第51話 禁止欲求
夕飯前の決闘で付け加えられた一文のせいでロイと二人きりになる環境は無くなった。二人きりになってどうかする訳ではないが、少し警戒が過ぎるのではなかろうか?
「ロイさん、朝稽古しましょう」
「あっ、はい」
擦れてないと云うか素直と云うか、朝はローガンに連れていかれる。激しい運動はしてないようだが、模擬戦をやっている様だ。
「ご主人様は妙にロイさんと接触しようとしますよね?」
「禁止欲求って奴だ。止めろと言われると逆にしたくなるっていう……」
「へ~、ふぅん~」
「証明しようか? ティアはこれから俺に抱き着くの禁止な」
「拒否します」
言うや否や抱き着いて来るティア。
「なるほど。これが、禁止欲求ですか」
「破るの早くない?」
「恐ろしい欲求です……」
「いや、ティアの意志弱すぎだろ」
「はぁ……」
溜息の方を見るとフェイが遅めの朝食を取っている。焼きたてのパンの匂いがダメになったらしい。湯気もダメらしい。
「冷めた朝食は心に響くわ……」
「つわりならしょうがないだろ」
「分かっているわよ……」
本当に当たったんだなと思う瞬間だ。予期せず父親になってしまった。逆レイプで……。
「情報屋は妊娠してても出来るからいいのだけけれど……。子育てしながらは無理ね。ベビーシッターでも雇おうかしら」
「子育てはお金が掛かりますねえ……」
「医院行ってくる。少しでも稼がないと」
「私もお供します」
「……。まあ、いいか」
「何ですか、今の間は!」
「自分の容姿に無頓着なのは直らないようで」
「自分から美少女を自称するなんて痛い子じゃないですか」
「ごもっともで」
「帰りに薬屋で気分が落ち着く香でも買っていてくれない?」
「分かったよ」
「金食い虫ですフェイさんは」
「同じ目にあった時助けてあげないわよ?」
「反省しました、ごめんなさい」
「いってらしゃいな、留守番してるわ」
「じゃあ、行ってくる」
「行ってきます」
医院は町の中央広場の近くにある。建物は小さいがまだ新しい。入院病床も五つある。町長がスカウトしてきた医師は新人だが誠実で良心的だ。この町に医師がいない事を聞いてやって来た。まだまだ、経験不足と知識不足は目立つが、寝る間も惜しんで勉強している。
「ういっす、先生。患者はいるか?」
「ウルルスさん呼ぶ手間が省けました。急患です」
「それを早く言え、病状は?」
「腹痛の様なのですが、私には何とも……」
「まあ、診てみるか……」
ベットで男性が横になっている。痛みで少し表情が歪んでいる。
「あれ、マリオンか」
「お知り合いですか?」
「まあ、薬師見習いの奴だよ。一緒に薬草を取りに行く仲だ」
「ウルルス……か。ここ三日薬を飲んで腹痛が治らないから師匠に医院に行くよう言われたんだ」
「腹痛の原因は幾つかあるからな、貴重な薬が勿体なかっただろ」
「師匠が辛辣すぎる……」
「まあ、診てやるから、もしここが痛かったら回復魔法で治るから」
「ああ、よろしく頼む」
へそから拳一つ分下体のある部分を指で押す。
「痛い、そこが痛い」
「へえ」
押した部分から指を放す。
「痛っ」
「押した時と放した時どっちが痛かった?」
「離した時だ」
「そうか、間違いない虫垂炎だ」
「なんだそれは?」
「腸の一部が炎症を起こしてるのさ、外科手術でも簡単な部類だ」
「腹を切るのか!」
「いや、回復魔法で炎症を直す。五分で済むから」
「今までの我慢は何だったんだ……」
「医院は安心を買う所だ。すぐに来るんだったな」
そう言って腹に手を当て回復魔法を掛ける。
「ああ、痛みが楽になってく……」
「ホントは先生に経験積ませるために腹を切っても良かったんだがな」
「止めてくれよう……」
「仕方ないだろ、医者は患者を殺してなんぼだ。無力感から逃れるために勉強すんのだし」
「この町に回復術士が居て良かったよ」
「それ先生の前で言うなよ?」
「分かってるって」
痛みが完全に無くなったのを確認して手を放す。
「お代は医院でいいんだよな?」
「ああ、薬師見習いのお前に頼みがあるんだが……」
「何だなんでも言ってくれ」
「気分の落ち着く香を定期的の買いに行くから、少し安くしてくれ」
「なんだ? 女所帯で疲れたってか?」
「理由はその内分かる……。お願いできるか?」
「ああ、師匠に掛け合ってみるよ」
「助かる」
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