第109話 血塗れジャンヌ

 王都の病院は感染症等の問題で郊外にある。異端者の楽園の医院の建物の軽く五倍の大きさ建物であるが、古さは感じられない。収容人数は二百人ほどらしい。ここに回復術士はいないそうだ。共栄出来ればもっと医療体制は整うと思うのだが、そこは医者と回復術士の上層部の仲が悪いんだろう。商売敵同士が仲が悪いのは当たり前なんだが、ジャンヌ女史の研究室は医師に聞けばすぐに分かった。先生に書いて貰った紹介状を渡したがつまらなそうに読み始めた。

「ジャンヌ女史が回復術士が嫌いなのは簡単な手術が出来なくなるからなんだろうな」

「ほうぅ、何故そう思うね?」

 紹介状から顔を上げ楽しそうに笑う。

「いや他に理由がないでしょ」

 目の前のジャンヌ女史は先生が書いてくれた紹介状をひらひらさせている。ジャンヌ女史が先生をかなり下に見ているのは雰囲気で分かる。厄介払いでウチの町に来たと言う可能性もあるのだ。

「で、無医村いや町に行ったプラムの馬鹿が私にお願いなんて一体何かしらね?」

「名前を貸して欲しいのですよ、端的に言えば」

「名義貸しは法律で禁止されてるのは知ってるわよね?」

「法律には抵触しないと思いますよ? 俺の持ってる医学知識をジャンヌ女史の名前で出して欲しいだけですから」

「それであなたに何の得があるのかしら?」

「知識が腐らずに済みます。ただ、それだけですね」

「地位も名誉もお金も要らない。そう言いたいの?」

「助かる命が増えればいいな、とは思いますよ」

 ジャンヌ女史はウルルスの目をじっと見つめる。そこに嘘があるかの確認では無く、同じ様に命を扱うものか否か見定めているのだ。

「君は不思議な目をしているな。今まで見た事の無い目だ」

「回復術士もしてるけど本業は違うからでしょう」

「ほう、なんだ?」

「暗殺者。医者とは正反対の職業」

「私を殺しに来たと?」

「それなら、こんな回りくどい事しないですよ。純粋に医学書が書きたいだけ」

「なぜ私なんだ? 他にも高名な医者は多いぞ?」

「手術経験が多いから、かな?」

「血塗れジャンヌなんて呼ばれてるしね」

「意外と気にしてたんですね、その呼び名」

「まったく若いモノは血が苦手過ぎるだろう、手術中に倒れるのだぞ!」

「あー。女性は月一で血を見てますもんね」

「まったく、若い男はダメだな。プラムは特にダメだった」

「プラム先生は昔からダメだったんだのか……」

「娼館通いで授業も良くサボっていたな。医師免許が取れたのが不思議なくらいだよ。国家試験の前日に娼館に行ってたそうだ……」

「それは、ダメダメだな」

「という訳でそんな奴の紹介である君の願いは却下だ」

「これは一手目を間違えたか……。まあ、これはアンタに渡しとくよ」

 ウルルスは紙の束をジャンヌ女史に渡す。今まで書き溜めた解剖学から薬学まで網羅した資料だ。

「アンタなら少しは足しになるだろ」

「猫かぶりはお終いか。では帰ってくれるか?」

「はいよ、邪魔したな」

 ウルルスは特に気にした風もなくジャンヌ女史の前から文字通り消えた。

 意趣返しに一瞬でその場から消えてしまったウルルスにジャンヌは暗殺者だと言う言葉を思い出して冷や汗が流れる。気味が悪くなり資料を投げ捨てようとして緻密に描かれているスケッチに目が留まる。それは開腹しないと分からない臓器のスケッチだった。

「何者だアイツは……。確かに何かの足しにはなるか……」

 膨大な資料を読み終えて、ジャンヌ女史がウルルスの資料を元に医学書を書き始めるのはウルルスが病院に来てから三日後だった。



 

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