第6話 よくある話

 親の借金で娘が売春宿に売られる。道端にでも落ちてそうな良くある話だ。


「ま、ティアも借金で奴隷になった訳だし、本当によくある話だよなぁ」


 白金貨八枚の値段が付く奴隷もそうそういないのだが、他に奴隷を買った事が無いので相場が分からない。


 ターゲットの暗殺者は売春宿に売られた娘の兄だったらしい。前金だけで妹が助けられるとしたら、契約違反を犯しても仕方がないのかもしれない。

 金ならいくらでも出す命だけは助けてくれ。これも良くある話で、大金を持ってこさせてサックと殺した方がお得ではないだろうかとウルルスは考えている。


「心が暗殺者に成りきれて無かった。これはギルド長の判断ミスだな、首が文字通り飛ぶかもしれん」


 金で心の天秤が動くような人間では職業殺人者にはなれない。入会試験を変えるべきなのかもしれないなぁ。とか、全く上に立つ気もないのに考えてみる。


「まあ、順当に行けば訳ありの男女二人で入っても問題ない宿って言えば連れ込み宿だよな」


 連れ込み宿は今でいうラブホテルの事だ。それなりに清潔で安くて防音がしっかりしている。宿を出ずに何日連泊しても不審に思われない。普通の宿で一度も外に出ない客は宿の者に怪しまれる。連れ込み宿ではそれがない。そもそも目的が違うからだ。


「一人で連れ込み宿に行く奴は変人だろうが……」


 これは持久戦になりそうな予感がする。男色家扱いされてもいいからギルドから応援を呼ぶか、適当な女を引っかけて連れ込み宿に潜入するかのどっちかだなと究極でもない問題に行きついて思わずため息が出る。いいから一人で行けよっていう心のツッコミは無視する。


「これは、難易度が高い任務だなぁ」


 前金が幾らで、売春宿に売られた妹の身請けに掛かったお金。今までの任務から受け取った金から生活費を引く、それで何日連れ込み宿に泊まれて、地元三に戻らずどこを目標に行動を開始するか。もしかしたら普通の宿に泊まってる可能性だってあるのだ、想像を巡らせるだけで疲れる。


「酒場に行こう。これはアルコールの力が必要だ」


 精神的に疲れて無性に酒が飲みたい。金欠でもなければやらない仕事である。ギルド長もこちらの懐事情を察して回してきた仕事だろう。もし、首が飛んでも心は痛まない。


「今度足元見て仕事寄こしたら首まで地面に埋めてニワトリに目玉突かせてやる」


 酒場に着くとカウンター席に座りエールを頼む。普段は蒸留酒しか飲まないが、一応仕事中である。心を軽くするのはいいが、思考を鈍らせるのは気が引けた。


「はぁ、エールでも飲まないとやってられんな」

「お客さん、仕事で何かあったかい?」


 思ったよりも気さくなマスターだ。客層も悪くない、混んでいるが、馬鹿騒ぎしているのは一組だけだった。


「まあ、そんなとこだ。上の命令で幾つか町を回らないといけない。まったく家で待ってるお姫様に悪い虫が付かないか気が気じゃないっていうのに」


「お客さんは家で女房のことをお姫さまって呼んでんのかい? ロマンチストだねぇ。俺にもあったなぁ、女房が可愛くてしかたなかった頃が」

「その言い草だと今は違うようだな」

「お客さん、女は子供を産む度に強くなるんだよ、うちのはもうアダマンタイト級だな」

「くくく、夜は仲良しで結構なこった」

「うるせえ、ぼったくるぞ」


 ウルススは手をひらひらさせるとエールをもう一杯頼んだ。


「美味いエールだな、水が良いのか?」

「ああ、それは新しくできた村の特産品だよ。湧き水で仕込んでいるらしい」

「へぇ、新しい村、ね……」


 思わぬ所でいい情報を得た。新しい村なら新参者も歓迎されるだろう。兄妹がこの話を知ったら向かうかもしれない。新しい村で新しい人生か……。


「その村の場所教えてもらえるか?」

「どうしてだ? 同業者には見えんが……」

「いや、美味いエールのある所には、美味いウイスキーがあるもんだろ?」

「そうか、新しいウイスキーがあるか調べにいくのか」

「寝かせてない新酒も飲んでみたいのが、酒飲みってものだろ?」

「はは、ちげえねぇ、今地図を書くよ待ってな」

「ああ、こっちはのんびりと飲ませてもらうよ」


 今回の仕事は案外楽かもしれないな、そう思うと自然と笑みが浮かんだ。

 

 

 

 

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