第36話
結局、そんな彼女の一言に心臓が跳ね上がるような感覚を覚えて目が冴えてしまった。
その横では、自分の寝言には全く気がつく様子もなく、スヤスヤと控えめな寝息を立てて凛ちゃんが眠っている。
吹き込んでくる風が、彼女の長い髪を少しだけ舞い上げるが、それはただでさえ上品な彼女を更に清らかに見せるものだった。
「……好きっていうのは、まぁ兄とかに近い親近感のようなものだよな」
何を焦っているのだろう。
変な誤解をするのも甚だしい。
そんな言葉を自分の心にぶつけてみるが、何故か心が落ち着いてくれない。
彼女の仕草や表情に揺り動かされる自分になにか不安に近いものを感じているのか。
そう考えてしまうとともに、妹から託された役割とは違う状況になっていないかという不安。
焦っているということは、不安になっているということで間違いない。
「滑稽というか……」
何度も繰り返すが、元はと言えば自分の勝手な粋がった言動によって繋がったこの関係性。
その関係性がやり取りや、こうして休日を共に過ごすというイベントなど、少し変化するだけで慌てふためいたり、悩んだりしている。
ちょっとこうして自分を振り返るだけで、失笑すらも出来ない程の無様さ、と言っていいだろう。
勝手に綱渡りをし始めて、風に煽られて騒いだり泣き喚いているというイメージ。
そんなことを考えていると、徐々に焦りが自分の無様さに対して萎えてしまうような気持ちに塗り潰されてきた。
「考えれば考えるほど複雑になってきた。この子へ誠実に向き合うことだけに集中しよう」
慌ただしく揺れ動く自分に、そう言い聞かせるしかなかった。
凛ちゃんが眠っている間、彼女が持ってきたノートなどを確認しながら、一時間ほど過ごした。
「ん……」
「あ、目が覚めた?」
「はい……。どれくらい寝てましたか?」
「一時間くらいかな?」
「そんなに寝ちゃってましたか……。すいません、せっかく来てもらったのに」
「いやいや。休日は休むものだし、俺がいることで休まらなかったってことにならなくてほっとしてしてる」
何かと俺がいることで、気を張ることもあるだろうしな。
妹のような同性で同い年の友達といるのとは、話が違う。
いくらある程度二人でいる時間が増えてきたとはいえ、休みにこうした形で会うのは初めてなので気を張ってしまってもおかしくない。
来週も学校は変わらずあるので、疲れを残してしまってもいけない。
「この後、どうしましょうか?」
「ノートを見る限り順調だし、今日の勉強はここまででいいんじゃない?」
課題や自己学習が順調過ぎるほど進んでいるので、切り上げて他愛もない話に花を咲かせた。
「高校ってすごいですね。男子から普通に下の名前で呼ばれたりするので、びっくりしてしまいました」
「確かに入学当時、俺もびっくりしたな。中学までは普通に名字呼びが当たり前だと思ってたからね」
「一ヶ月くらい経ちますけど、未だに慣れないですね。呼ばれるとビクッとしてしまいます」
「なかなか経験なかったことだから、そうなるよね。まぁ男子たちに悪気は無いから……」
高校に入って、変わったと感じることを凛ちゃんはよく話してくれるが、俺も入学当時に感じたことと似ていることも多い。
女子の名前をいきなり下の名前で呼ぶような男子なんて、皆下心丸出しだと思っていたりもしたが、シンプルに距離感が近いって言うパターンも珍しくもない。
俺なんて、未だに委員長のことを下の名前で呼ぼうだなんて考えたこともないが。
「……って考えたら、俺って凛ちゃんのこと普通に下の名前で呼んでるよな」
「今更ですか? むしろこんなに関わってて、名字呼びは寂しいのでそれでいいんですよ?」
「そう言ってくれるのは助かる」
「早紀も公認、今の高校の友達もお兄さんのこと公認なんですよ?」
「公認って何よ!?って、あのやけにフレンドリーなお友達だよね?」
「ですです。みんな優しくて。私はあんまり主張とか声を出すタイプじゃないので、みんなが色々とサポートしてくれるので感謝しかありません」
「凛ちゃんの友達って家の妹含め、活発的な子多いよね? 凛ちゃんが活発的じゃないとは言わないけど、何か見てて不思議な感じする」
「それ、先生とか両親からも言われるんですよね〜。早紀はまだ普通な感じですけど、高校で出来た友達については、両親はちょっと戸惑ってました」
まぁ確かに、結構パリピみたいな雰囲気漂ってたからな。
「まぁイメージと違うからね」
「あんな私と逆に感じられる雰囲気でも、私に合わせてくれるんです」
「うん。話しててみんな良い人なんだなっていうのはあの時のやり取りでもだいたい分かったよ」
「体育祭でもそうですけど、その次の宿泊合宿とかでも色々と一緒にやろうねって言ってくれてて、楽しみにしてるんです」
凛ちゃんは楽しそうに、今の高校生活について色んなことを話してくれた。
かつて交友関係に悩み、勉強関係で親との温度差もあり、親友である妹には不安や負担をかけさせまいと一人で抱え込んで辛そうにしていた。
あの頃に比べると別人のように明るく、次の出来事に期待を持って充実した生活を送っている。
「高校生活、充実してるみたいで良かった」
「はい! それも全部、お兄さんのおかげですからね?」
「いやいや、俺は話を聞くことや勉強を教えることしかしてないよ。今の凛ちゃんを取り巻く充実した環境は、凛ちゃん自身が築いたものだから」
学年が違う以上、サポート出来る事には限界がある。
俺の関われない問題は、彼女自身でコミュニティを広げて優しい友達を作って生活を送れている。
「それでも……。こうして私を前向きにしてくれたのはお兄さんですからね?」
「うーん……」
そんなことをした自覚はあまりないが、本人の目は何の迷いもないという感じである。
「そんなことをした記憶はないんだけどなぁ。間を取って、俺じゃなく妹のおかげってことにしとこうか」
「ふふっ。分かりました。そういう事にしておきます」
毎日のように話す機会が、彼女とはあるのに、こうして自然と話題が色々と出てくる。
こうして穏やかに話す時間は、俺にとっても心地の良い時間となった。
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