第32話

 妹の所持している漫画を読み漁った次の日、また変わらぬ一日がスタートする。

 大惨事に終わった小テストで、毎日のように繰り広げられていたテストの連続は、ひとまず落ち着いてくれた。

 なお、多くの人が参加させられた補講については、したところで何も分からなかったと二人から聞いた。まぁ予想通りって感じだけど。

 小テストをやりすぎて、いつでもその体制ができている事もあって、無いとすごく楽に感じる。

 ただ授業を受けて終わりということが、なんて素晴らしい事なんだと感動せざるを得ない。

 そんないい感じにリラックスした状態で休み時間を過ごしていると、委員長が近づいて来た。


「今日の放課後、集まる予定になったみたい。予定大丈夫だよね?」

「俺は大丈夫だけど、随分と早く他のクラスも全部決まるんだな」

「まぁ、たまたまうまくみんな予定を組めたって感じなのかな? 休み近くなると、みんなバタバタするからさっさとやろうぜって話になったみたい」

「了解。集合場所の教室とか分かる?」

「うん、さっき聞いた」

「じゃあ、委員長に付いていくってことで」


 昨日の話から、凛ちゃんのクラスはまだ決まってなかったから、今日決める時に早速集まらないといけないことは聞いてそうだけど、一応放課後あるからって一言入れておくべきか。


「ってか、凛ちゃんのクラスどこか全然聞いてねぇな……」


 放課後以外に凛ちゃんに会うことは無いし、彼女以外の一年生は特に知っている人がいない。

 だから「何組の〜さんが」みたいな話も無かったから、凛ちゃんのクラスを聞くこともなかったな。

 ……うちの担任みたいなやつだったら、悪い意味で話題にもなったかもしれないけど、まぁ普通はいないわな。


「地道に探すしかないか……」


 あんまり一年生の教室の前で、ウロウロと不審者行動をするのは気が進まないが、さすがに一言もないのは気が引ける。

 この休み時間を使って、一年生の教室ゾーンを見て回って何とか見つけて、一言声をかけることにした。


「凛ちゃんは迷いなく会いに来てくれたのに対して、俺はこの雑さ……。無いな」


 廊下を歩きながら、そんなふうに思った。

 散々探すのにまごついても、「私のクラス、知らなかったんですか!?」って非難されるならまだいいけど、多分「大丈夫ですよ」って笑顔で言われるんだろうなぁ、辛い。

 妹みたいにあからさまにダメとか、非難してくれる方が気が楽かもしれない。

 まぁ家族にはどんな対応されても、他人に比べたら楽に決まってるか。

 自分達の教室がある二階から、一年生の教室が並ぶ一階に降りる。

 休み時間ということもあって、廊下で話す人、お手洗いの人などでごった返している。


「これ、お手洗い行ってたら絶対に見つからないけど……。取り敢えず探してみるか」


 廊下にいる生徒のことも見ながら、一つずつ開放されている窓から、教室の中を確認する。

 いれば、見間違えるような顔ではないが――。


「ん?」


 ちょんちょん、と軽く背中を突かれるような感じがして振り返った。


「どうかしましたか?」


 そこには、いつもの凛ちゃんがいた。


「お、いたいた。クラスどこか聞いてなくて、見つかるか不安だったけど、見つけてくれてありがとう」

「そんな事だろうと思いましたよ。もうちょっと私の事を知ってくれてもいいと思いますけどね?」

「返す言葉もありません……」


 と、言いつつも、非難してくれてちょっと嬉しい俺がいる。


「わざわざ会いに来たとのことですけど、何かありました?」

「今日、役員の集まりあるらしい。多分、このあと凛ちゃんのクラスでも決める時に話が出るとは思ったけど、一応報告」

「わざわざありがとうございます! 私も役員になれれば放課後会えるんですけど、なれなかった時はどうしましょうか?」

「なれたかなれなかったかは、集まりの時に分かるから、いつも通りの場所で待っててくれてもいいし、そのまま帰ってもいいよ」

「じゃあいなかった時は、いつもの場所に用事が終わったら来てくれますか?」

「ん、了解。じゃあ、そろそろ人目も気になるから戻るわ」


 なかなかの人混みで話しているし、凛ちゃんが相手だと結構な注目度を当然だが、集まる。


「はい! あ、ちゃんとクラス覚えててください。お兄さんと同じ二組ですからね?」

「ちゃんと覚えておく」

「あれ、凛ちゃん!? その人は……もしかして彼氏!?」


 話が終わる直前で、おそらく凛ちゃんの友達であろう人が集まってきた。

 ……なんか妹に近いタイプに感じる。早めに逃げたいな。


「違うよ。仲のいい友達のお兄さん。その友達は違う学校に行っちゃったから、色々面倒見てくれてるの」

「へぇー、そうなんだ! お疲れっす、先輩!」

「なかなか元気な後輩だな、頑張れよ」

「うぃっす! 凛ちゃんのこともよろしくです」

「君たちもな」


 駄目だ、ちょっとやり取りしただけでしんどい。

 妹よりもハイテンションのガンガンの陽キャだ。

 ……凛ちゃん、意外とああいう子達との相性がいいのかな?

 でも、凛ちゃんにも友達が出来て、楽しくやれている様子が見れて嬉しくもなった。

 教室に戻ってくると、ホッと息をつく暇もなく授業開始のチャイムが鳴る。

 小テストが落ち着いているタイミングで良かった。



 いつもよりも緩めの授業をきっちりと六時間受けて、放課後になった。


「よっしゃ。じゃあ、斗真行こ!」

「よし」


 スタイリッシュなリュックを背負った委員長の後ろについて、集合場所へと向かう。

 三階に上がって、三年生の教室の隣ある特別室に、委員長は迷いなく突撃した。


「お邪魔しまーす」

「あら、結花早いね。流石と言ったところかな?」

「やだなー、会長。嫌味みたいに聞こえますよ」

「いやいや、そんなことないよ」


 特別室に入ると、すでに教卓の前にはうちの高校の生徒会長である田上瑠奈が集まりの準備をしていた。

 眼鏡をかけてキリッとした清楚な女性が、うちの生徒会長である。

 正直言って、委員長とは真逆の雰囲気と言ってもいい。


「本当かなぁ?」

「本当ですよ。これで私が会長を終えると同時に、あなたが生徒会長に就任していただければ、完璧ですけどね?」

「やめてよー、ただでさえいろんな教師から面倒なやつって認識持たれてるのにー」

「それも踏まえてよ。それにすごーくあなたのことを信頼している人もいるでしょ?」

「それは言わないで……。先日そういうことがあったばっかりだから! ってか絶対にいじってるでしょ!」

「まぁ、そうだね」


 ……意外と見た目の雰囲気に対して、ライトな感じだな。逆に親近感湧いていい感じだけど。

 話してる感じ、委員長も結構信用している感じなのかな?


「あ、ごめんなさい。二人で盛り上がってしまって。生徒会長の田上です。今回、二年二組の役員はお二人ということなのですね?」

「そういうこっとー! 斗真は頼りになるから、今回は安心よ!」

「へぇ、男子をそんなに押すって珍しいね。これで生徒会選挙の応援演説してくれる人も確定? 異性からの推薦はなかなか出来ないから、あると面白いよー?」

「だから出ないって!」


 随分とこの生徒会長、委員長を後釜にしたがるな。

 それだけ委員長のスペックが分かってるって事なんだろうな。


「全クラス集まるまで、座ってゆっくり待っててください」

「なんか準備あるなら手伝うよ?」

「ううん。今日は顔合わせとかで、大したことしないから大丈夫。色々疲れてんだから、休んどきな」


 生徒会長に促されて、自分たちのクラスに割り当てられている席に座る。


「すごく仲良いんだな」

「うん。色々なところで一緒になるからね、学級委員と生徒会。最初は絶対に合わないと思ってたけどね」

「同じく。でも、意外と繊細なとこもあって可愛いなって思い始めたら仲良くなれたね」

「斗真同様に、話しにくいことを話せる頼りになる先輩なんだ。ただ、生徒会へ入れってうるさいけど」

「そりゃ結花みたいな子貴重だからね。欲しいに決まってる」

「学級委員から開放されたら、次は生徒会か。まぁ頑張れ」

「斗真まで!? 否定してよ!」


 残念だが、こういうことは大体なるべき人がそのまま周りに押し上げられてなっていくもの。

 委員長はまさにその流れに巻き込まれている。

 俺はそれを静かに見守ることにしよう。

 そんな話をしていると、段々と生徒たちが集まってきた。

 俺達だけだと、それなりに話も出来るが、知らない人が席に付き始めるとみんな静かになり、全員集まるまでそのまま待った。

 十分もすると、ほとんどのクラスが集まってきた。

 空いている席は前列の一年生のクラスがあと一つ。


「あとは一年二組だけ……ですかね。そろそろ来るかな?」


 やがて静かな教室に、廊下から走ってくる二つの足音が聞こえてくる。


「申し訳ありません。場所に迷っちゃって、遅くなりました」


 入ってきて、遅くなったことに対する詫びをいれたのは凛ちゃんだった。

 何とか彼女の希望通り、役員になれたようだ。


「いえいえ、お構いなく。一年生はこんなとこ来ないもんね。そこの席にお座りください」


 文句を言うこともなく、生徒会長は笑顔で指定の席へ促した。

 息を切らしながら、席につく凛ちゃんと男子生徒。


「あの子、前に斗真に会いに来た子じゃない?」

「そうそう。やれるならやってみたいって言ってたけど、なれたみたいだな」

「大人しそうな子だけど、活発的なの?」

「うーん、今回は興味が湧いたって言ってた。でも、友達が活発的な子が多いみたいだから、案外そうなのかも」


 そんな話を小声で挟みつつ、生徒会長が話を進めていくのを聞く。

 先程言ったように、全体として何をする事になるのかということや、開催前の準備だけでなく本番中の対応などの説明も行われた。

 話としては、20分程度。


「役割分担や、準備活動などはテスト終了後に本格的に行います。おそらくテスト後まで集まることはありませんが、役員であることを忘れないようお願いします。では、各氏名を記入した用紙を提出したクラスから解散とします。お疲れ様でした」


 昨日、委員長が機嫌を悪くしながら書いた用紙を提出して廊下に出た。


「んー! とりま落ち着いたー!」

「これから部活?」

「うん。思ったよりも早く終わったし、今から行こうかな」


 そんな話をしていると、凛ちゃんたちも廊下に出てきた。


「お疲れ様」

「お、お疲れ様です……。迷っちゃって流石に焦りました」

「そりゃ焦るわな。まぁ大して遅れてるわけじゃなかったから、気にしなくていいと思うよ」

「そうそう! 気にしないの!」

「こ、こちらの方は……?」


 俺と凛ちゃんの話に、委員長も入ってきた。

 そのことにびっくりした凛ちゃんが、ちょっと声を小さくしながら尋ねてきた。


「うちのクラスの学級委員。パーフェクトウーマンってやつ」

「斗真と仲良くしてる、三上結花って言いますー! よろしくね!」

「よ、よろしくお願いします……。し、下の方で呼ばれるんですね」

「まぁ、友達だから!」

「とは言っても、本格的に仲良くなりだしたのは三週間前ぐらいだけど」

「な、仲の良さに時間など関係ない!」


 痛いところを突かれたとばかりに言い淀んだが、勢いで押し切ってきた。

 そんなやり取りを、凛ちゃんがぼーっと見ている。


「委員長の勢いに圧倒されてしまっとるな」

「あちゃー、びっくりさせちゃった?」

「い、いえ……。そんなにお二人って仲が良いんですか?」


 勢いに押されながらも、凛ちゃんも委員長に質問をぶつけた。


「んとね、他の男子より気遣いが出来るからね! 助かってる!」

「ってか、普通に恋愛感情かけてこないから気楽だって言うのが一番だろ」

「まぁそういうことなんだけど……。初対面の女の子相手に『私モテるから〜』みたいなこと言えるわけ無いじゃん! ……って自分でもう言っちゃったわ!」

「どういうことです??」

「何するにしても、気が付いたら恋愛関係に巻き込まれてうんざりしてるのよ、この人。見た目の割にめちゃくちゃ繊細だから。で、そういう危険性の無い俺に目をつけたらしいよ」

「かっこいい先輩アピールしようと思ったのに、余計なこと言うなよ! ……実は、ちょっと恋愛には恥ずかしながらものすごく懲りておりまして。こんな見た目でそんなこと言っててカッコよくなくてごめんなさい」

「い、いえ。十分かっこいいと思いますけども……!」

「おお、なんていい子だ……!」

「私、部活してなくて話せる女先輩いないので、良かったら仲良くしてください、三上先輩」

「か、可愛い……! もちろん仲良くする!」


 ペコリと頭を下げた凛ちゃんに、委員長はギューっとハグをした。


「とことん頼るがいいぞ、後輩よ。そこにいる男より何倍も頼りになるぞ!」

「助けてもらってると感じている相手に、その言い方無いだろ」

「聞いてください、三上先輩。あの人ってば、今日まで私が何組か知らなかったんですよ?」

「えー? あり得ないよね、もう一ヶ月くらい経つのに!」


 まずい、凛ちゃんが他に頼れる先輩を確保して俺がアウェーになってしまった。

 それも、俺たちの学年で一番頼りになる相手。

 今後比べられたら、どうしようもなくなりそう。

 でも、部活をしない凛ちゃんにとって、同性の先輩がいないことは俺も気になっていた。

 もし、委員長と凛ちゃんが仲良くなってくれたら、とても頼りになるのでないかと思った。




























  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る