第50話 内弟子

 女性陣にロイが土下座している。どうしても裏打ちを習得するまで家に滞在したい様だ。その様子を横目に夕飯を作る。今日は白パンと野菜のスープ、鹿肉の煮込みだ。

「これ以上この家に女性は要りません!」

「私も同意」

「私も激しく同意します!」

「そこをなんとかお願いします!」

 土下座のままお願いするロイ。藪をつついて蛇を出す気はないので料理に集中する。

「じゃあ、念書でも書いてもらいましょうか?」

「そうね、このまま放り出しても、戻って来そうだし」

「内容はどうしましょう?」

 女性陣は一様滞在を許可する様だ。部屋は俺とティアが相部屋になれば解決する話だ。

「一。ご主人様を誘惑しない事」

「二。誘惑に類する行為を禁止する」

「三。師父と呼ばない事」

「ローガン、私情が入ってるわよ?」

「そうです。ご主人様の貞操が一番優先されるべきです」

 俺の貞操などあってないようなものだろうが、ティアは譲れないらしい。

「しかし、師匠は私の師匠ですし」

 弟子を取った覚えがないのだが、口を出すとややこしくなるから辞めて置こう。

「師父は私の師から技を盗んだほどの方。師父とお呼びするのが妥当かと」

「貴女には聞いてません!」

 ロイにローガンが吠える。いつも冷静なローガンを見慣れているだけに新鮮な驚きがある。そんなに尊敬される事をした覚えがないのだが、

「呼び方はわざわざ念書に書かなくていいでしょ」

「そうですね、当人同士で争えばいいですよ」

「そんな、フェイ様、ティアさんまで……」

「あとで決闘でもすればいいんです。そうすると一人減りますし」

「ティアさん、笑顔が怖いわよ?」

「おっと、つい本音が……」

「やるなら、夕飯前にやってくれ」

 下準備は出来た。あとは火にかけるだけだ。

「ああ、夕飯を食べると臓物が臭くなりますもんね」

「ティア、怖い事言うなよ、日が落ちる前やって欲しいだけだ」

「なら勝った時は、一文付け加えさせてもらってもいいでしょうか?」

「ローガンが負けるとは思わないけれど、いいわよ?」

 土下座のままガッツポーズを取るロイ。

「素手で剣が負けるはず無いです。ご主人様を除いて」

「そうですね、表に出ましょう」

「……」



「真剣では危ないから、この枝を使うといい、長さもさほど変わらん」

「ありがとうございます。師匠」

「……」

 ロイがやけに静かだ。何か隠し玉を持ってるな……。

「ローガン、多分一瞬で勝負がつくぞ?」

「それは、そうでしょう剣のリーチに敵うわけないです」

「言いたいのはそうじゃないだが……。まあやれば分かるか」

 俺が知ってる技がロイが使えるなら、きっとローガンは負ける。

「そのぐらい離れればいいだろ。合図で開始だ」

 両方少し離れた場所に立って合図を待つ。

「始め!」

 やはり一瞬で勝負が着いた。ロイがローガンの間合いに入り、軽い打撃の寸止めを食らわせていた。

「やはり縮地が使えたか……」

「ローガンさんの呼吸は覚えました。もう負けは無いです」

「ご主人様、縮地って何ですか?」

「技だよ、相手の無意識に滑り込む歩法だ。あの若さで使えるとはな」

「無意識に滑り込む? どうやるの?」

「みんな勘違いしがちなんだが、脳は少しさぼるんだ。それを意識中の無意識って呼ぶんだ。俺も聞きかじった知識だがな」

「呼吸を読まれれた? 気付かない内にもう間合いに入られていました……」

「ロイが少し静かだったろ? その時にローガンは呼吸を盗まれたんだよ」

「もう負けは無いです。続けますか?」

「くう、負けを認めます……」

「ローガンが負けるなんて……」

「で、付け加える一文はなんですか?」

 ロイはこちらをチラッと見ると、

「師父が手を出した時はその限りにあらず、です」




 

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