第66話 爺馬鹿
「阿保弟子は居るか!」
ベスが大声で玄関から入ってくる。後ろにはミニュの姿もあった。姿は無いが、近くに護衛の影も居るはずだ。
「師匠、何ですか藪から棒に……」
「帰るぞ! こんな場所に一秒でも居させられるか! ローガン、お前もだ!」
「帰りませんよ?」
「フェイ様と同じく拒否します」
ゆったりしたドレスを着たフェイとローガンを見て、ウルルスの方を睨みつけてくる。ローガンは赤ちゃん用の手袋を製作中だった。
「なんだよ、俺は一応被害者だぞ? 後、おめでとうの一言も無いのか?」
「何が被害者だ! どうせお前が手籠めにしたんだろが!」
「いや、逆レイプだけど……」
「逆レイプ⁉」
「それで当たったんだよ。後継ぎが出来たんだ、喜べよ」
「本当に後継ぎが出来たのか?」
「えぇ、性別は分かりませんが……」
フェイははにかみながら答えた。
「私は既に家に懐妊の報告を送りました。返事はまだですけど」
「ローガンも逆レイプしたのか……」
「えぇ。まあ、そうですね」
頬を掻きながらそう答えるローガン。全く悪びれはいない。
「ジョンさん。とりあえず、めでたいのですから……。祝ったらいかがです?」
「そうだそうだ。ミニュの言うとおりだぞ」
「ウルルス。お前の仕事は不安定過ぎる!」
「やっぱり、レミントンさんがウルルスさんでしたか……」
そう言えば偽名を使ったんだった。
「その様子では、ミカエルは逝ったか……」
「ギルドの稼ぎ分は奥さんに全部渡したよ、俺はただ働きだ」
「お前にも良心はあったと見えるな。社会的抹殺は一旦保留にしてやる」
「あと、養育費ならカジノ行って翠金貨三枚と金貨五十三枚稼いで来たぞ?」
「は? お前はカジノ出禁だろ?」
「だから出禁くらってない共和国まで行って来たよ」
ベスは独り者だ。子供も居たことは無い。フェイは親友の娘を引き取ったと聞いている。昔、自分の子供の様に育ててるとも言っていた。心配するのは当たり前の話か……。
「俺がお爺ちゃんに……」
ミニュが居るので儂という一人称は使っていない。その辺の設定はベスはしっかりしている。
「無事に産まれればの話だろ……」
「ウルルス、フェイに重労働なんてさせて無いだろうな!」
「身重の体でそんな事させる訳ないだろ。日がな一日、本を読んでるよ」
「適度に散歩せんと出産の体力が……」
「その辺は、町の経験者達にちゃんと聞いてるよ」
「しかし、フェイとウルルスとの子供かぁ……」
「一応、私も居るのですが?」
「ランドルフ古流剣術が廃れなくて良かったな」
「なんでしょう、この温度差」
「フェイは初恋が実った訳だな!」
「師匠やめてくださいよ。一応、秘密だったのに……」
まあ、気付かないフリをしていたのも事実だ。それでティアに極悪人扱いされたこともあった。そのティアは疲れている為かまだ起きてきていない。ロイは走り込みに行ってしまった。
「ウルルスさん。おめでとうございます」
「俺よりフェイやローガンに言ってやってくれ」
「フェイさんもローガンさんも、おめでとうございます」
その言葉に二人とも涙ぐむ。面と向かっておめでとうと言われた事が無かったからだ。
「俺は無事産まれてくるまで、ありがとうは言わないからな」
「いいわよ別に、お金も稼いで来てくれたし」
「師匠の迷惑も考えて無かったですね……」
「別に迷惑だと思ったことは一度も無いけどな」
その言葉を聞いて二人とも本気で泣き始めてしまった。思ってるだけでなく言葉にしておけば良かったと、この時に気付いた。
「むうぅ、社会的抹殺は勘弁してやる。お腹の子に感謝するんだな」
「具体的に何するつもりだったんだよ……。怖ぇよ」
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