第42話 秘湯
王国に温泉地は一つしかない。古くは戦争で傷ついた兵士たちの湯治場だが、今は一大観光地だ。宿屋がひしめき合い、土産物屋も誰が買うんだ? みたいなものばかりだ。夜間走り続けて一日で着いた。馬車を乗り継いでくるフェイたちが来る前にのんびりしようと思う。
源泉に近い秘湯に陣取る。この時間に入ってくる奴は命知らずだと思う。暗くて道が不安定で事故に合う確率が高いからだ。
「ご主人様、貸し切りですよ! 貸し切り!」
「体洗ってから入れよ、それがここのマナーだから」
「……。自分で洗うんですよね?」
「何言ってんだ、洗いっこに決まってるだろ!」
「それはなかなかハードルが高いですね……」
ちょうど朝日が昇って来た。さっさと湯船に漬かりたい。さっさと衣服を脱ぎ捨てると、ティアが赤面する。太陽の元で裸身を見るのは抵抗があるようだ。
「知らない身体じゃないだろ……」
「あの時はローソクの灯りでしたし、そのなんか生々しいです!」
「脱がないなら脱がせる……。肌寒いからな!」
「自分で脱ぐので……。あっち向いてて下さい!」
「だが断る!」
あまりに力強い拒否の言葉に抵抗する気も無くなったのか、羞恥心を残したままスルスルと衣服を脱ぎ始めた。ティアはスタイルが良い方ではない。発育が遅いだけだと思うが、少女から女性に変わる危うい一瞬の美がそこにはあった。
手足の細さは少女の特有のと特徴だが、胸は膨らみ始め、全体的に肉付きが良くなった様に思える。
「ガン見しないで下さい。指突っ込んで失明させますよ?」
「これでも俺は自制が効くんだがなぁ……」
「じゃあ、せめてその暴れん棒を隠してくださいよ」
「これは失礼。いつかの為に買った、このスポンジが役に立つ日が来るとは思わなんだ……」
「石鹸まで用意して、どれだけ洗いっこしたかったんですか……」
「美少女に身体を洗ってもらうのは一つのロマンだ!」
「背中は洗ってあげます。前は自分で出来ますよね?」
「俺としてはティアが泡まみれになって全身で洗ってくれるのが理想だ!」
「ああ、それなら石鹸が少なくて済みますね……って阿呆ですか、ご主人様は!」
「俺は至って大真面目だ!」
交渉の末、ジャンケン三回勝負でウルルスは二連勝した。
「ティアは賭け事が下手だな……」
泡だらけの身体でウルルスの背中を洗うティア。耳まで真っ赤になっているのが分かる。擦り付けられる身体が熱いからだ。
「ご主人様が変態だとは知れませんでした……」
「逆に俺に身体の隅々まで手の平で洗ってやろうか? それはそれで楽しそうだ」
「止めて下さい。羞恥心で死んでしまいます……」
「ティア、暴れん棒が、効かん棒になりそうなんだが……」
「前も洗えばいいんでしょ! 二度と賭け事はしません!」
「ジャンケンのコツだがな、相手を怒らせるとグーの確率があがるんだよ」
「賭け事はしません!」
ウルルスを洗い終わるとティアは後ろを向いた。
「背中を洗って下さい」
スポンジで背中を洗う、肌のきめ細やかさに少し驚く。指が吸い付く様だ、これは魔性の肌では? とウルルスが驚愕していると、
「もういいですよね?」
「ああ、洗い終わったよ」
ティアは水しぶきを上げるほど勢いよく湯だまりに飛び込んだ。ウルルスは足から静かに入浴する。
「あ~、身体から疲労がお湯に溶け出してゆくみたいだ……」
「少し、熱いですね。まあ、ご主人様は熱めが好きみたいですけど……」
「否定しない。毎日湯船に入れるここの住人が心底羨ましい」
「異端者の楽園を離れる訳にもいかないですしねぇ……」
一晩走って疲れを癒して、また一晩で家に帰るのは何かが決定的に違う気がする。この世界には入浴という概念が薄い。春夏は水浴びで済ませるし、秋冬は沸かせた湯に布を浸して全身を拭くと云うのが一般的だ。
温泉地に金を落とす人間の気持ちもよく分かる。こんなにいい場所を存続させるために宿屋や謎の土産物屋があるのだろう。いや、ほんとに土産物は用途不明で謎なのだが、
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