たちが暖とともに会話をしながら食事をしている風景が広がっていた。
まだまだ不健康の部類ではあるけど男女ともにかなりましになってきたんじゃないかな。
肉ばっかだと完全に偏るけどキサや女性陣が食べれる草を結構覚えていたのが助かった。
『結局、剣を全部つぶして作ったのってフランパンに鍋だっけ。ステファリードさんが泣きそうな顔してたわよ』
ステファリードは元王宮騎士だ。
「生きるためだししゃーない。彼にはいざとなったら鍋とフライパンで戦ってもらう」
『鬼かお前は』
「ぼろぼろのつぶれたり折れたりしてる剣よりましでしょ」
『まぁね。それにしても魔法ってすごいね』
死にかけていた王を素材に我が妹として復活したシャル。
魔法ってどんなもんかということで話を聞きながらいろいろ試してみた結果、かなりの柔軟性と応用が効くことが分かった。
なんでもシャルは元々魔法使いとしては位階が高かったということでかなり上級の魔法も使いこなせるというので、物は試しにもう打撃兵器としても駄目になりかけていた剣を他の物に組み替えができるか試してもらった。
その結果誕生した新武装が初心者の鍋と初心者のフライパンというわけである。
『かってに初心者をつけるな』
「何の話ですの」
私と幽子が
「キサは?」
「寝せましたわ。昼に食べれる草探しで随分とがんばっていましたので」
「そう」
とりあえずアイラトが調理してくれたイノシシ肉を頬張る。
『旨い』
「そだねぇ」
幽子は物を食べないが代わりに私といろんなものを共有している。その結果、私の食べた味覚も一緒に味わえるというわけだ。
「ところで今日はどうでしたか」
「やっぱ駄目だね」
「そうですか」
何が駄目かというと私が魔法を使うことについてだ。
ここ二週間、食料の調達と心身の保全を行っていただけではなく私がどこまで何ができるかの検証も行っていた。
結果、判明したのは体力、気力、筋力共に普通の人間でしかなくシャルの血を継ぐという形で強く期待されていた魔法使いとしての才能も全くないというトホホな結果だった。
『ごめん、やっぱあたしのせいかな』
「それが一番有力でしょうね」
「しゃーない、幽子の便利さ加減は半端な魔法の行使よりも全然使える。つーわけで明日も野獣のヘイトコントロールと囮よろ」
『それが嫌なんだってば』
「じゃぁ兎がり?」
うっきゃーと頭をかきむしる幽子。
『土の中の移動はもういやなのっ! 虫がっ! 虫がっ!』
そんな、ああ窓に窓にみたいな。
幽子はポエマーだなぁ。
『ち・が・う。つーかいい加減移動しないの?』
「うーーん。シャル、ちょっと地図見せて」
「はい、どうぞ」
地図を開くとシャルが魔法の灯りを点灯する、ほんと何でもできるな、シャル。
老齢で弱っていたことを差し引いてもかなりの万能感を感じさせるあたり魔法って便利だわ。
そのシャルをもってしても敗北に敗北を重ねてここまで追い立てられたという事実が重い。
視線を従者たち男女に向けると男女それぞれが歓談してるのが見えるがその表情は明るくはなりきらない、まぁ、強者に追われてるってはなしだしね。
「シャル、距離的に言うなら海を越して東に行っても陸を歩いて西に行っても赤の龍王がいるとこまで遠いわけなんだけどさ。シャル的には東旅程の一択なわけ?」
「はい」
うーーん。ここ数日シャルの強さを見せてもらったけど野獣を一撃でいぬくライトニングジャベリン、かなりの防御を誇るエアロシールド、金属から地盤まで自在に形を変えるランドモーフィング、イノシシも使ってた物理重圧による破壊現象を起こすブレイクハンマーなど正直、シャル一人でいいんじゃないかなと思う水準だ。
『シャル強いよね』
「いいえ、現在、私が使えるのは魔法のみです。特に怪獣には一切の魔法がききません、ですので私をしたってついてきてくれた者たちも多くが死に、残るはあの者たちだけになってしまいました」
そういって火の近くにいる元王国民を見つめるシャルの視線はとても切ないものに感じた。
生き残りの五名は年齢順でステファリード、フィーリア、アイラト、マリーベル、リーシャの五名。
全員平民出身ということで苗字はない。
最年長のステファリードで二十八歳、最年少のリーシャが二十一歳。
ステファリードとマリーベルが夫婦でアイラトとフィーリアが婚約者、フィーリアとリーシャは姉妹だそうだ。
「あの五人って元王城勤務だっけか」
「ええ、王宮騎士にシェフ、それと侍女たちです」
『すごく聞きにくいんだけどそのほかの人って』
「カリス教に
カリス教ねぇ直訳すると聖杯教、ずいぶんひねりがないけど
『シャルはなんで恭順しなかったの?』
「神に祈れば万事良しという思想が肌に合わなかっただけですわ」
嘘だな。
たぶんにキサが原因とみた。
「シャル、姉として正直に話してほしいことがある」
「なんでしょうか」
「東に逃げた場合、キサの妹はどうなる」
「……わかりませんわ。常識的な相手であれば手を出さないと言い切れるのですが」
パチモンの宗教かぶれ相手ではそれは分からないか。
元の世界のあれなら逆に読みやすいんだけどなぁ。
「もう一日だけ考えさせてくれる?」
「わかりました」
さて、ま、本格的に動くのは明日からでいいよね。
その夜、私が幽子に監視を任せて寝ようとした時だ。
轟音とともに二週間住んでいた小屋が地面もろとも吹き飛ばされた。
「エアロシールドッ!」
とっさに近くに寝ていたキサを抱きかかえた私は空気の膜のようなものにつつまれた。
意識がもったのはわずか数秒の事、すぐさま意識が反転した。
『おきてっ! お願い起きてっ!』
あったまいた。幽子の叫びが聞こえる。
「聞こえてる。……いたた」
起き上がるとそこは前後を土に囲まれた洞窟のような場所だった。
淡い光が空間を照らしている中、シャルが複数の人の形をしたものに光を当てているのが見えた。
『優、大変なことがっ!』
「お姉ちゃん、みんなが」
キサは無事だったか。
とりあえず幽子の記憶をさらう。
なるほど、深夜に強襲にあったらしい。
シャルがとっさに地下に穴を掘り全員を引き込んだというあたりか。
敵は不明。
「……大体わかった」
私がシャルの傍によると憔悴した表情でシャルが歯を食いしばっているのが見える。
「シャル、状態は?」
「死んではいません、ですが……」
もたない、か。
アイラトは全身にひどい火傷、フィーリアが右足を失っている。
ステファリードは……もう息をしていないかもしれないな、マリーベルは大きな木材が胸部に突き刺さっている。
リーシャはすでに顔面蒼白で血の気がない。
「お姉ちゃん……」
キサの悲しそうな声が背後から聞こえた。
シャルもキサも泣かない、つまりは慣れてしまっている。
くそ、これは私の判断ミスか。
追手が付いているメンツを二週間もこんな場所に待機させたからだ。
馬鹿か私は。
『優っ!』
目の前に幽子の顔があった。
『またあきらめるの!?』
……そうね、ダメもとでもやれるだけやってみましょうか、マイシスター。
イメージするのは
大丈夫、時間まださして経っていない、三分ルールだ。
『いや、それはどうかとおもうんだけど』
「死ぬくらいなら全部私がもらう。シャル、いい?」
「え、まさか」
「いいかときいている!」
「は、はいっ!」
足元に広がった血だまりに一歩踏み込む。
イメージしろ、私のスキルは条件さえ満たしていれば効果を発揮する。
そう、五人はまだ生きている、そう私が定義するっ!
その瞬間、五人の下にまばゆい光の魔法陣が出現した。
右手の人差し指と中指と立てて薬指小指、親指を折る。
「北辰の流れは絶えずして、地へと還れぬ物は無し」
左に配置した右手を左から右へと水平に切る、同時に指の通った後に青い光が走る
「南天の輝きは帰せずして、天へと還れぬ者は無し」
素早く手印を左下に、そのまま切り上げるように今度は頭上に移動。
「我が前のもの、今まさに還り逝くものなり」
指をそのまま右下に、魔法陣の輝きがさらに強くなる。
「このモノすでに渇くことなし、乾くことなし」
光が付いてくるのを確認しながら一気にはじまりの位置へと戻す。
目の前に金色の光を伴って五芒星が光り輝く。
「我が崇める妹の神、シスに願い奉る」
『ついに名前が付いたっ!?』
「光さす庭に場所無き者に転輪を。全部まとめてっ、妹になれっ!!」
爆音とともに吹きすさぶ風。
その中に呆然と立ちすくむ五人の少女の姿を見届けてから、私の視界は暗くなっていった。
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