第31話

 その後、しばらくお互いに今やるべき課題を消化するいつもの時間が流れる。

 俺の場合は、珍しく文系科目に課題に追われている。

 理系と言っても、文系科目が絶滅するわけではなく、普通に授業はあるし、古文や漢文を中心に提出物もそこそこ出る。

 個人的には、三国志についてはとても好きなので、全部話のネタがそれだったらいいのにとか思いながら、やっている。

「泣いて馬謖を斬る」っていう諸葛孔明が泣いた理由って、馬謖を可愛がっていたこともあるんだけど、劉備が死ぬ前に「馬謖は、絶対に大事時には使うんじゃない」って言われたのに、思い出せずに使ってしまったことに対する己の愚かさを呪った涙だったらしい。

 言葉本来の意味と、意外と違ったり要素があったりすることもあって、面白いこともある。

 そういう話が模試とかで出たら、間違いなく無双出来るんだけどなぁ。


「漢文ですか?」

「うん。理系選択しても、ずっと付いて回るね。どうせ共通試験でやることになるから、仕方ないちゃ仕方ないけどね」

「難しいですけど、その分綺麗に意味が分かると、楽しいですよね!」

「そうなんだよなぁ〜」


 漢文で知らない時代の話でも、必死に内容に食らいついて読んでいると、分かったときは達成感からか、内容に対する面白さが何故か飛躍的に上がる。

 あの現象に、誰か名前を付けてほしい。


「私は古文の方が好きですね! なんか切ない恋愛のお話とか多いですからね」

「確かにね。俺の場合、記憶に刻まれているのは、好きになった相手が美少女だと思ってたら男だった、みたいな話があって面白かったね」

「そういうのもあるんですね。私は、身分差とか今で言うすれ違いみたいなのが好きですね!」


 結局、その後も話が弾んで、帰る時間まで話し続けてしまったが、たまにはこういう時間も悪くない。

 そのまま帰る時間になったので、教室の施錠をしてお互いに駐めている自転車を取りに行く。

 校庭を歩くと、運動系部員の掛け声や吹奏楽部や軽音楽部の演奏しているであろう音が、聞こえる。


(委員長、楽しく部活で今日の嫌なことからリフレッシュしてくれたらいいけど)


 俺の行動次第で、委員長にしわ寄せが来る可能性しかないことも分かった。

 逆に考えると、きっちりやれば必然的に、委員長の負担が減ると考えられる。

 引き受けた限りは、責任持って任務を遂行する。

 その事を改めて肝に銘じて、学校をあとにした。


 ※※※


 帰り道は何か特別なことが起きることもなく、いつも通りの道を通って、いつもの通りの分かれ道で凛ちゃんと別れて家に帰ってきた。


「ただいまー」

「……」


 俺の帰宅の声に、いつも反応するやつの声が返ってこない。

 その代わりではないが、家の中はカレーの匂いがすでに漂っている。

 リビングに入ると、ソファでくつろぎながら漫画を読みふける妹がいた。


「あ、帰ってきたのね。おかえり」

「さっき、ただいまって……」

「ごめん、聞こえなかったんだって。だからそんな悲しそうな顔をするな」


 遂に兄の事をうっとおしく思い始めたのかと、ものすごい不安に駆られたが、どうやら違うらしい。


「夢中で読んでんな。何読んでんの?」

「最近ドラマ化して有名になったやつー。知らない?」

「ドラマ見ないからなー……」

「原作が漫画っていうドラマが最近多いから、見て面白かったらこうして買ったり借りたりして読んじゃうんだよね」


 そういう妹の横には、山積みの漫画が置かれている。

 そしてしっかり、お菓子とジュースも手元にある。

 完全にリラックスムードになっている。


「今日はカレーだったから、パパっと作れたしね。空いた時間はこうしてのんびりするー」

「いいけど、父さんや母さんが帰ってくる前には片付けとかないと、流石にこれは怒られるぞ」

「それはもちろん! 片付けする時間とかも考えて、私が気が付かなかったら声掛けと片付け一緒によろしくー」

「何でそうなる……」

「可愛い妹が、あのこわーい更年期お母さんに怒られるのは可哀想だとは思わないの!?」

「むしろ一回怒られた方がいいのでは?」


 妹のお口の悪さには定期的に頭を抱えてしまうが、実際のところ、母親はおそらく更年期で些細なことにものすごい剣幕で怒る。

 それが正直なところ、妹に相当なストレスを与えていることは間違いない。

 女として、どうのこうのって話をされる時の妹の顔は、他人に見せられないからな。

 いない時に、こうしてストレス発散するのはありかもしれない。ただでさえ、必死に家事もする上にグレたりせずにいるのだから。


「お願い! ここにある漫画一緒に読んでいいから!」

「読んでいいも何も、一作品だけじゃなくて?」

「ううん。色んな曜日でドラマはしてるから、好きなやつ集めたら何作品かあったよ」

「ほー。今、お前が読んでるやつは?」

「ふっふっふ。禁断の恋ってやつよ! お嬢様がヤンキー男子に恋しちゃうやつ!」

「一昔前のノリじゃね?」

「あー!バカにしたな? しかし、いいんだなこれが!」

「頼むから、漫画で読んで憧れるだけにしてくれよ?」


 少女漫画なのか、可愛らしい女の子とカッコいい金髪青年が載っている。

 確かに表紙絵だけで、身分差というか、普段接することのない同士の恋愛ってすぐに分かる。


「平安時代から変わってねぇな、人って」

「は?」


 妹には当然なんのことかよく分からないだろうが、凛ちゃんとの古文・漢文の話からそんなことを感じた。


「他の作品は?」

「これも王道よ! 幼馴染との恋! いいよねぇ、何でも理解して受け止めてもらえるって」

「確かに王道で、いつの時代も人気だな」

「いいよねぇ、こんな幼馴染いたら幸せだろうなぁ」

「訂正してやろう。こんな“イケメンな”幼馴染がいたら幸せだろうなぁ」

「うるさーい! 幼馴染すらいないやつに、夢を壊されてたまるかー!」


 幼馴染も、カッコよかったり可愛かったりすることで、魅力が増す。

 そしてそんな幼馴染を、誰よりも知っているということが、更なる魅力を呼んでくれるわけだが。

 これがもし仮に、大してイケメンでもない幼馴染とイケメン男子と同時に求められたら、絶対にイケメンに行くだろ。

 ってこれ以上言うと、妹は怒るだろうから言わない。


「そんな冷めたこと言うやつは、もう一つあるこの作品を読め!」

「これは?」

「いいぞ、これは! 学校で大して接点が無かった二人が、ヒロインが辛い思いを一人で抱え込んでいるのを唯一主人公が見つけて、そっと誰にも気が付かれないようにサポートを重ねていくことで、お互いに惹かれていく話だ! これこそ青春よ!」

「ふーん」

「ふーん……じゃない! ここに座ってまずは読め!」


 ソファをバシバシと叩いて、座るように促される。

 読むなら、まず着替えて落ち着いてから読みたいのだが、素直に座って漫画を手にとった。

 読んでみると、様々な問題に直面し、苦しんでいるが、一人で必死に抱え込んでいる女の子。

 そして、偶然にもそれがわかってしまった青年。

 お互いの人間関係に気を遣いながら、バレないように少しずつサポートして、明るい日常を取り戻していく。

 その中で、段々と本来の二人の性格が表れるようになることで、お互いに惹かれていく。

 でも、バレないように過ごす二人は、お互いに関係性を発展させるために踏み込むという事に戸惑いを感じながらも、少しずつ歩み寄っていく。

 そんなもどかしさと、甘い二人だけの空間を楽しむ話。


「……幻想だな」


 一巻目を読んだ時点で、出た感想はそれだけしかなかった。


「えー、それもだめ?」

「いや、創作物としてはどれもすごくいい。でも、楽しむならこっちの幼馴染の方が、俺としてはいいかな」

「んー、ならこっち読みな?」

「そうする」


 先程、冷めた言葉で突っぱねてしまった幼馴染とのラブコメ漫画だったが、読むとなかなかにハマってしまう作品だった。


「さっきあんなこと言ってたのに、夢中になっちゃって〜」

「やっぱり何だかんだメディアミックス化してる作品は面白いな」

「でしょー! 食わず嫌いはだめよ?」


 そんな満足そうな妹の横に積まれている漫画の山から、幼馴染ラブコメの2巻目を手に取る。

 こうして、最新巻までしっかりと読んでしまうことになるのだろうなと思った。

 ただ、先程最初に手にとった作品は、もう二度と読むことはないのだろうなと、ぼんやりと感じた。


「って、もう7時前だぞ! そろそろ撤収すんぞ!」

「あいあいさー」


 俺自身も漫画に夢中になってしまっていて、親がいつ帰ってきてもおかしくない時間に突入していた。

 妹と一緒に、急いで妹の部屋まで漫画を運ぶことにする。


「ほれほれ、男なんだからしっかり持つ!」


 そう言って、相当な山を持たされた。


「……」


 その山積みの漫画の一番上に積まれているのが、先程読むのをすぐに止めた作品だった。

 その作品の上に、幼馴染ラブコメをそっと乗せてその作品の表紙が見えない状態にして、妹の部屋まで漫画を急いで運んだ。






































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