第95話 タヌキ寝入り
カリアの髪を撫でながら、失神しているフリをしているメイアに声を掛ける。
「いつまで人の情事を盗み聞きする気だ?」
「き、気付いていたんですか?」
「俺の五感は鋭いからな、今お前の下着がえらい事になってるのも分かるさ」
「失神させる方が悪いと思います!」
「一種の洗礼だよ。暗殺者は死と隣り合わせだ。失敗イコール死だ。お前には死と言うのが、どれだけ理不尽なのか教えて置こうと思ってな」
「苛烈すぎます」
「よく言われる。直す気はないがな……」
「浮かれていたのは理解できます。だからと言って……」
「初陣だ。緊張しすぎるのも問題だが、簡単に終わらせて。こんなモノかと慢心を植え付けるのも早死に繋がるからな」
水差しからグラスに水を注ぎ。少しずつ体に染み渡らせる。
「あと、殺しは想像以上に精神に負担を掛ける。息抜きを覚えるんだな」
「その、主様はどうしてるんですか?」
「俺の名前はウルルスだ。主様と呼ぶな、ギルド長に殺されるぞ? ま、俺は酒を飲むな。それこそ給金が無くなる位高い酒を買うのが俺の息抜きだ」
「そんな高いお酒この世に存在するんですか?」
「それはするさ。幻のブランデーなんか、もう値段が付けられないレベルだ」
「いつ死んでも後悔しない様にですか?」
「これでも死にたくは無いからな。俺は特殊だから参考にならん。普通の暗殺者は殺した後の逃げ方。ターゲットへの接触方法。潜伏場所の確保。色々経験してから一人前だ。信用できる情報屋は俺が用意してやる。餞別だ」
一気にまくしたてからか喉が渇く。
「まずは潜伏先を探します」
「賢明だな。メリアには他の暗殺者に無い特殊技能がある。分かるか?」
「意識の隙を意図的に作り、財布を抜き取る技術」
「正解だ。それを殺しに応用すればハルメシアを喰らった人物は半日後に死ぬ」
「即効性は無いのですね、これなら逃げる時間が稼げます」
「渡した物はあくまでも試作品。もっといい金属で作れば殺傷能力は跳ね上がる」
懐に忍ばせた武器を服の上からぎゅっと握るのが見えた。メリアが来ない事も想定せているから安価なモノになったが、それより取り回しの効く武器になるのは少し考えれば分かる。
「ウルルス様はギルド長の主と言う認識でいいのですか?」
「それで構わん。様付けはしなくていい、外に出れば赤の他人だ。それで少し提案があるんだが聞くか?」
「はい」
「この暗殺やギルドの表の顔は酒場だ。そこでバーテンダーをやってみないか?」
「は、え、なんでです?」
「これはアイスピックを持ってっても不審に思われないための単なる隠れ蓑って側面がある。それにギルド員たちはこの区画で住んでた者が多いから、顔見せが省ける」
「ああ、納得しました。バーテンダー見習いの小娘を演じろと」
「話が早くて助かる。ウエイトレスとここにいたカリアが同じ顔で驚いただろ?」
「はい。双子だったんですね」
あえて訂正しない。多くの暗殺者がそう認識している。
「ここに居るのはカリアだが、それはあまり言わない方がいい。ただギルド長達だと考えろ」
「分かりました」
「ターゲットの居場所が分かれば行動パターンも把握できるだろ。俺からのガイダンスは以上だ」
「ターゲットを始末した後は?」
「他のギルド員が死亡したのが確認されれば報酬は貰える。ここでもらうか、銀行に口座を開けば振り込まれる」
「ウルルスはどちらですか?」
「俺は振り込みだ。銀行は俺をボンボンだと勘違いしている節があるがな」
「私はここに貰えに来ます。いちいち銀行に行くのが億劫です」
まあ、大抵の人間はそうだろう。ウルルスは走って銀行がある町まで赴くからあまり大差が無いのだが。
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