第35話

 しばらくすると、凛ちゃんが料理をお皿に乗せ始めた。


「そちらのテーブルでは食べにくいので、こちらのテーブルに並べますね。どうぞ、こちらの椅子にお掛けください」


 凛ちゃんに促されて、凛ちゃんが支度を行っている近くにある別のテーブルに着いた。

 テキパキと料理の乗ったお皿が、俺の目の前に並べられていく。 

 見ると、だし巻き卵や筑前煮などのメニューが並んでいる。

 この家に来てから、何が出てくるか常にビクビクしていて、料理もとんでもない高級肉とか出てきたらどうしようと思ったけど、それはなかったので少し安心した。

 ただ、ここにある料理全て素材が普通の物より良いという可能性だけは捨てきれないけど。


「お待たせしました!」


 炊き込みご飯、筑前煮、ナスの煮浸し、きんぴら、おひたし、味噌汁。

 理想的な和食ラインナップ。


「では、いただきます」

「はい、召し上がれ」


 妹が震え上がる料理をついに口にする。

 まずはだし巻き卵を口へと運ぶ。

 凛ちゃんの熱い視線を受けながら、しっかりと味わう。


「うま……」

「よかった……!」


 味が濃くないのに、出汁の味がはっきりと感じる。

 そして、綺麗な巻き方。

 まさに言うことがない完璧なクオリティだった。


「早紀と比べてどうですか?」

「あいつが意識する理由がわかったよ」


 正直、手際とかはそんなに変わらないと思う。

 ただ、この出汁の効かせ方などの繊細な部分をこれだけ再現されると、格が違うって感じるあいつの言い分もすごく分かった。

 うちの家では外食もほとんどしないし、濃い味のものを食べないので、味覚は相当敏感。

 その舌で、このクオリティの料理の味を知った後に自分の料理を食べて、その差がより大きく感じられたのだろうな。


「そんなに差があるって、お兄さんは感じますか?」

「正直に言うと感じるな」

「そうなんですね」


 他の料理一つ一つ、どれも出汁の繊細な味が効いている。

 果たして妹は、このレベルにいつか到達することが出来るのか。

 出来たら、もうあいつが全部料理やればいいと思う。


「こうして二人でご飯食べるのって、なにげに初めてになりますかね?」

「そうなるね。お菓子食べたりとか、買食いはしたけども、こうしてしっかりご飯食べるってことは無かったね」


 出会ってから二年以上経つが、こうして顔を合わせてご飯を食べることですら、先週が初めてだった。

 高校に入ってからも、昼休みはお互いの友人と昼ご飯を食べるしな。


「美味しそうに食べてくれるので、嬉しいです。そういうところ、早紀にすごく似てますよ」

「そう?」

「ええ。作って良かったなって、本当に思います」


 嬉しそうにそう言いながら、ずっと俺が料理を口に運ぶところを見ている。

 ちょっと落ち着かないけど、ご馳走された身として、しっかりと味わっているところを見てもらう。


「こういう人のために毎日ご飯が作れるのが、理想的なんでしょうねぇ……」

「心配しなくても、このクオリティなら誰でも美味しく食べると思うよ」


 このクオリティの料理が家で待ってて、外食を選ぶやつの思考が逆に知りたくなる。

 俺なら、上司からの飲みや外食の誘いを意地でも断って、家に直行するけどな。


「いつでも食べに来ていいですよ?」

「たまーにお願いしようかな。頻繁にお願いしたら、妹が泣いて家から出ていく可能性大だから」

「それは大変になっちゃいますね。では、時々でもいいので、来てくださいね」

「うん」


 そんな話をしながら、凛ちゃんが用意してくれた料理をきれいに完食した。


「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした。では、お片付けしますので、またゆっくりと休んでいてください」

「ごめんね、何もかも」

「いえいえ、いつもは私が何もかもお世話になってますから気にしないでください!」


 本当は洗い物くらいはやるよって言いたかったけど、お皿が良いやつにしか見えない。

 万が一のことを考えると相当怖いので、おとなしく凛ちゃんのお片付けを待つことにした。

 カチャカチャと、手際よく片付けを進める凛ちゃん。

 窓から春の程よい風が、リビングに入ってくる。


「お待たせしました」

「いやいや。何もかもありがとう」


 片付けを終えた凛ちゃんにお礼を言って、再び勉強やお話をしていたソファに二人揃って腰掛ける。

 お腹いっぱいご飯を食べて、心地よい風が流れてくるので、いい感じに眠気が来る。


「うう、お勉強するっていう気持ちにならないです……。」

「いいんじゃない? すごいペースで毎日やってるんだから、今日ぐらいはゆっくりしても」

「そ、そうですよね。今日はそうします」 

「じゃあ、こうしてゆっくりお話でもしよっか?」

「はい……」


 凛ちゃんの反応が弱いので、様子を見ると、まぶたがゆっくりと瞬きし、とても眠そうにしている。

 俺だけでなく、きっと凛ちゃんも俺を呼ぶとなって少なからず緊張はしていただろうし、料理までしてくれたのだから、疲れていてもおかしくない。


「寝ちゃったら?」

「だ、ダメです……。せっかく来てくれたのに……」

「また来るんだし、大丈夫だよ。寝ちゃいな」

「寝ている間に、帰ったりしないでくださいね……」

「そんなことしないから」


 俺がそう言うと、凛ちゃんは俺の腕を握って瞼を閉じた。

 そしてすぐにすうすうと寝息を立てて眠り始めた。

 そんな彼女の頭を、握られていない方の手で撫でてみた。


「本当に頑張り屋さんだよ」


 人一倍周りのことに気を遣う性格に加えて、解決し難い人間関係の悩みもあった。

 それでも擦り切れることなく、頑張って勉強を続けて、今は理想的な高校生になった。

 新しい友達にも恵まれて、そして変わらずにうちの妹とも仲がいい。

 これからもっと楽しい生活が、彼女を待っているに違いない。

 そしていつか気の合う男子と出会い、恋愛面も発展していくに違いない。


「良い人と出会いなよ……」


 きっと好きな人ができれば、俺のことなど気にもならなくなる。

 でも、それでいい。

 そもそも、混じり合うような関係性ではなかったのだから。

 色んな偶然と俺自身、何も考えずに勝手な考えだけで動いた結果、今がある。

 そして、こうして一緒にいる時間が長いほど、一つの恐怖の感情が増していく。

 妹と、そして何より彼女を傷つけるような結果になるのではないかと。

 だからこそ、俺はいつも肝に銘じていることがある。


「妹の友達を好きになるなんてありえない」


 俺が彼女にその感情を抱いた瞬間、全てがおかしくなっていく。

 いつ、そうなってしまうのか。

 彼女が色んな姿、表情を見せる度に何か激しく自分を揺り動かすものがある。

 そんな自分を律するように言い聞かせながら、一緒に過ごすこの時間。

 苦しく感じるわけではない。でも、気は抜けない。

 必ずいつかは終わると分かっているからこそ、すぐに終わって欲しくもない。


「何がどうなって欲しいのか、俺にも分かんねぇよ……」


 結局、どうなりたいのかも分からない。

 だからこそ、俺のやれることはただ一つしかないのだと思う。

 妹と、凛ちゃんに求められることを全力で尽くしていくことだけ。


「これからも、不器用ななりに頑張るからよろしくね」


 それだけを言って、俺もまぶたを閉じた――。


「お兄さん、好き……」

「!」


 瞼を咄嗟に開いて、凛ちゃんを見た。

 俺に寄りかかって、静かに彼女は眠り続けていた。





























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