第12話 仕事の時間
甘いデザートの後に辛い物食べる奴はドМだと思う。そう思っていても、仕事は仕事。そう割り切ってウルルスは手紙を読んでいた。今回は鳩、平常運転である。
「お早いお帰りを、ご主人様」
そう見送るティアの顔は今まで見たことないほど悲しみに歪んでいた。
「行ってくる」
自分は平静を装えていただろうか、人並みに幸せを望んで他人の命を奪いに行く。それが、自分の仕事。金を積まれてれば、親だって殺すだろう。そもそも愛情を注がれて育った覚えは無いのだし、たぶん出来てしまう。
今回はターゲットの顔を確認する為にギルド本部へ向かう。今回に限った話ではないが、そもそも顏も分からないのに殺せる訳がない。兄妹の片割れが暗殺者だった時は顔と名前が一致したので本部に出向くの手間を省いたのだ。どこどこの何々と大まかに教えられて、必要なら本部まで顔の確認に行くのであって、顏と名前が分かれば本部まで行く必要はないのである。つまり、有名人ほど殺しの手間は省けるという理屈だ。
もちろん、有名人ほど厳重に警護されているので、簡単と云う意味ではないのだが、
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
「あとから連れが来る、いつもので頼む」
「はい、かしこまりました」
このやり取りは符丁、つまりギルド長に会いに来たという合言葉なのであるが、酒場を装ったいる為、普通の客は気付かない。気付いたとしても同業者である。
「いい加減変えないか?」
聞こえない様にウエイトレスに呟く。
「私に言われましても……」
「は、そりゃそうだ」
奥の個室に案内され、しばらくするとエールを運ばれてくる。
「ごゆっくりどうぞ」「いつものだ」
そう言ってチップを渡す。金額は銅貨二枚ほど、
「ありがとうございます」
そう言って個室の扉が閉められる。これも何を求めるか、の対価である。エールを飲み干し、個室の隠し扉をあけてギルド長のもとへ向かう。古典的だが、案外バレないものである。
「いい加減変えないか?」
「私に言われてもねぇ……」
机を挟んだ向こうにはウエイトレスがいた。
「もう一人にも言っといてくれないか?」
「君もしつこい男だね、もう一人も同じ意見だよ」
ギルド長は三つ子、その事実に気付いているのはウルルスだけだ。大体は双子だと思っている。
「君は何十年このシステムだと思ってるんだい」
「知りたくもないね、代々双子か三つ子で生まれてきやすいだけだろうが」
「まったく、君は変わらないね」
「アンタだけには言われたくない」
年齢不詳のギルド長、歳より若く見えるウルルス。はたから見れば十分化け物の域だった。
「今回は場所と顔だけでいいんだね?」
「ああ、それで十分だ」
余計な事は言わない聞かない。長生きのコツである。
「名前はおまけしとくよ、ジョルコだ」
「ありがとよ、これで次回は三枚出せる」
「は、その気も無いのによく言うよ」
顔の似顔絵とよく行く場所を教えてもらい。その場を後にする。似顔絵があまり写実的に描かれていないのは、わざとだと聞いた事がある。先入観でこの人は絵と違うと思ってしまうらしい。何となく似てるなぐらいが丁度良い。これは現代警察も似顔絵を描く時に注意している点だ。
「今度は蒸留酒でも奢ってやるよ」
「ここで飲むのはエールでいい。蒸留酒を買うのは自分へのご褒美なんだ」
「そうかい、君は蒸留酒を奢られたくないんだね」
「前に言ったもはずだぜ、ミリア」
「君には敵わないよ、ウルルス」
「お前にしか言ってないんだからな、このやり取りが好きなのか?」
「今日はどんな手で騙してやろうって、考えるのが私達の楽しみなのさ」
付き合ってられないと、来た道を引き返す。
「どこ行ってたんです? お客さん」
「うるせぇよ、アリア」
「また、ミリアにからかわれたんですか?」
「その通りだ。まったくカリアが一番素直だぜ、今度はカリアを置いとけ」
「それは、くじ引きによりますねウルルスは、くじ運が無いから」
「勘定は置いとくぞ」
「またの起こしを」
出来る事ならカリアが居る日に来たい。そう思いながら、酒場を後にした。
「アンタがジョルコかい?」
「誰だてめえぇ」
知る必要ないという意味を込めて胸を拳で打ち抜く。内部から心臓を破裂させた、誰の目からも死角で一瞬の出来事だった。
「おっと、急にどうした?」
血を吐きもう息が無いのは分かっていたが、周りの目もある。演技を続ける。
「大変だ、誰か医者を呼んでくれ!」
ゆっくりとジョルコを地面に寝かせる。何人かが集まって来たので、
「医者を呼んでくる」
そう言ってその場を離れる。自分よりジョルコの様態が心配な人たちは自分の方を見ていない。そう意識誘導出来たはずだと判断してその場から消える。
一瞬で家の屋根に飛び乗っただけだが、誰も自分を見ていない事を確認して帰路に着いた。死亡確認や面倒な手続きはギルドの下っ端がしてくれるはずだ。あとは銀行の指定の口座に金が振り込まれるのを確認して終わり。これが、ウルルスの平常運転だった。
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