第25話
家に到着すると、妹にすべて持たさせた荷物をようやく下ろすことが出来た。
「はい、お疲れー。冷蔵庫への片付けは私がするから、もう引っ込んでもいいよ」
「……はい」
最初誘われた時は、兄妹デートとか言っていたのに、最後はこのあしらわれようである。
と悲しく感じながらも、収納する要領は明らかに妹のほうが良いのと、どうせ使うのもこいつなので特に俺がやる理由も無い。
自室に戻って、部屋着に着替えてそのままベッドに横になった。
スマホを見ると、遥輝や幸人、委員長から返信が来ている。
「返信……後でいいか」
話している内容としては、三人とも何気無い日常会話。
今、とても強い眠気に襲われていた。
買い物って意外に疲れる。
凛ちゃんの登場から、予想外の流れになったことも緊張感に繋がって疲れているというのも、あるのかもしれない。
返信は後回しにしてそのまま目を閉じた結果、夕方まで眠ってしまった。
その日の夕食に、早速紅オクラを使ったシャレたパスタを妹が作り出して満足そうにしていた。
確かに美味かったが、特に紅オクラじゃないといけないという特別感を、俺自身は感じなかった。
もちろん、そんなこと妹に言ったら絶縁を申し込まれそうなので言わなかったが。
そしてそんな濃い土曜日に対して、日曜日は何の中身の無い俺らしい怠惰な時間を過ごした。
休みの日にも勉強することは望ましいことだが、平日にそこそこやっている余裕やらあって、何もする気にならない。
ベッドに転がって動画を見るか、本を読むか。
一方の妹は、凛ちゃんとは別に違う友達と遊びに行くと飛び出して行った。
「凛ちゃんに、早紀と対極の性格だとか言えるような立場でもねぇな……」
ここにいる兄自身も、妹とスタンスが正反対なような気がしているのだから。
週が明けて、また一週間が始まる。
何だかんだ新学期が始まって二週間ほど経過すると、四月も終わりが見えてくる。
三学期制のうちの学校では、中間試験が五月の中旬に控えているので、GWが明けるとすぐにテスト週間になる。
そんなこともあって、大体みんなテストへの危機感よりも、その前にある休みに対する話ばかりが目立つ。
「GWは二人とも全部部活?」
「俺は練習試合漬けだな。幸人は?」
「一日休みはあるかなってぐらい。うちの高校に他校を呼んでの練習試合と普通に練習って感じかな」
「二人とも大変だねぇ」
「怠惰にはなりたくないが、こうして見るとオールフリーのお前にちょっと羨ましさを感じる」
「そうだろう?」
球技をやる二人にとって、GWは練習時間としては貴重なものであること間違いない。
これだけ休みが続くと、練習試合の予定も組みやすいし。
「彼女も居ねぇのに、何してんの?」
「……最初の言葉要らねぇな。ってかそれ春休み明けにも聞かなかった?」
「あー、何だっけ? 大半寝てるだっけ? いいよなぁ、その時間俺にくれよ。彼女が遊びに行きたいって言ってるのに、部活で断ったら拗ねちまったし」
「知らんがな!」
結局、俺の怠惰ぶりを批判するように見せかけて惚気話になった。悔しい。
「遥輝もそんな感じなんか……」
「え? 幸人も何かあったのか?」
「いや、遥輝みたいな感じとは言わないけど……。会える時間が少ないから、会うときはお互いに気を遣いすぎて最近ものすごく噛み合わないっていうか」
「……」
ダメだ、もう会話に入れない。
「もっと気楽で良くない?」
「そうなんだけど、部活とかで何度か断ってるのもあって、会える時は何とか彼女の良いようにしてあげたいんだけど、相手も同じようなこと考えてるのか譲り合いみたいで逆によそよそしくなる」
「えー……。なんか俺達とは大違いだな」
「……」
「斗真?」
「いや、俺には気にせずに話してもらえたら」
「斗真さぁ……。このGWに誰か遊びに誘ってみたらいいんじゃない?」
俺の微妙な雰囲気を感じ取った遥輝が、やれやれといった感じでそんな提案をした。
「いやいや!」
「なんで日和るんだ……」
本気で残念そうな顔をする二人。
……やっぱりこういう話の時は、俺の事を無視するか、適度におもしろ感覚でいじられる方が楽かもしれない。
そんな友人達にそこそこ冷めた目で可哀想に見られて、ガッツリ傷ついても放課後は、いつもの場所に集まって凛ちゃんとお勉強。
「お兄さん、お疲れ様です」
ニコニコ笑顔と明るい声で出迎えてくれる。
これだけで今の俺の傷付いた心に染みた。
「これだけで十分だ……!」
「???」
何のことがさっぱり分かっていない凛ちゃんは、不思議そうに頭をかしげている。
「何かありました?」
「友人達に日常的なマウントを取られているんだけど、今日のは一段と心に刺さったから……」
「そ、そうでしたか……。それは大変でしたね」
勉強を始める前に軽い掃除とともに、その話の続きを凛ちゃんに話した。
「でも、良いご友人さんたちですね。早紀の彼氏について聞いた後にこういう話を聞くと、よりそう思います」
「そうなの?」
「多分、早紀はお兄さんには深く話さないでしょうね。ここだけの話にして欲しいんですけど、それなりに面倒な相手だったんですよ」
「そうなのか。なんか俺の前ではあっさり感で、ちょっと話にあったんだけど、土曜日の反応はちょっと過剰じゃね?って思ってたのにはそんな理由があったのか」
「そういう事になりますね。そう言えば、土曜日のお買い物した材料で、早紀は料理をされたのですか?」
「うん。早速紅オクラを使ってパスタ作ったよ。報告は無かったの?」
「早紀は、私に成績の事言わない〜って言いますけど、早紀は早紀で料理関係の話は私に言いませんからね」
「そう言うことね」
本人は満足そうにしていたし、十分レベルは高かったと思う。
それでも、凛ちゃんに叶わないと感じているのか。
凛ちゃんの料理レベルの高さについて、話を聞けば聞くほど、気になる。
「そんなオシャレなパスタ作ってるなら、見たかったな〜」
「凛ちゃんに見せればいいと思うんだけどね。早紀がそんなに意識するなんて、凛ちゃんがどれくらい料理上手なのか、気になって仕方ないんだけど」
「食べに来ます?」
「え?」
「え?」
あくまでも会話を更に広げるために言った言葉が、自分の想定している方向とは別に広がった。
そのことに対する戸惑いの声と、そんな反応をされたことに対する戸惑いの声が同じ一文字の発音として被った。
「今、なんて言った?」
「え、気になるなら実際に食べに来たら分かるかなって。それで食べに来るかどうかお尋ねしましたけど」
「な、なるほど……」
「あっ! さっきの話でGWに一緒にいる人が居ないとも言っていましたね!」
「うん、言ったね」
「GW、私が昼食をお作りしましょう!」
「どこで?」
「調理をするので、もちろん私の家になりますね」
「えっと、親御さんは?」
「多分いません」
「多分?」
「必ずいません。追い出します」
最後物騒な言葉が聞こえたような気がするが、表情はニコニコしているので、気のせいだろう。
「まぁしかし、そのためだけにお邪魔するのもな〜……」
「勉強すればいいんですよ! 早紀にもテストが近い事を伝えれば、納得してくれるでしょうし」
「うーん……」
確かにそうなのかもしれないが、やはり大きな抵抗が払拭される訳でもない。
「早紀のと味比べ、してみたくないです? そこで私のご飯食べて、早紀の料理を食べて褒めれば自信を持たせる事も……!」
「まぁ確かにそうなんだけど……」
「……やっぱり嫌ですか?」
凛ちゃんからの矢継ぎ早な提案を聞いても、なお決めかねていると、悲しそうな顔をする。
「そ、そんなことないって!」
「なら、たまには恩返しさせてください……!」
恩返しというものを貰うほどなにかした覚えは無いし、妹と仲良くしてくれていることで十分なのだが、そんなことを言うとより彼女は悲しむか。
「分かった。じゃあ、予定立てながら一日どこか凛ちゃんが都合の良いところで」
そう言うと、パアッと表情が明るくなる。
整った顔立ちが明るい表情に変化を遂げるとき、彼女はより魅力的に見える。
「……はい!!」
「じゃ、お勉強しよう」
「はーい。あ、そう言えば小テストが、各科目で出現するとの予告が出てきてます」
「分かった。じゃあ一科目ずつポイントが抑えられているか確認しようか」
この後は、お互い真剣に学習に向き合った。
部活でにぎやかな音が窓から少しだけ入る教室で、二人の話す声とペンを走らせる音だけが響いている。
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