第5話 命のセンタク

 外出する前のウルルスにしつこいほど、ティア自身の魅力について語られた。褒められすぎて何かの拷問かとティアは思った。ウルルスなりの不審者に心を許さないようにする対策なのだろうが、褒め殺しはやめて欲しい。


 少し名残り惜しそうなウルルスを強引に送り出すとティアは家の掃除に精を出した。ウルルスが言うには二人の愛の巣らしいが、その言葉で張り切る訳では決して無い。掃除した方が気持ち良く過ごせるだけで、他意はないはずだと自分に言い聞かせる。若干寂しい訳でも無い。


「ご主人様は少し過保護すぎますねぇ、私もあと二年もすれば成人なのに……」


 奴隷の身に落ちた自分に優しすぎるのは少し問題だと思う。決して嫌ではない、むしろ嬉しいと思ってしまう。


 そもそも奴隷になったのは事故で両親が亡くなり伯父に家を奪われたのが始まりだったように思う。その叔父はあろうことか、姪である自分に肉欲を向けてきた。辛うじて貞操は守れたが、あのまま家に居たら食事に媚薬や怪しい薬を混ぜられて意志さえ奪われていたかもしれない。


「冒険者ギルドも今思えば最悪でしたねぇ……」


 魔法士の家に産まれ魔法の才があったティアは家を出て冒険者ギルドに所属して生計を立てる事にした。冒険者ギルドの採用最低年齢は十二歳からで、既に中級までの攻撃魔法なら一通り使えたので、多少荒っぽい仕事も出来ると思い込んでいた。若い魔法士である自分の美貌が男達の目にどう映るか、伯父で分かっていたはずなのに、最初に女性だけのパーティーを組むべきだった。

 そこでも陰湿なイジメに会ったかもしれないが、


「私は賭け事に熱くなる質だったとは。昔の自分に言ってやりたいですねぇ、冒険者の賭け事はイカサマありきだと……」


 誘われたのはカードゲームであっという間にのめり込んだ。冒険者ギルドで得た金のほとんどが賭け事で消えた。一日一食なんてざらだった。冒険者たちの性処理係にされる一歩手前で、成金貴族に目を付けられた。


「……あれは人の皮を被った悪魔でしたねぇ」


 最初は自分の身を案じて親身に相談に乗ってくれて、おまけに美味しい食事にもありつけた。冒険者たちとの賭け事でのイカサマも教えてくれた。冒険者たちの借金で身を売る最悪の事態はなんとか回避できた。


「それが撒き餌とも知らず、私は……っ」


 ウルルスが居れば霧散するはずの昔の記憶が徐々に浮かび上がってくる。


 その成金貴族は自分に賭け事を辞めさせるためにと、最後の賭けを提案してきた。いくつかの書類にサインさせられ、立会人兼ディーラー進行で賭けが始まった。

 一進一退、でも自分の流れだとティアは思った。一気に勝負を決めると張ったチップは全額。それに驚いた成金はしぶしぶといった雰囲気で全額張った。運命の一戦、結果はティアは敗北だった。

 その時に自分は奴隷に落ちた。

 その時の絶望感は今でも夢にまで出てくる。飛び起きる事もある。


「相手に気付かれない最強手札の全交換なんて、ご主人様は息を吸うくらい簡単にやってのけましたねぇ」


 暗い記憶での一筋の光に自然と笑みが浮かぶ。


「いきなり屋敷に乱入して来て、私を買うとおしゃったんでしたっけ……」


 乱入してきたウルルスはサインされた書類をろくに見もせず全て破り捨てた。そのことでティアは強制のギアスが掛かってしまたのだが、この方が賭けが盛り上がると笑って一蹴した。


「……あの時は本気でご主人様を憎みましたねぇ」


 成金貴族からの提案は一回限りの白金貨十枚の大勝負。ディーラーから配られたウルルスの最初のカードはブタだった。ディーラーを制し、命の選択は自分ですると言うと自ら山札からの一回の全交換をして、ウルルスはカードを見もせず伏せるとコールを宣言した。

 成金貴族は勝ち誇った顔で三枚交換して同じくコールを宣言。結果はウルルスがロイヤルストレートフラッシュ。成金貴族はジョーカー含むキングのフォーカードだった。


「あの時の顔は傑作でしたねぇ」


 その後、ウルルスは成金貴族が二度とティアに近づかない事と賭けの事を公言しない事を条件に白金貨八枚を成金貴族に支払って契約者の変更を行った。その後ウルルスは残った二枚の白金貨で家を買い、家具と食器を選び、ティアを迎え入れた。


「何を考えているのか、分かりませんが……。私は手強いですよ?」


 それがティアのウルルスへの第一声だった。


「自分の事を自分で決められるようになるまで、君の自由意思を尊重する。ま、仕事はおいおい覚えればいい」


 そう言うと昼間から酒を飲み始めた。あ、ダメ人間だと最初は思った。小瓶に入った酒を銀貨三枚で買ってきた時は奴隷の身分も忘れて思いっきり殴ったものだ。


「命の洗濯には必要なんだよ」

「命の洗濯より、衣服の洗濯をして下さい」

「ふ~ん、君の衣服もかな?」

「当たり前です、私は洗濯の仕方が分からないのですよ?」


 冒険者の時は宿の洗濯サービスを受けていた。


「へぇ、異性に下着を洗われる事に抵抗が無い子には初めて会ったよ」


 薄く笑うウルルスに文句を言おうとして、


「洗濯の仕方を教えて下さい」


 ティアは頭を下げていた。異性に下着を洗われる羞恥は避けたかった。


「幸いにもこの家には古いが井戸がある。そこで教えるよ」

「お願いします、ご主人様」


 ウルルスの動きが一瞬止まった。


「どうかしましたか?」

「予想外の破壊力に驚いただけだよ」

「はぁ、そうですか…」


 洗濯物をかごに入れて古井戸までの道でティアは突然動悸に襲われた。それは、初めて間近嗅ぐ成熟した雄の匂い。胸がときめき、お腹の奥がきゅんとする感覚。


「どうした。具合でも悪いのか?」

「い、いえ」


 この頃からティアはウルルスの洗濯物を洗う前に思いっきり匂いを嗅ぐという習慣が出来た。匂いの強い衣服をこっそり盗んで自慰のおかずにしているのは絶対にバレてはいけない秘密だった。


 









 

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