第34話

 凛ちゃんと同じように、俺もカップを手にとって、紅茶に口をつけた。

 紅茶自体を飲むことがほとんど無いので、よく分からないことも多いが、飲みにくいイメージしかなかった。

 飲んでみると、意外といける。いいやつだったりするのかな?

 ってか妹のやつ、凛ちゃん宅へ遊びに来たときはこんなもてなしいつも受けてんのか?


「お口に合いますか?」

「うん、美味しいよ」

「良かったです。早紀は、ジュースがいいってよく言いますから、どうかと思いましたが」


 妹よ、流石に自由が過ぎるぞ。

 確かに常にジュースジュースって言ってるような気がする。

 せめて、その催促は家の中だけにして欲しい。


「ごめんね。やっぱり、ところどころで妹の至らない所があるね」

「いえいえ、そんな素直な早紀がいいんです。気を遣われると、仲の良さが長続きしませんから。言ってくれると対応しやすいですし、安心出来ますから」


 凛ちゃんからすれば、そう感じるのか。

 まぁ確かに、この環境と彼女自身の育ちの良さに合わせようとすると、ついていけなくなっていつの間にか疎遠になるってことありそうだ。

 そういうことを考えると、お互いに信用して突っ込んだ事が言い合える方がいいな。

 ……そこまで妹のやつ、考えてるのか??

 結果的にプラスに回っているので、気にしなくていいことではあるのだが。


「なのでお兄さんも、遠慮とか何か困ることがあったら遠慮なく言ってくださいね」

「うん。そう言ってくれるなら、そうする。あいつとは、お互いにいいところをリスペクトし合う仲だからな」

「はい、是非とも」


 しばらく雑談とともに、お茶の時間を楽しむ。


「妹が凛ちゃんを連れてきた時は、こんな事になるなんて思ってもなかったな」

「本当にそうですね。最初は、早紀とは全然違う感じの人だなって思いましたよ」

「確かに似てる要素あんまない」

「でも、こうして長期間見ていると、言葉にするにはなかなか難しいですけども、似てるなって雰囲気もありますよ?」

「う、嬉しくない……」

「あ、あれ?」


 確かに何でも出来るし、友達はたくさんいるし、可愛いのは認める。

 でも、妹みたいになりたいとは思わないし、似ているとはなんかよく分からないけど、嬉しくない。


「この辺りが、歳が近い兄妹ってとこなんかなぁ?」

「とは言いつつも、私が知るどこの兄妹よりも仲がよいですよ?」

「それは嬉しいな」


 妹と仲が良いと、言われることは嬉しい。


「む、難しいですね。私は一人っ子なので、その辺りがよく分からなくて……」

「いや、俺も妹も大概変だから、わからなくて普通よ。俺は凛ちゃんを最初見た時、びっくりしかしなかったけどなぁ。とんでもなくすごい子を連れてきちゃったなって」

「びっくりした顔をしていたのは、覚えてますよ」

「まぁ、俺が関わるわけじゃないから大丈夫だって思ってたら、これだもんなぁ」

「何があるか分かりませんね? あ、ちょっと待っててくださいね」

「うん?」


 途中で何かを思い出したように、ソファから立ち上がって、二階へと上がっていった。

 しばらく待っていると、ゆっくりと何かを手にして下りてきた。


「せっかくうちに来て頂いていますし、持ち出しにくいものを見て頂きたいです!」

「持ち出しにくいもの?」

「受験シーズン近くなって、会えなくなった後にやった模試の結果と、高校入試の点数開示を記した用紙です」

「ほうほう、じゃあ見せてもらおうかな」


 凛ちゃんが見せてくれたのは、俺が見ることの無かった様々な模試や試験の結果。

 高校入試に近づく事に、成績は一歩ずつ良くなる上昇曲線。

 まさに理想的な結果を示していたが……。


「この所々にある書き込み、これは何?」


 申し分ない結果なのに、何やら「ここは〜ダメ!」とか「ここの正解に慢心しない!」とか色々書かれている。


「お兄さんに見せたら、こういうところは気を付けなよってきっと言われるだろうなぁって、想像しながら書きました! 戒めですね」

「な、なるほど?」


 確かに、書き込んでいるところの内容は間違ってはいないし、慢心しないためにもいいことだとは思うが……。


「ここが出来てるのは良いところ!とか、そういうプラスの内容の書き込みは何も無いね」

「……自分で自分を褒めるのは、難しいですね」

「まぁ確かにそうか……。俺も自分を肯定するのは苦手だわ」

「ですよね! なので……!」

「ん?」


 目をキラキラとさせて、何かを訴えかけている。

 最初は何なのかよく分からなかったが、すぐに意味を理解した。


「そういうことか! うん、良く出来ました」

「はい!」


 俺が称賛する言葉を送ると、嬉しそうに笑顔と声を弾ませた。


「でも、これくらいの成績なら、親御さんもさすがに褒めてくれたんじゃない?」

「……いえ。やっとまともになってきたなってくらいの反応でした」

「そっか、それは気にしないで。これだけ点数を上げるってことは、ほとんどの人が出来るわけじゃない。俺がそれは保証するから、自信持って」

「はい!」


 塾や家庭教師の宣伝で決り文句みたいに、短期間で○○校合格!とか○○点アップ!とか言うけど、現実そんな簡単なものではない。

 それこそ、いつも赤点取ってたやつが塾に入って平均点付近ぐらいなっても何点も大幅アップだし、○○校合格も何も、その塾以外の掛け持ちがある場合も多い。

 何か一つ変えただけで、大幅に現状が改善出来る人など、限られた優秀な人だけだと思っている。

 だからこそ、凛ちゃんはすごいのだ。


「改めて言うけど、本当に頑張ったし、今も頑張ってるよ」


 ここまで頑張った彼女を褒めることが出来るのは、模試の結果を知る親御さんと俺だけ。

 誰にも認められずに勉強を続ける事は、とても難しいし、孤独でしかない。

 俺だって形は違えど、遥輝や幸人に勉強を教えたりして、勉強に対する評価は十分なほどして貰っている。

 だからこそ、彼女のことを褒めることは止めたくない。


「じゃあ、現状を維持出来るように頑張りますね!」

「うん、無理はしない程度にね」


 こうしてしばらくお話をした後、褒めたことによってモチベーションが上がったようなので、お昼ご飯まで少し勉強をする。

 わざわざここに来てまで、今日は勉強しなくてもいいかとも思い始めていたが、凛ちゃんのやる気があるようなので、付き合う事にした。


「普段は自室で勉強?」

「今は自室ですね。成績が悪かった頃は、ここで勉強して親の監視が入ってました」

「なるほど……」


 凛ちゃんの親御さんは、はっきりと言って圧が強いなぁ。

 確かにサボり気質の人にはその方法が刺さるけど、凛ちゃんみたいに真面目で抱え込んでしまう子には悪手って感じがする。

 聞けば聞くほど、親御さんが怖いイメージ。

 俺がここにいることが知られたら、本気でどうなるかちょっと不安になってきたかも。

 妹なら、幾らか知っていることもあるかもしれないから、聞くのもあり。

 凛ちゃんに聞いたら何でも教えてくれるんだろうけど、辛いことを蒸し返すみたいになるのも嫌だしね。


「お兄さん、この確率の問題見てもらってもいいですか?」

「あいよ」


 やっていることは普段と変わらなくなってきたが、逆にその方が落ち着く。


「そういえば、さっきの見せたものではないですけも、お兄さんが書き込んでくれたノートとか、全部残していってます」

「え、邪魔にならない?」

「いつか必要になるんじゃないかなって思ってます。成績が伸びたとき、どうやって向き合ってやってきたかとか分かるような気がして」

「そっか。でもそうなると、これからも増え続けてとんでもない量になるな」

「いいんですそれで。それだけ自分が頑張ったものと、お兄さんの言葉が付いたものが蓄積してやっと初めて自分でも肯定する事が出来るような気がしますからね」

「じゃあ、これからも書き込みという落書きは頑張ってやろうかな?」

「あ、字は綺麗でなくてもいいので、筆圧低めで」

「分かりました……」


 楽しそうに笑う彼女を見て、俺も面白くなって笑ってしまった。

 多分、最初の方のノート見たら、俺の筆圧すごいんだろうなぁ。

 そんな思い出話をしながらも、きっちり凛ちゃんは課題を進めて、数学のテスト範囲予定の課題を今日で全て終わらせた。

 おそらく、この早さは誰にも負けてない。

 それどころか、まだ1ページも手を付けていないやつが半分以上いると思われる。

 それだけ、順調だということだ。


「問題集に、この後反復しといた方がいい問題はマーク付けといた。発展問題とか、難しいやつは余力があればでいいよ。定期には出ないから。模試無双したいなら、してもオッケー」

「ありがとうございます!」


 そんな話をしていると、近くの公民館から正午を知らせるサイレンが鳴り響いた。


「そろそろお昼にしましょうか。お腹空いてます?」

「食べ盛りなので、腹減ってます」

「分かりました。では、準備しますので、ゆっくりとくつろいでいてください」

「何か手伝わなくていいの? 一応、妹と家事とかしてるけど」


 まぁ、最近は何もしていないけども。


「今日はもてなしさせてください。いつもお世話になってますからね」

「じゃあ、お行儀良く待ってます」

「そうしてください。ちなみに早紀は、私がお昼ご飯を作ると言っていたことに対して、何か言っていましたか?」

「レベルの違いを知って、私の料理に萎えたら本気で泣くってマジなトーンで言ってた」

「早紀は、私の料理に過剰評価し過ぎなんですよねぇ……。そんなに差があるわけじゃないんですけど」


 何やら作りながら、そんなことを口にする。


「早紀が、あんなに意識してるのなんで?」

「私もよくわからないんですけど、バレンタインとかかな。チョコ交換する時、すっごく渋い顔しますからね。今じゃ逆にそれが面白いんですけどね」

「へー、それは知らなかった」


 そんな話をしながらも、いい匂いがだんだんと漂ってきた。

 早紀が認める凛ちゃんの料理。

 どんなものが食べられるのか期待しながら、正午の時間を過ごす。

































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