第30話
凛ちゃんが想像以上に興味を示し始めたので、俺の知っている限りのことを教えた。
「仕事が大変な分、うちの体育祭運営委員はそこそこな権限?って言い方がよくないかもしれないけど、出した意見が反映されることもあるよ」
「例えばどんなことです?」
「さっき言ったみたいに、役員で考えるプログラムもあるし、何なら過去の体育祭を見直して競技の配点調整とかも出来るよ」
「配点調整?」
「例えば、リレーの配点が多すぎるから、ちょっと別の配点軽いものに移して欲しいとか。あまりにも大幅な変更は、流石に無しだけどね」
「なるほどです……!」
当然このような話し合いは、多数決で一致しないと出来る事ではないが、意外と毎年どこかの競技の点数が変わったとか普通にあるらしい。
「割とこういうところは、生徒の自主性に任せるって感じなのかな?」
まぁこういうスタイルだから、役員にやる気があるかどうか不安なんだな、あの担任は。
今話ししてて、何となくそう思った。
「聞くと、改めて色んな事が出来ることが分かりました。色々出来る分、忙しくなるのは当然という感じですね」
「そうそう。多分凛ちゃんのクラスも近いうちに決めて、全クラス決まったらすぐ顔合わせとか軽い確認だけはする、ってことになるかな。本格的な事はテスト明けだね」
テスト前からこんなに色々決め事があったら、多分役員の全員がテストの結果が死滅するだろうな。
そう考えると、普段から度々招集されて何かを決めなければいけないこともある中で、部活もこなして、成績優秀な委員長のポテンシャルの高さがエグい。
どこからそんな体力と、要領良く行動するスキルがあるんだろうか。
「ふーむ、色々聞けて興味深かったです! リフレッシュ出来たので、課題やります!」
「ほいほい」
凛ちゃんが、意気揚々と課題に向き合い始めるのを見て、俺は再び彼女の小テストを見直した。
キレイな字で、理系科目は途中式まで完璧。
模試やテストで、一度点数が上がる良い感覚が見に付くと、そこから飛躍的に伸びていく人はいるが、まさにその理想的なパターンに凛ちゃんはなっていると考えてよいだろう。
「そんなに熱心に見直してどうかしましたか?」
「いや、見れば見るほど完璧だからさ。字の綺麗さとかまで含めたら、俺より圧倒的に上」
「そうですかね? そんなとこまで褒めてもらえると恥ずかしいんですけども」
「いや、俺もそれなりに字を綺麗に書けるようにならないといけないって再認識した」
俺はもともと字が汚く、クセや筆圧も強いのでより汚く見える。
字は心乱れ?とか言われているのだから、そろそろその辺りも落ち着いていきたいけど。
「そうですかね? 私は、お兄さんの書く字は好きですけどね。あ、お兄さんの字ってすぐに分かりますし」
「良い事のように感じるけど、俺の場合は、悪い意味で分かりやすいってことだからねぇ……」
「読めるし、いいんじゃないですか?」
「おお、凛ちゃんからそんなライトな意見が出てくるとは」
「私は、お兄さんが書いてくれたって言うのが、いつでも分かるのが好きです。書き込んでくれたポイントが自然と頭に入りますから」
「……」
ニコニコ笑顔でそんな言葉をかけられると、直さなくて良い、むしろ直しちゃいけないような気がしてきた。
……凛ちゃん、人を駄目にするタイプだ。
「駄目よ、そんなこと言ったら本当に直さなくなるから」
「お兄さんが、私の事を何もかも肯定してくれるように、私もお兄さんの事は全て肯定しちゃいますからね。私が駄目になるって言ってた理由、やっと分かりました?」
「うん、分かったな」
しかし俺の場合は、凛ちゃんを否定する要素が何も無いからこそ、全肯定しているわけなのだが。
単純に字が汚いことは、読んでもらう人という周囲の人に迷惑をかけかねないことなので、厳しくしてもらってもいいのだが。
「字綺麗にならないと、お兄さんとはサヨナラです」ってくらい追い込まれたら、本気で直しそう。
いや、流石にそれは辛すぎるか。
「強いて言うなら、筆圧は弱めしていただけると、ノートが汚れなくて助かると言えば、助かりますけどね」
「それ、まじで直します……」
筆圧の強さで、シャー芯などが細かく砕けてノートに広がると、そのせいで黒く汚くなる。
せっかく凛ちゃんが綺麗に書いたノートも台無しになる、ということである。
そんなことあってはならない。
「とは言っても、私が汚れる分には何も問題無いですけどね? 私をいっぱい汚して、その都度意識していつかは直っているという形になれば……!」
「言い方よ……」
「?」
そんな言い方をされたら、尚更汚すわけには行かないような気がしてきた、凛ちゃんのノート。
「まぁ、意識して直していくわ」
「はい!」
「凛ちゃんがこれだけ結果で示してるし、自分のテストだけじゃなく、字を綺麗にして期待に答えてみせる!」
「んー……。あ!」
何故か微妙な反応をされた後、何かを思い出したのか凛ちゃんは声をあげた。
「どうかした?」
「実はGW一日、両親にどっか行ってきてって言ったんですよ」
「いや、言い方よ」
「で、一日何処かには出掛ける予定だって言ってましたので、その日にご招待させてください」
「うん。凛ちゃんの予定に合わせるよ?」
「ありがとうございます! それとですね、実は……」
「ん?」
「今週の土曜日も、出掛けてていないらしいんですよ!」
「ほー、そうなんだ」
「で、提案なのですが、GWと言わずに今週から来てみませんか?」
「ふむふむ、なるほどね……ってえ?」
「え?」
このやり取り、何かデジャブを感じる。
「今週?」
「はい! 是非とも来てもらって!」
「……訪問イベント到来が早すぎない?」
「お兄さん、もう体育祭運営委員になりましたよね? 適応期間に入ったものかと思っていますが!」
「それはどうなのよ! まだ何の活動一つもしてないのよ!?」
「ん〜〜!!!」
俺が承諾しない事に、口をんーっと閉じて不満そうな顔を見せる。
……この顔、まだ引き下がる気が無いな。
「小テスト……。私、頑張りましたよね?」
「まぁそれは確かにそうだ」
「頑張った分、お願いを聞いてもらっても……!」
「それは字を綺麗にするという事では、駄目ですかね……?」
「……」
「……行きます。せっかくのタイミングだしね!」
「はーい! もてなしの準備しておきますね!」
駄目だ。凛ちゃんは一度、言い出すとなかなか引かない。
凛ちゃんの性格や容姿で、下を向いて無言になられると、多分断り切ったり、誤魔化し切ったりする男はこの世に存在しないな。
あくまでもGWの予定として、ゆっくりと心の準備を整えていくつもりだった。
なのに、今週末にいきなり行く事になってしまった。
ただ勉強するだけだから、大丈夫と少しずつ言い聞かせて落ち着いてきた心が、一気に乱れに乱れることになった。
「ご飯もご馳走しますね」
「う、うん」
ニコニコと笑いながら、そんなもてなしの言葉を言った後、彼女は再び課題と向き合い始めた。
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