第30話 風の噂

 フェイとローガンがベスを連れて帰って来たのはそれから二日後の事だった。

 ベスは今年六十に差し掛かるはずだが、足腰もしっかりしていて杖もついていない。背筋がピンと伸びていて下手すれば三十台後半と言われても納得しそうな風貌だった。

「久しぶりだな、ベス」

「会いたくて来たわけじゃない……。どうせここ家にはエールは無いんだろ?」

「ワインならあるよ、質は保障しないが」

「ふん、無いよりはマシだ。それでいい」

「ティア、グラスを三つ用意してくれ」

「分かりました」

 ティアは台所からガラスのグラスを三つテーブル置くとウルルスの背後に控えた。グラスにワインを注ぎながら、

「フェイも飲むだろ?」

「ええ、ワインは少し苦手なのだけど……」

 ワインを蒸留して作るブランデーには目がない癖に、と心の中で思いながら、三人で乾杯する。特に何に乾杯したのかは、三人とも口にしなかった。

「なんだ、美味いじゃないか……」

「お気に召したなら何よりだ」

「これはすぐに酔っちゃうわね……」

 三人はしばらくワインを飲んでいたが、ベスが来た理由が一向に分からない。

 物凄く嫌な予感しかしないのだが。

「風の噂で聞いたんだが、奴隷商が何人も殺されているようだ」

「へぇ、風の噂、ねぇ」

「暗殺者ギルドで扱った仕事か?」

「俺は多分親玉を潰してしまった。後の事はベスの方が知ってるんじゃないか?」

 ベスは無言で懐から油紙に包まれた手紙をそっとテーブルに置いた。

「見るも、燃やすも、お前次第だ」

「……。相当やばい案件って事か……」

「…………」

 二回ほど油紙に包まれた手紙の仕事は受けたが、どれもこの国を揺るがすものだった。たぶん、今回も自分しか務まらない仕事なのだろう。

「一度見たら、後戻りは出来んぞ」

「……。分かってるよ」

 丁寧に油紙を剥がし、手紙の内容を読む。暗号化され最後にギルド長三名の連名が書かれた極秘任務がそこに記されていた。

「マジか、あのクソ令嬢。何人の暗殺者の心を殺して飼い犬してくれてんだ……」

「暗殺者の暗殺任務。得意分野だろ?」

 ベスはそう言って笑うのだが、内心今すぐワインから蒸留酒に切り替えところなのだが、そうもいかない。ここから先は仕事の話だ。

「ベス、出来るだけの情報をくれ。この際、金に糸目は付けん」

「そう言われると思って、口頭で話す事にしたのさ」

「ティア、席を外してくれるか?」

「分かりました、ご主人様」

「フェイ、お前もだ」

「嫌よ、私も情報屋の端くれなのよ?」

「ローガン、外の見張りを頼む。念の為に、な」

「心得ました」

 ベスはその様子をニヤニヤしながら見ている。

「なんだ。お前が人たらしなのは知っていたが、ローガンも毒牙にかけるとはな」

「人聞き悪い事言わないでくれ、ローガンの親父を知ってただけだ」

「風の噂では、金品目当てで殺されたはずだが?」

「俺はベスの風の噂ほど、怖い物はないよ……」

 

 




 

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