第96話 初仕事の終業時間
更衣室のタライの水で情事の匂いを洗い流すと暗殺者ギルドを後にする。今日の仕事は暗殺者としてスカウトしたメリアのガイダンスが主な目的だった。これで報酬を貰う訳にはいかないが、スカウトした手前直ぐに死んだなんて聞いたら自分を責める事になる。心構えや基本知識は教えられたと思う。初仕事をこなすまで見届けた方が良いのかもしれないが、変に懐かれても困る。
帰りも全力疾走で異端者の楽園に向かう。日が真天を過ぎたが腹は減ってないない。携帯食料は高いし、お腹がかえって空く。異端者の楽園で何か軽食を買って墓守やルドルフに奢ろう。三人で食べた方が絶対美味しいと思う。
「親父さん。ホットドッグ三つ頼む」
「副町長、一人でそんなに食うのかい?」
「墓守と俺の弟の町長補佐に差し入れだよ」
「副町長の弟さんかぁ、有能そうだねぇ」
「俺ほどじゃないよ」
「そりゃ、そうだろうが。自分で言うかね普通」
「単なる事実だから」
出来立てのホットドッグを紙袋に入れてもらい代金を支払う。
「冷めない内に食ってくれよ?」
「美味しさが半減するような事。俺がするはず無いだろ」
「ちげぇねぇ」
手をプラプラさせて墓守の家へ急ぐ。
「ただいま~。昼食買ってきたぞ~」
二人分の足音が階段を下りてくる。
「いい匂いですね。それは何ですか、兄上」
「ホットドッグ、食べた事無いだろ?」
「ウルルスにしては気が利くじゃないか」
「紅茶が欲しいが無いよな?」
「ある訳ないだろそんな高級品」
「聞いてみただけだ」
紙袋から熱々のホットドッグを二人に渡す。紙の包装紙で包まれている。それにはトマトケチャップも粒マスタードも塗ってない。どちらも高級品だから気軽に使えないのだ。その代わり挟まれたソーセージには臭み消しのハーブや比較的安価になりつつある胡椒が使われている。
「これは……。どうやって食べれば?」
「こうだよ」
口を大きく開けてかぶり付く。ルドルフはギョっとした顔になる。ずっとナイフとフォークを使う食事しかしてなかったから思いかなかったのだろう。
「うん。温かいとやっぱり美味いな」
「私は二階で食べる」
覆面をずらさないと食べられないからだ。その下の美貌がバレたらこの町はティア派と墓守派で戦争が起きるかもしれない。
「その食べ方は下品に当たらないのですか?」
「下品ではないさ、他に食べ方あるなら見せてくれよ」
「いえ、郷に入っては郷に従えと言いますし」
ルドルフは意を決してかぶり付く。口で弾ける肉汁、鼻を抜け行くハーブの香り、口内で肉汁を全て受け止めるふかふかのパン。何度も噛みしめてから飲み込む。
「美味しいですね、これは特にこんなにも熱い食べ物は初めてです!」
「ああ、家の食事って万が一でも火傷しない様に少し冷ましてあるからな……」
幼い頃から家の外で串焼きを食べていたウルルスと違いルドルフは初めてだったのだろう。感動のあまり震えている。
「ホットドッグの感動で新しい詩集が書けそうだな」
「そうですね。この感動を詩にしてみたです!」
ホットドッグの詩ってなんだ? 見てみたいような、見てみたくないような。
「仕事は終わったか?」
「いえ、後は町長が了承の判子の押せば終了です」
「ほぼ俺らの仕事終わりじゃん」
「いえ、書類の最終確認が必要です」
「あ~、めんどくさ」
「兄上は帰ってもいいんですよ?」
「弟が仕事してて帰れるかよ。しばらくしたら二階に行くぞ」
「え? 何でです?」
「墓守が覆面脱いで食事してたらどうする?」
「気まずいですね……」
「俺は墓守の寝顔をみてしまったから脅されて副町長の仕事をしている……」
「……。それはご愁傷様です」
「お前は見るなよ……」
「分かりました」
十分に時間を取って二階に上がる。墓守は覆面を付けて机に座り了承の判子を押している。
「ルドルフ、書類の最終チェックを頼む。俺は廃棄する書類の選別をする」
「分かりました」
しばらくして判子の音が止まった。そちらを見ると明らかに疲れ切った姿で机に突っ伏している。
「終わったぞ」
「お疲れ墓守」
「お疲れ様です。墓守さん」
廃棄する書類の選別は終わった。後はルドルフの最終チェックと両方の書類のダブルチェックだ。
「きちんと丁寧にチェックしろよ。俺もダブルチェックする。ルドルフは俺の破棄する書類のチェックも頼む」
町の未来を決める書類だけに念には念を入れる。これが墓守がウルルスに見出した医院で働いて自然と身に付いた危機管理能力だった。
「よし、問題ない。ルドルフ、破棄する書類のチェックは終わったか?」
「はい、終わりました。問題ありません、兄上」
「じゃあ、帰るか。お疲れ墓守」
「お疲れ様でした、墓守さん」
「ああ、お疲れさん」
何のトラブルもなくルドルフの初出勤が終わった。やけに疲れた家に帰ってゆっくりしたい。今日はいつになく結構働いたと思うのは気のせいだろうか?
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