第98話 幸運値

 パン屋の帰りに庭を隈なく探すと卵が四つ見つかった。これは幸先が良い。オムレツ争奪戦が勃発しなくて今日の朝食は平和だ。いつもはティアが一番弱いカードを引くのが恒例になっている。食べ物の恨みは恐ろしいので、いつもニワトリが卵を四つ以上産んでくれると助かるのだけれど。

 意を決して現れたティアとロイは井戸のそばで地面で寝てしまっている。ちょっと本気になり過ぎた。反省はしているが、後悔はしていない。家に入るとルドルフの詩集を読み返しているフェイと目が合った。

「朝っぱらから元気ね、ウルルス」

「やっぱり聞こえてたか?」

「バッチリとね、ニワトリの鳴き声以上に不愉快だったわ」

「すまん、変化が無いとマンネリ化するからな。フェイも産後は期待するといい」

「そう言う事言わないでくれる? これでも我慢してるのよ?」

「安定期に入れば。可愛がってやるよ」

「それはいつの事?」

「あと三ヶ月くらい?」

「助産婦さんに助言を求めるわ……」

「自慰の手伝いくらいするけどな」

「それはホントに?」

「朝から辛いだろ。下着びっちょりじゃないか……」

「な、なんで分かるの?」

「俺の五感が鋭いのはフェイだって知ってるだろ?」

「知ってるけど……。無性に恥ずかしいわ」

「ローガンには言わない方が良いだろうな、恥ずか死、しそうだし。偶に物欲しそうな顔でこっち見てくるんだが……」

「放って置きなさい。あれでも剣術家よ? 性欲で自制が効かないなんて恥でしか無いわよ」

 性欲に負ける剣士なんて官能小説の中でしか聞いた事が無い。読んだ事は無いが、酒場の馬鹿話でその手の話を聞いた事がある。

「くっ殺せ、って言わせてみたい……」

「……。妄想中で悪いけど、お腹が空いたのだけれど?」

「すぐに作るよ」

 台所のかまどに生活魔法で火種を付ける。徐々に大きくなる炎。ちょうどいい火加減になるように薪を調整してフライパンを置く。牧場から分けて貰ったバターを落として一人分のオムレツを作る。フェイもローガンもつわりはだいぶマシになった。温かい食事のありがたみを嚙みしめている。

「昨日のスープを温めるか……」

 白パンとオムレツとスープ。今日は随分と質素だ。ティアの機嫌が悪くならないギリギリのラインだ。いつも俺はオムレツ争奪戦に参加しない。空気を読まずに一番強いカードを引いて絶対に勝ってしまうからだ。

「このままだと朝食が冷めてしまうな……」

 腰の抜けた二人を担いで運んでこよう。山賊担ぎなら二人同時に運べるが、二人の機嫌は悪くなるだろう……。仕方ない、お姫様だっこで二往復しよう。

「二人ともジャンケンしろ」

「何故です?」

「ジャンケン~、ポン」

 ロイの奇襲にティアは慌ててグーを出す。当然のようにロイはパーだ。本当にティアは賭けが弱い。全ての賭け事に負けている印象しかない。

「じゃ、最初はロイだな」

 ひょいとロイをお姫様だっこで抱き上げると、人を殺せるだけの筋肉が付いているはずなのに、何故こんなに女の子は柔らかく出来ているのだろうか? 不思議に思いながら家に連れて帰り、そのまま椅子に座らせる。

「ありがとうございます、師父」

「もう食ってていいぞ? ウチの流儀は一番美味しい内に食べるだからな」

「はい。心得てます」

 ティアの機嫌が悪くなる前に迎えに行こう。

「……。ご主人様は賭けに弱い子は嫌いですか?」

「別に? 俺が強いから問題ないだろ」

 ティアを抱き上げる。ほぼ毎日三食しっかり食べているのは見ているが、羽のように軽く感じてしまう。

「もっと食べた方が良いんじゃないか?」

「満腹になるまで食べてますよ?」

 それでこの発育不良は何でなのだろうか? 体質なのか、それともここから背が伸びてボンキュッボンになるんだろうか? 想像できない。しかし、フェイも昔はそんなに発育が良くなかった。どうしてあそこまで成長したのか……。人体は特に女の子は不思議な事ばかりだ。

  



 

 

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