第26話

 こうして勉強するようになって一週間以上経過したものの、慣れてくれば板についてくるものだなと思う。

 いくら中学時代にもこういう事があったとはいえ、学校内でも変わらずに取り組めるとは正直思っていなかった。

 あの頃はお互いに受験シーズンを迎えたりして色々あったから、むしろ今の方がより落ち着いているまである。

 黙々とペンを走らせる凛ちゃんの表情は、あの時と一切変わらず引き締まったもの。


「凛ちゃんは今の時点で、将来の夢とかあるの?」

「将来の夢……ですか?」

「うん。めっちゃ唐突なんだけど」


 これだけの意識高く勉強出来れば、行きたい大学へどこでも行けそうだ。

 今の時点でどんなことに興味があるのか。


「逆に、お兄さんは理系クラスを選択してますけど、将来にむけて何か方向性とかありますか?」

「うーん。正直なところ、理系の方が選択肢が多いよって促された感じかなぁ……。個人的にも数学とか理科がまあまあ好きだし」

「あれ、お兄さんやたら社会強くありませんでした?」

「一番強いのは社会だね。地理なら全く勉強してなくても、模試とか校内模試学年一位になれる」

「やっぱり強いですね」

「ただね……。選択肢が無いのよ。社会って」

「まぁそんな感じしますものね……」


 歴史とか地理について極めて高給料の道もあるかもしれないけど、あまりにも狭き門すぎる。

 世の中を見れば、上には上がいるわけでその枠を目指すために、全てを懸けるほどの度胸もない。


「って、こんな情けないやつが聞くのもあれだな……」


 話振っといて、肝心の俺がここまであやふやで周りに言われたように動いている。


「いえいえ。私もお兄さんと同じで、はっきりと何かやりたいこととかは決まってませんね……。強いて言うなら……」

「言うなら?」

「早紀にもあんな感じで言われましたし、ちゃんと自分が好きになっていいなって思った人のお嫁さんですかね?」

「な、なるほどね」


 心配しなくても、その夢が叶うかどうかはもはや凛ちゃんの決断次第だと思う。

 元々、丁寧で慎重な性格だから見定めは間違いないだろうし、凛ちゃんと一緒になることを拒むやつなんて基本居ないだろうし。


「こんな話は女子の前じゃ出来ませんし、早紀には笑われそうなのであんまり言えないんですよね。ですから、お兄さんの前でのみの告白になってしまいますがね!」

「まぁイケメン高学歴で、性格も良い王子様がいつかは現れますよ」


 将来、この子が結婚する時か、普通に早紀に会いに来たときとかに彼氏を見ることになるだろうけど、見て詳細聞いた時には、格の違いに絶望するんだろうなぁ。


「な、なんでそんな悲しそうな顔するんですか?」

「なんか現実の厳しさを知った」

「同じ話をして、うちの父とは何か別の雰囲気の悲しさを出してますけども……」

「そんなものよ」


 自ら切り出した話から始まった事だが、予想外なところで自分の心にダメージが入った。

 まぁ、勝手に自分でふさぎ込んでるだけなのだが。

 そんな話をしながら、凛ちゃんの小テスト対策をして今日は帰宅した。

 家に帰って、家事をこなす妹の顔を見てまたその将来の彼氏が俺よりも格上になるであろうことを思い返して勝手にテンションを下げた。


「どーした? なんかテンション低いけど。まさか凛と喧嘩した!?」

「んなわけない。あんないい子と喧嘩するわけねぇだろ」

「じゃあ、なんでそんなに元気ないの? みんなの前で先生に怒られるかいじられるかした?」

「そうじゃないけど……。お前からしたらくっだらない悩みだよ」

「お? 童貞こじらせたか?」

「そのセリフ、この世で一番お前に言われたくねぇわ!」


 まず家族には言われたくないし、百歩譲って姉とか年上の存在が仮に居て、言われるならまだいい。

 年下の高校入りたてのクソガキにだけは言われたくない。


「お、ちょっと元気出てきたか」

「元気が出る前に、悪い副作用しか出てねぇよ」

「まぁ荒療治つーことで!」


 気を遣っているのか遣っていないのか。

 多分一番近い答えは、兄のことは大して心配してないけど、目の前で萎えられてるとめんどいから面白半分でいじって何とかなればいいなという考えに違いない。


「萎えきってるけど、今日の凛との勉強の進捗具合は?」

「小テスト近いらしくて、その対策を去年ことも踏まえてやった。あと、GW明けに定期テストあるから、GW中に勉強するために来てくれないかって凛ちゃんが」


 凛ちゃんが今日のうちに連絡を入れるだろうから、俺の口からも今日の話したことを、伝えておく事にした。


「おー、そかそか」

「あれ、驚かないの?」


 思ったより反応が大きくない。

 あり得た事とばかりに、軽くウンウンと頷いてこちらを見ることも無い。


「だって休み中は、学校に行くのも面倒だし? 出かけるにしてもお金かかるし、どっちかの家でやるってなっても別に驚かないよ」

「俺が凛ちゃん宅へ行くっていうことには?」

「別に何とも。凛は散々家に来てるじゃん」


 凛ちゃんにも言われたけど、しょーもないことを考えて意識していたのは俺だけだったらしい。


「で、その日は昼飯作ってくれるって言ってた」

「え!? 嘘でしょ!?」


 こっちの反応のほうが凄かった。


「いや、土曜日の話の続きになってさ。凛ちゃんが料理上手いって言うの気になるって言ったら、そこからこの話に繋がったわけで」

「マジかぁ〜〜いいなぁ。凛の手作りなんて、私でもなかなか食べる機会無いのに。ってか、凛のご飯食べて、私のご飯との差に萎えたら泣くから」

「そんなに差出ないだろ……」


 別に食材レベルも同じだし、凛ちゃんはプロというわけでもないのに。

 嫌いになるとか、絶縁するとか言っているときより、泣くからとか言っているときのほうが妹的にはマジな反応。


「パスタだって良く出来たって話をしたら……」

「それを言うんじゃないよっ!」

「痛い……」


 コンッ!っとおたまで素早く叩かれてしまった。


「ほんっとありえない!」

「凛ちゃんは凄いって言ってたし、見たかったって言ってたのに」

「まだまだ! 私の満足出来るレベルまで到達してから、見せることにしてるんだから変なことしないで! サプライズってやつよ!」

「は、はぁ……なるほど」


 何がサプライズなのかは、正直よく分からない。

 今後、凛ちゃんにご馳走でもするということだろうか。

 よく分からないけど、とりあえず分かったかのような返事だけはしておいた。


「まぁしっかり味わってきな」

「そ、そうするわ……」

「まぁでも、ただでさえ最強に可愛い凛に、そこまでもてなされたら流石の兄さんも好きになったりしちゃうんじゃない?」

「それは無いよ。あくまでも、お前の友達を助けるための俺だもん。そんな感情抱いたら、凛ちゃんが苦しくなるしお前にも良いことが何も無いからな」


 そう言うと、妹はニカッと笑った。


「色々考えてくれてるね。頼んだよ、兄さん」

「おう」


 妹にとって何気ない一言が、俺には深く刺さって心をビクリとはね上がらせる。

 こうして妹と何気なく話すことで、より凛ちゃんとの関係が難しいものであることを、何度も再認識させられる。
















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