第67話 ティア・レプス

 ティア・レプスはティアが奴隷に落ちる前の名前だ。奴隷は苗字がはく奪されるのが一般的だ。レプス家もコル家と同じく代々続く魔法士の家系である。遺伝と関係ない突発的な魔法士はほとんど居ない。コル家もレプス家も多くの魔法士の家系は元は一つの家から枝分かれしたものだと、誰かからか聞いた事がある。苗字持ちの多くは魔法の素養があるとされている。例外は商人が王から苗字を貰って貴族になった場合のみだ。

「……。嫌な夢を見ました」

 寝起きでフラフラしながらティアがウルルスに近づく。

「どんな夢だ?」

「……。伯父に家を乗っ取られた後に薬で性奴隷にされる夢です」

 ウルルスはティアを強く抱きしめてやる。ティアは小刻みに震えていた。もしかしたらありえたかも知れない悪夢だ。魔法士の純血を守る為に必要措置として名家ではありえた話だったからだ。これは勿論ウルルスにも当てはまる話だが、ウルルス自身は家とは極力関りを持たない様にしている。

「ティアはちゃんとここに居るよ」

「……。大丈夫です、もう落ち着きましたから」

 そう言ってもウルルスはティアを離さなかった。

「どうしたんですか?」

「ちょっとティア成分が足りなくてな……」

「私もご主人様成分が足りてませんでした……」

 しばらく抱き合って、髪を撫でてやる。子供は欲しいがティアはまだ成長途中だ。母体に負担がかかり過ぎる。

「鬼メニューでティアも朝に強くなったんじゃないか?」

「そんな事ないです。いつも夢うつつでやってます」

「それはそれで凄いな……」

「それでもちゃんと身に付いてますよ?」

「師匠がいいのか、ティアの飲み込みが早いのか……」

 多分、両方なのだろうが成長期の吸収力は半端ない。これで、遠距離の攻撃魔法と近接格闘まで習得したらほぼ無敵なのでは、と思う。ティアと対峙する事は天地が逆さになってもあり得ないが、こちらは紛いなりにも二つ名が魔法士殺しと二の手要らずである。超接近戦に持ち込めばまず負けないだろう。遠距離で体力を削る作戦は俺には通用しない、スタミナ切れしたこと無いので魔法攻撃の弾幕もすべて避けられる。

「どうかしました?」

「いや、夫婦喧嘩になったらどうなるのか、ちょっと考えてた」

「私が泣きます」

「それは謝るしか選択肢なくないか?」

「女の涙は武器ですから!」

「男の涙も武器なんだぜ? 使わないけど……」

「ご主人様の涙なんて見たら私も含めて女性陣大慌てですよ」

「泣くとしたら、悔し涙か嬉し涙のどっちかだから」

「悲しくて泣かないんですか?」

「悲しすぎて涙が出ないって事もあるしな……」

「誰か大切な人が亡くなったことがあるんですね」

「俺の乳母の人が亡くなった。昔は母親だと思い込んでたんだがな」

「葬式には参列したんですよね?」

「いや、もう家を出ていたからな、墓参りには行ったんだが、何故か涙が出無くてなぁ……」

「心に穴が出来ちゃたんですね……」

「ああ、ティアも両親が亡くなった時に感じたろ?」

「私は世界が壊れたレベルですから、わんわん泣いてましたよ……」

「それは泣くなぁ。比べて悪かった」

「いいですよ別に。私にはご主人様が居ますから!」

「俺はティアを守れる殻に成れるのかな……」

「もう守られてるから、安心してください!」

「それは、何よりだ」

 抱擁をといたティアはいつも通りだった。夢が何かの警告でなければいいのだが……。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る