第33話
凛ちゃんと委員長が、知り合うことになるという出来事が起きたものの、その後は特に変わらない日々が続いた。
ちなみに二人は、まだ連絡先を交換するまでには至っていないが、学校内で会った時はお互いに挨拶をする仲になったとのことだ。
この一週間というか、あの一日だけで凛ちゃんの交友関係について、色んなものを見たような気がする。
凛ちゃんの交友関係が良好な事が分かって嬉しかったけど、凛ちゃんからはあの後、委員長との事について色々と聞かれた。
……連絡先交換して直接聞くほうが早いけどなぁ。
とは言っても、二人とも結構奥手なので、もう少し関わる機会が無いと、すぐに連絡先交換とまではいかないか。
個人的にも、美人同士の先輩後輩は眼福であることは間違いないので、是非とも仲良くなってもらいたい。
そんな俺にとって、少し大きめの環境の変化が起きた今週の学校生活が終わって、遂に週末に突入した。
つまり、凛ちゃん宅へお邪魔する時が遂に来たのである。
妹には、「まさかのスケジュール変更だ!」と大袈裟げに言ったが、どっちにしてもいつかは行くことになるんだから落ち着けって言われた。意外に冷静だった。
ただ、凛ちゃんの作るご飯を二回も食べる予定になったことに対しては、恨めしそうにしていたけど。
予定の日の朝。いつもよりも早く目が覚めた。
休みの日なら、親や妹に起こされない限りは確実に九時以降に目が覚めるのに、今日は学校に行くときよりも早い六時には起きた。
休みの日にこんなに早くから起きている家族は、誰もいない。
朝日の差し込むリビングを横切って、まずは洗面台に向かい、顔を洗って歯を磨く。
いつもよりも時間が早いし、早いからといって特に何かすることもないので、歯磨きを無駄に長く行った。
凛ちゃんとは、いつも下校時に別れる分かれ道のところに九時半に待ち合わせ。
徒歩で行ったとしても、九時過ぎに家に出れば十分間に合う。
「今寝直したら、絶対に遅刻だもんな……」
今日の待ち合わせで遅刻なんかしたら、人として終わってる。
どんな時も遅刻はだめだが、今日は特に凛ちゃんがこの時間に合わせて、準備してくれているわけだからな。
というか、仮に寝直そうとしてしも、今の感じだと寝られる気もしないけど。
「……」
フラフラとした足取りで、リビングにある椅子に腰掛ける。
テレビをつけることもなく、朝日で明るい外の景色をボッーと眺める。
「うーん、早く起きちゃった……ってえっ!?」
「おはよう」
「おはよう……じゃないよ! びっくりするじゃん、電気もテレビもつけないで!」
妹が目をこすりながら、リビングに入ってきた。
そんなところに、リビングで静かに椅子に腰掛けて何もしていない男の姿を見て、びっくりしたらしい。
「外の景色を眺めてた。最近は夜明けが早いからいいな」
「何言ってんの? まぁ、凛との待ち合わせがあるだろうし、寝坊とかよりはいいけど。朝ご飯の準備するけど、食べるなら一緒に作ってあげるけど?」
「お願いします」
妹が手際よく朝ご飯の準備を始める。
俺はリビングに電気をつけて、テレビにも電源を入れる。
いつもとは少し違う、週末だけやっている朝の情報番組が流れ出す。
「あい、朝ご飯。どうせ凛のところでご馳走になるんだから、軽めにしときな」
「あざす」
トーストとサラダとヨーグルトを、テキパキと俺の目の前に出す妹。
妹は、俺のメニューに加えて、ソーセージ付き。
「「いただきます」」
特に料理という料理ではないが、こうして用意してくれる妹に感謝。
朝ごはんを食べると、徐々に頭にスイッチが入ってきた。
自室に戻って、リュックに今日使う予定の勉強道具を入れて準備を行う。
「遊び道具……。要らないかな?」
トランプかウノでも持っていこうかと思ったが、いつまで滞在するかも分からないので、悩みどころ。
あんまりリュックにいっぱいに詰め込んでも、重い上にみっともないので、遊び道具の持ち込みはやめることをした。
時間があれば、いつもどおり雑談すればいい。
「今度は服……。何着ればいいんだ?」
私服は何を着ればいいか、分からない。
凛ちゃんと会うときって、制服のときばかり。
「兄さん、そろそろ準備できた? 手土産用のお菓子用意してるから、持っていって……」
「ちょうどいい時に来たな、何着ていけばいい?」
「は? そんなん知るか。適当なもので良くない?」
「いやいや、凛ちゃんの家に行くんだぞ? それにいっつも制服だったし」
「いや、先週ショッピングセンターで私服で会っただろうが。ってか何? 今、兄さんが持ってる服って全部汚いわけ?」
「そんなわけねぇだろ。全部洗濯しとるわ」
「なら何でもいいだろ! 相手の家を汚さず、破れてたりしてなきゃ何でもいいわ! 早くしろ!」
「冷てえ……」
頼りにしようとした相手にきつく突き放されたので、取り敢えずいつも着ている服を選択した。
そんなことをしていると、もう九時前になっている。
「少し早いけど、もう行くわ」
「あい、それくらいがちょうどいいよ。くれぐれも変なことはしないよーに」
リビングのテーブルに、妹が置いてくれた凛ちゃんへの手土産を手に取って家から出る。
徒歩でゆっくりと、休日の通学路を進む。
春のちょうどよい気候を感じながら、歩みをすすめると分かれ道が見えてきた。
「ん?」
そんな見えてきた分かれ道に一人、女性が立っている。
「あ、お兄さん!」
こちらに顔が向くと、俺がいることに気がついたのか手を振ってきた。
まだ待ち合わせ時間には15分ほどあるのだが、凛ちゃんは待っていた。
「随分と、早いな」
「お兄さんなら、早めに来るかと思いまして」
ニコニコと笑う凛ちゃんも、私服姿。
先週も私服だったが、今日は白のワンピースで上品さが凛ちゃんの整った雰囲気にすごく合っている。
この気候の程よい風が、ワンピースをなびかせて、これ以上とない絵になっている。
「じゃあ、行こうか」
「はい! そんなに遠くありませんが、少し上り坂になります」
ゆっくりと凛ちゃんに続いて、歩く。
言われたとおり、段々と登道になってきた。
歩きだとまだ何とかなるといった感じだが、自転車だとなかなかに俺でも大変な道。
「凛ちゃん、この道登るの厳しくない?」
「大変ですね、なので大体ゆっくり押して帰ってますよ」
「だよね、俺でもきついわ」
毎日登ろうとすれば、慣れてきて登れるようになるのかもしれないけど、凛ちゃんの足が筋肉質になってしまうな。
「ここです」
「で、でかい……」
しばらく登ったあと、一際大きな家の前で立ち止まって凛ちゃんが自宅であることを告げた。
白ベースの大きな家。
俺の家と比べると、ちょっと恥ずかしくなるくらい大きいのだが。
育ちの良さは十分に見てきたので、そこそこお金持ちのお嬢様かもしれないとは思っていたけど、本物だった。
それだけでなく、立地条件も最高。
小高い丘で俺たちの地域が、一望することが出来るほどの絶景。
「では、どうぞお入りください!」
「お邪魔します……」
家の中は、シーンとして静まり返っている。
それでも、どこかの扉から凛ちゃんの家族がひょっこりと出てくるのではないかと思ってしまう。
「心配しなくても、本当に誰もいませんからね?」
「そうだよな、そう言ってたもんね」
俺が落ち着かなくキョロキョロしているからか、笑いながらそう言われてしまった。
綺麗な絨毯と床。俺の靴下で汚さないかどうかすごく不安。
「こっちです!」
「はいよ」
凛ちゃんに案内されて、多くの扉の一つを開けて中に入る。
とてつもない広さのリビングルームに、招待された。
いかにも高級そうなソファやテーブルなどの家具に、テレビもサイズがおかしい。
……俺の家に来てどんなこと思ってたのか、段々と不安になってきた。
「あ、これ手土産。大したものじゃないけど」
「ありがとうございます!」
忘れないうちに手土産を渡した。
この手土産も、凛ちゃんからしたら……ってなりそうで不安。
「まま、まずは荷物を下ろしてくださいな!」
「そ、そうだな」
そういえば、ずっとリュック背負っているんだった。
なんか色んな不安要素に駆られ始めて、重さを感じていなかった。
促されて、リュックを家具に傷つけないようにそっと置いた。
「まぁまずは、ソファにお座りください。お茶入れますから! このお菓子も開けていいですか?」
「そんな気を遣わなくても。お菓子は遠慮なく開けてもらって」
「はーい」
お湯を沸かしながら、高級そうなカップを出して準備をする凛ちゃん。
カップを割らないか心配。紙コップのありがたさがよく分かる。
「紅茶、大丈夫ですか?」
「うん」
確認をとってもらった後、ゆっくりとパックの入ったカップにお湯を注いでいく。
お皿にお菓子を丁寧に並べて、お盆にすべてを載せて俺の座る目の前のテーブルに置いた。
「ありがとう」
「いえいえ」
凛ちゃんも俺の隣に座った。
いつもと同じように真横で近い距離。
「ふふ、落ち着かないっていう顔してますね」
「初めてだからな……。あと正直に言うと、俺の家と環境が違いすぎる」
「落ち着かないお兄さん、久々に見ました。最初の頃もちょっとありましたけど、あの時とはまた違って100%落ち着かないって顔、可愛いですよ」
「茶化さないでよ……」
「心配しなくても、とって食べたりなんかしませんよ?」
凛ちゃんが、いつも以上に生き生きしている。
やっぱりホームとかアウェーとかって、結構な影響があるような気がする。
「ま、お兄さんにとっては、食べられた方がいいんですかね?」
「なんでそうなる!?」
「だって、いかがわしい妄想を勝手にしてたじゃないですか」
「そ、それは忘れてほしい……」
最初は関係性的に、そういう意味でまずい展開だとしか思わなかった。
それをすぐに見抜かれて、若干いじられるネタになっている。
凛ちゃんの中だけでいじってくれるならいいが、妹の前で言われたら、本気で去勢させられそう。
「まま、今日はゆっくりしてください」
「うん」
俺の返事にまたニコッと笑うと、カップを手にとって紅茶を口にする。
その紅茶を飲む姿も、とても絵になっているなと自然と見惚れてしまった。
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