第110話 遥かな高み

 ウルルスの朝は早いが、内弟子兼押し掛け妻のロイの朝はもっと早い。日が昇る前に起き、寝間着から動きやすい服装に着替えると念入りに柔軟を始める。起きた瞬間から常に戦える状態にしておくのは武術家の基本だ。ウルルスほどになると完全に眠ることはない常時戦場が基本だが、ロイはウルルスに育ち盛りはちゃんと寝ろと言われているのでキチンと睡眠時間を取っている。

 柔軟が済んだら家の外に出て流派の型を一通りこなす。その後は体の回転の勁を意識して一撃で仮想敵に向かって一撃一撃を本気で打ち込む。未だに裏打ちは一度も打てていないが、それでもいいかと最近思い始めてきた。裏打ちを習得すればウルルスの家を出なくてはならない。それは嫌だ絶対に。

「早いな、ロイ。体を冷やすなよ?」

「分かってますよ、師父。お手合わせ願いますか?」

「朝食があるから一手だけだぞ?」

「はい」

 ロイは基本の構えをとる。ウルルスは構えもせず自然体で立っている。ロイは棒立ちのウルルスに打ち込めずにいた。まるで隙が無いからだ。

「来ないならこちらから行くけど?」

 その言葉が引き金になってロイはウルルスに自分の最速に一撃を打ち込む。

「早いだけだな」

 ロイの一撃を躱すと腕を取るとそのまま投げ飛ばす。ロイは空中で立て直しもう一度ウルルスに立ち向かう。

「変化を付けろ。直情的すぎるぞ」

 ロイの拳が届く前にウルルスの抜き手がロイの鳩尾に吸い込まれる。手加減されているが思わず膝をついてしまう。

「がはっ!」

「はい。終わり。水汲みを手伝え」

 鳩尾を押さえて立ち上がる。遠い、ウルルスの力量が未だに測れない。自分は成長しているのだろうか? そんな疑念が浮かんでくる。

「強くなってけど、成長速度が赤ちゃんのハイハイレベルだな……」

「強くなれてるなら、それでいいです……」

「もっと実戦を積むんだな」

「はい。精進します」

「賞金稼ぎは懲りずに来るだろう。実戦には事欠かない」

「なぜ賞金稼ぎ達は師父を狙うのでしょう」

「ロイは寝ていたな。半分は不死の魔女の封印場所を俺が知っているからだし、俺の賞金は莫大だしな」 

 酒の席でウルルス賞金額を聞いて、思わず睡眠薬を買ってしまったのは内緒だ。多分効かないだろうし、ティアにバレたら消し炭にされる。

「回復魔法は掛けないぞ? 一時的に自己治癒力下がるからな」

「これしきの痛み平気です」

「へー」

 ウルルスが悪い顔をしている。ロイの新しい扉はドMに決定した。

「なぜでしょう、寒気がします……」

「水汲み行くぞー」

 同居人が増えたことで使う水も増えた。掃除、洗濯、料理。ロイは全部出来るが、他人の衣服を洗うのにためらいがある。洗濯はティアに一任していた。料理はローガンの方が上手いし、ロイは主に拭き掃除を担当していた。普段フェイは資料室で仕事をしている。家事自体は出来るが、必要最低限しかしない主義らしい。

「師父、不死の魔女の封印場所とはなんでしょうか?」

「聞いた事ないか? 心臓大好き不死の魔女」

「あれは悪い子に現れると言うおとぎ話ではないですか」

「いや? ホントに実在したよ、不死の魔女」

「それを師父が封印したと?」

「まあな、不死だから殺せなくてな」

「またまた。そもそも不死の魔女なんている訳ないじゃないですか」

「そう思ってる人間がほとんどなんだが、中には信じてしまってる人間もいるんだよ」

「それは、はた迷惑ですね」

「本当にな……」

 


 

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