第9話 情報屋
情報屋とは文字通り情報を売買する仕事である。独自のネットワークから偽の情報を流す事もあれば、誰も知らないハズの情報をジグソーパズルの絵の様に浮かび上がらせる事もある。情報のプロフェッショナルそれが情報屋である。勿論、危ない情報を掴んで消される情報屋などもいるが、それは自業自得である。
優秀な情報屋は護衛を雇っているものだ。自分の命よりも情報を得ようとするのは、情報屋ではなくゴシップ好きである、とは引退した情報屋の薫陶だった。
「二年ぶりですねウルルス。定住するなんてどんな心境の変化です?」
「聞いても金にはならないけど、聞きたいか?」
「えぇ、是非とも」
ウルルスはいつも通り昼間から蒸留酒飲んでいた。向かいに座っているフェイには何も出されていない。嫌がらせではなく、来客用の紅茶もコーヒーも無いからだが、フェイは文句を一つ言わなかった。「まあ、大きな理由は二つかな」
「一つ目はその子ですか?」
そういうとウルルスの背後で立っているティアに視線を向けた。
「まあ、そうなるな。子連れで宿を転々とするのは目立ちすぎる」
「私はご主人様の子供じゃありませんよ?」
「お前がそう思っていても周りにはそうに見えるんだ、仕方ないだろ」
「それは、仕方ないですね。受け入れます」
見た目は若いが実際ウルルススとティアは親子ほども年齢差がある。ウルルスの実年齢を知った時はしばらく放心した。余り知りたくない現実だった。
「二つ目は何ですか?」
「フェイは俺が無類の酒好きなのは知ってるよな?」
「えぇ、お酒の味を教えてくれたのはウルルスですから、よく知ってます」
「人聞き悪い事言うなよ。この家の地下にはその酒がたくさん保管されている。以上だ」
「……。本当にお金にならない情報をありがとうございました」
そう言うとフェイはソファーから立ち上がる。
「ん、帰るのか?」
「えぇ、仕事も溜まってますし、今日は顔を見に来ただけですから」
「そうか、今日は久しぶりに会った旧友の為に十八年物のブランデーでも開けよと思ったが、仕事なら仕方ないな」
妖艶ともとれる美貌が一気に酒好きの顔に変わる。
「ちょっと、待って下さい。十八年物のブランデー、産地は?」
「お前が想像している地名だと思うぞ」
「旧友との親交を深めるのとても大事な事です。酒を肴に語らいましょう! 存分に!」
「ま、そう言うと思ったよ。ティア、悪いが魔法で氷を頼めるか?」
「分かりました。グラスに入るくらいで大きさでいいんですよね?」
「よろしく頼む。俺は酒蔵に行ってくる」
そう言ってウルルスは部屋を出て行った。
「ティアさんが居れば、いつでもお酒をロックで飲めそうですね」
「私には強制のギアスが掛かってますから、ご主人様からは離れられませんよ?」
「残念ですね、その美貌があれば一流の情報屋にだってなれますよ?」
「興味ないです」
自分は奴隷、ウルルスの所有物だ。ウルルスの世話が出来るならそれでいい。
「従順で擦れてない絶世の美少女ですか、これは思ったよりも……」
「なんです?」
「いえ、何でもないよですよ、あぁ、幻のブランデーが飲めるとは。これもお師匠様様ですね」
「フェイさんのお師匠さんです…か、凄腕だったとしか聞いていませんね」
「まあ、ウルルスと並んで生きる伝説ですからね」
「お酒ってそんなに美味しいものですか?」
「愚問ですね、いい酒程いい酔い方が出来るんです。えぇ、間違いありません」
その剣幕にティアは成人になってもお酒を飲むのは止めようと密かに決意する。
ダメ人間になる自信があったからだ。
「待たせたな、これだ」
「うほぅ! 封を切ってないなんて、私のために用意してくれたんですか?」
「たまたまだよ。俺だってこの酒を開けるのは、ためらうさ」
「そこは、嘘でもそうだって言って欲しかったですねぇ」
「何の得があるんだよ、全く」
ウルルスはストレートでグラスに少しだけ注ぐと、フェイにはロックでなみなみと注いだ。
「私たちの再会を祝して」「お互いに生きてたことに」
「「乾杯」」
グラスを合わせる。ウルルスもフェイも酒を飲む時はつまみを食べない。体に悪いが、あいにくと二人ともブランデーに合う食材に出会って無かった。
「う~ん、噂を上回る美味しさですね、幻のブランデーと呼ばれる理由も分かろうというものです」
「そうだな、新酒の時よりも角が取れて何倍も旨くなってるな」
「へ? 新酒を飲んだことがあるんですか?」
「まあな、まだあの村が有った頃に一度だけな」
「それは、羨ましい話です」
二人だけで持ち上がっているのが少し面白くないティアは疑問を口にした。
「もうないんですか?」
「あぁ、流行り病でな一帯の村が全滅したんだ」
「栽培されていたブドウも全滅って話ですね……」
「なるほど、だから幻なんですね」
「金に換算すると……。殴られるな、止めよう」
「殴られたくないなら、ちょっとだけ、飲ませて下さい」
「……そうだな。初体験には向かないがな、飲んでもいいぞ」
「ウルルス、子供にお酒は……」
「俺が酒飲みの理由も分かろうというものさ」
「はぁ、私は止めましたよ」
飲まないと決意したはずなのにウルルスのグラスを渡され、少し緊張しながら口に運ぶ。琥珀色の液体は舌に触れると痺れて、飲み干すと胃がカッと熱くなる。息を吐くと鼻に芳醇な香りが抜けていく、味は正直言うとよく分からない。
「どうだ? いい香りだろ?」
「そうですね、味は良く分かりませんが……。香りはいいですね」
「その歳でお酒に味が分かったら大変ですよ、子供にブランデーなんて早すぎます」
「なんだか、体がポカポカしてきました。頭もフアフアします」
「一口で止めとけよって、おい」
胃が熱くなる感覚が欲しくて、残りも飲んでしまった。深く息を吐くと美味しいと思った。
「酒飲みの資質アリですね」
そこから先の記憶はない。ただ、ウルルスの見ている世界が少し分かった気がした。
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