第28話 忘却の果て

「ただいま」

「お帰りなさい、ご主人様」

 迎えてくれたのはティアだけだ。他の二人はどうしたのだろう?

「二人は?」

「ああ、拠点を無断で転居させたとかで、ベスさんの所へお説教を受けに……」

「それはご愁傷様だな……」

 どかりとソファーに座る。

「あれ? 蒸留酒は何処です?」

「買って来てない……」

「どうしてですか? 一度も欠かさず買って来ていたのに」

「この依頼は別、自分へのご褒美なんて買えない……」

「どうしたんですか? ご主人様?」

「疲れたよ。本当に」

「…………」

 頭を優しく両腕で包まれる。そのぬくもりに何故か泣きそうだった。

「人を殺して何も感じない、そんなご主人様を愛したつもりはありませんよ?」

「なんだ、バレバレだったか……」

「はい。バレバレでした」

 深く息をついた。バレバレなら何もかも話してしまおう。

「俺はどうして暗殺者になったんだろうな……」

「誰かの涙を止める為、でしょ?」

「よく言えばその通りだな。この世には悪人しかいない、それが俺の持論だ」

「まあ、ご主人様は極悪人ですしね」

「そんな極悪人を好きになるティアも大概だけどな……」

「私は恋の奴隷、いえ愛の奴隷ですから」

「なにそれ、超重いな」

「女の子に重たいは禁句ですよ。気付かせたのはご主人様ですから、責任取って下さい」

「もちろんだ。それ位の重しが無いと俺はフラフラしそうだからな」

「なにが、あったんです?」

「奴隷の存在意義にについて少し話した」

「ターゲットとですか?」

「ああ、もしかしたら俺は奴隷解放運動の芽を潰したかもしれん」

「それは。本当に全ての奴隷にとって良い事なのでしょうか?」

「そうだな、全てとは言えんな、奴隷に落ちなかったらティアとも出会えていない訳だし」

「巡り合わせですよ。もう少し楽に生きたらどうです?」

「これしか生き方が分からない、せめて殺した人間の名前は覚えるようにしてるが、これも自己満足の範疇だ」

「……、人は二度死ぬと聞いたことがあります」

「肉体的の̪死と友人に忘れられた時の死か?」

「そうです。ご主人様は殺した人間を覚えている。なら、彼らに二度目の死はありません」

「俺がいつまで生きてるかわからないのにか?」

「それでも、ご主人様は優しいですよ」

「はは、優しいか……」

「なぜ、ギアスで私を性奴隷にしなかったんですか?」

「正直めんどくさかったな。惚れさせた方が楽だろ色々と」

「その意見には賛同しかねますが、その行動自体は高評価です」

「今日はホントに疲れたよ、ティア、酒に付き合ってくれないか?」

「まあ、やぶさかでないですね……、銘柄は?」

「ティアの好きなものでいいさ」

 部屋を出ていくティアの後ろ姿を見ながら、自分は弱くなったのかと自問する。いや、隙が出来ただけだなと自己判断を終了する。

「ウイスキーの新酒にしてみました!」

「ロックで頼む」

「珍しいですね、ロックで飲むなんて……」

「今日は疲れたって言わなかったか?」

「はあ、そうですか……」

 チョコンとウルルスの足の間に座る。

「俺はティアを騙しているんだろうな……」

「は? それはむしろバッチ来いですが?」

「はは、ティアは単純でいいな……」

 ティアをぎゅと抱きしめる。

「そういえばティアはこの町が他の町からなんて呼ばれてか知っているか?」

「いえ、知りません」

「異端者の楽園」

「はぃぃ? 何ですその異名」

「この町には教会が無い。何故だかわかるか?」

「分かるような、分かりたくないような……」

「この町は、禁忌を犯した者が多いんだよ」

「それって……」

「俺がいつも行ってるパン屋。夫婦なんだが、実の姉弟だ」

「ふぇ?」

 教会の縛りを抜け出した者たちが作った町、それがこの町だ。

「あと奴隷でも結婚出来るだよ、この町ではな……」

「知りませんでしたよ⁉」

「まあ、言って無かったし?」

「初めに言って下さいよ!」

「いや、初めに言っても、はぁ、そうですかって流されそうだっからな」

「……、そうですね。聞き流してたと思います」

「暗殺者が必要なく無くなるまで、俺は暗殺者のままだ」

「いつの日か無くなると、いいですね」

「そうだな、忘却の彼方まで、消えるといいな」

 それは遠い遠い未来か、突きつけられる決断の時まで保留にしておこう。

「私は結婚前に子供が出来そうで怖いです」

「それなら町長の墓守に頼んだら一発で結婚出来るぞ?」

「あの人、町長だったんですね……」

 



 








 


 



 

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