第29話 ベス

 情報屋というのは本来、偽名を使う。ベスは本名だ。偽名が多すぎる事もあるもあるのが、親しい人間にか本名を明かさないのだ。ウルルスはギルド長の紹介でベスと出会ったが、その時はジョンを名乗っていた。前国王殺害の大仕事を終えた後に本名を教えてもらった。フェイの本名は知らない。本名なのかも聞いた事が無い。ウルルスにとって名前とは記号に過ぎない。それで意思疎通が出来るなら偽名でも本名でもどちらも変わらないと思っている。

「フェイさんのお師匠さんは怖い方なんですか?」

「……。普段怒らない人が怒るとめちゃめちゃ怖いだろ?」

「……。理解しました」

「まあ、今回はフェイの勇み足だな。ローガンにも俺の事を知人としか紹介してなかったみたいだし」

「ローガンさんはフェイさんのこと好きなんですよね?」

「まあ、信頼はしてるだろ……。ん?」

「なんです?」

 ロックのグラスを置いてティアを見つめる。

「もしかして……。まだ気づいてない?」

「はい? 何にです?」

 これはローガンの性別が女だと気が付いていないのか? しかし、まだフェイとの賭けは終わっていない。金貨三枚の勝負だ、負けたくない。

「ティア、ローガンの性別は?」

「男の人でしょ? なんでそんな事聞くんです?」

 なんだろう、言ってしまいたいような、賭けには勝ちたいような複雑な気持ちは……。でも負けるのは性分じゃない。勝てる勝負しかしないと決めている。

「ローガンさんは護衛兼従者って感じですね……。少し憧れます」

「……。説明するのが面倒だ。もうそれでいいよ」

 ウイスキーの新酒をグラスに注ぎ、一気にあおる。今日は深酒でいいや。たぶんこれから忙しくなる。今のうちに英気を養っておきたい。

「私の分が無くなるじゃないですか! お酒はゆっくり味わってください!」

「ティアが酒を語るか……」

「なんです、初めてを教えておいて放置ですか! 鬼畜の所業ですよ!」

「いや、出会った頃ならお酒を飲ませてどうするつもりです、とか言ってきそうだなって思ってな……」

 ティアは自分のグラスにウイスキーを注ぐと、舐めるように味わう。

「味は苦手ですが、フワフワした感覚は好きです。さすがはご主人様が買ってきたお酒です。いい酔い方が出来ます」

「まあ、金に糸目は付けて無いからな……」

「文句は明日言います。せっかくのお酒が不味くなりますから」

「そうしてくれ、俺も不味い酒は飲みたくない」

 ぴったりとくっついて酒を飲んでいると変な気分になりそうなものだが、本当に今日の仕事は精神的に疲れた。

「頭の潰れた蛇がどお動くかな……」

「なんです? それ?」

 手をひらひらさせて何でもないと、ティアの頭を撫でる。

「ベスが何か知ってるといいんだが……。期待しないで待ってるか……」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る