第8話 掃除屋
多くの暗殺者は定住しない。宿を転々とするか、隠れ家を幾つか用意する。それが普通だ。
理由は人それぞれだが、多くの者は近所付き合いが得意ではない。
職業を隠して生活しているのだ。余計な詮索、特に近所のおばちゃんらの井戸端会議に自分の話題が上がるのを良しとしない。
当たり前だが。
ウルルスはこの逆を行く。自ら暗殺者、殺し屋を公言していてゴミ置き場のカラスを退治したり、近くの村に夜盗が現れたと聞けば自ら討伐に行く。その活躍ぶりに、町の人からは掃除屋さんとも呼ばれていたりする。
確かに殺人は罪だが、現実問題といて騎士団や自警団などは腰をなかなか上げないし、見返りを求めたり、横柄な態度で接してくる。
その点、ウルルスはお金を積まないと行動しない職業殺人者だ。敵に回したらこれほど怖いものはないが、味方であれば心強い。賞金首でもあるのだが、町の者は誰も狙って来ない。たまに来るのはよそ者だ。大抵はウルルスの返り討ちに合うし、留守を狙らってティアを人質取ろうとしても元冒険者の実力に平伏すことになる。
町の人が認識している通り、便利な掃除屋なのである。約半年でその認識を浸透させた。もちろん、怖がって引っ越した家族もいるが、感覚がマヒしてくるのか町は平和だった。
「今日も平和だなぁ……」
「ご主人様は昼間から何故お酒を飲むんですか、少しは町の人たちを見習って下さい。朝から晩まで汗水流して働いているというのに」
「医者と暗殺者は暇な程いいんだよ」
「なんです、その屁理屈は」
「屁理屈も理屈ですぅ~」
「子供ですか、ご主人様は!」
箒でウルススを攻撃するティア。確かに、平和な光景だった。
◆◆
「大変だ、ウルルスさん」
「どうしました? そんなに慌てて」
「大工の棟梁が足場から落ちたんだ。医者も診てるんだが、どうにも埒があかない」
「回復魔法が使える私の出番って訳ですね」
「ああ、頼めるかい?」
「もちろんです。案内をお願いします」
「ありがてえ」
「ティア、留守番を……」
「私も行きます!」
ごねられるより連れてった方が手っ取り早い。事態は一刻を争うのだ、
「急ぐぞ!」
「はい!」
町の広場から少し離れた所に人が集まっていた。
「じゃまです! 道を開けて下さい!」
大声にビックリした人達は案内役を担いだウルルスの姿を見つけると道を開けた。
すぐさま医者の反対側を陣取り患者の様態を見る。落ちた時に頭を打ったのか意識がない。脈を取るも弱々しい。これはやばいと判断して、
「強心剤は打ちましたか?」
「い、いえ出血もないし、ただの脳震とう、かと」
「頭を強く打って出血しない方がやばいんです、今すぐ打って!」
「は、はい!」
意識を集中して回復魔法を発動。脳挫傷だろうと治してみせる、そう決意して患者
に回復魔法をかけ続ける。
「は、早すぎます、ごしゅ、っとウルルス」
息を切らしてティアがようやく追いついた。ご主人様と言いかけて慌てて名前を呼んだ。
「ティア、悪いんですが毛布を貰って来て下さい、体温を保たないと」
「分かりました。どなたか清潔な毛布を」
「売り物だけど使ってくれ!」
「ありがとうございます!」
ティアはウルルスの手が離せないとみると、患者に毛布を掛ける。
「うっ……」
「棟梁、分かりますか!? 握れるなら私の手を握って下さい!」
微かに力が込められる。助かる、いや助けるんだ。回復魔法も万能ではない。四肢の欠損は治せないし、骨折だって正しい位置に骨を戻さないといけない。痛みを緩和したり、切り傷や打撲はすぐに癒せるのに……。悔しさに唇を噛みしめて回復魔法をそれでもかけ続ける。
魔力が枯渇したって構うものか、命あっての物種だ。暗殺者としては矛盾しているが今はその事についてはひとまず置いておく。
「ウルルス……」
「ううっ」
微かに目を開けた。ここまでくれば、もう大丈夫だろう。危ない峠は越えたはずだ。後遺症が残るかもしれないが、リハビリで何とかしてもらうしかない。
「医院に運んで下さい、あとは任せました」
「は、はい。お任せください」
「さすがに疲れた。家でダラダラしたい」
う~んと伸びをすると、何事も無かったかのように家の方向へ歩き出す。賞賛の声を掛けてくる野次馬達をかき分けるて進む。
「医者の方が向いてるじゃないですか?」
「嫌だね、俺は記憶力がいいんだ。最善を尽くして患者を死なせてしまった記憶なんて覚えていたくない」
ティアはウルルスの前に回り込んで、
「向いてると思いますよ?」
「買い被り過ぎだよ、それに俺は殺し過ぎた。生まれ変わりがあるなら、今度は医者を目指すよ。それで勘弁してくれ」
「ふふ、仕方ないですね」
「ほらな、医者と暗殺者は暇な方がいいだろ?」
「そうですね。でも、それじゃあ私達は飢え死にしていまいますね」
「本当に、世の中はままならないなぁ」
二人で笑い合って家に帰る。この町には暗殺者がいる。だからと言ってそれは本当に怖い事なのだろうか、少なくともこの町は平和だった。
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