第16話
しかし、そんな二人に対する気遣いだけではいけないことを改めて数学の授業で突きつけられることになった。
「図形と方程式……やっべぇわ!」
数学史上、一番意味が分からない範囲だった。
今まで数学で、特段に困ったことなんて一度も無かった。
だか、こればかりは全く訳が分からない。
もともと苦手意識のあった図形に、ゴチャゴチャ線とか式を混ぜられてわけが分からなくなっている。
確率とかなら、模試レベルに捻られても色々と考えたら何とかなること多いのに。
ただでさえそのような状態なのに、更に追い打ちをかけるのが……。
「えっとですね、教科書p69の問1を……」
「先生、そこ昨日やりましたよ?」
「おお、すまない。えっと、p70の問1をやってください」
もともとこの範囲をしていた女性教師の方が産休に入ったことで、代打の教師がやっているのだが……。
その先生の授業がフワフワし過ぎて、何もよくわからないという状態になっている。
クラスのみんなの話によると、他のクラスで受け持つもう一人の数学の教師と、教え方や進め方が全然違っているらしい。
この代打教師が教えるクラスだけ、平均点がごっそりうちだけ落ちるってことも、あり得るかもしれない。
「想像以上に気合い入れないとやばいな……」
そんな危機感を感じることになった授業を終えて、社会科資料室に向かった。
鍵はすでに解錠しており、凛ちゃんが先に到着していた。
「あ、お兄さん。お疲れ様です」
「凛ちゃんもお疲れ様。そろそろ本格的に授業始まった?」
「はい。中学の時とそれほど授業時間が、変わったわけではないんですけど、疲れますね」
と笑顔を浮かべる彼女だが、確かに様子からは少しお疲れ気味なのかなと伺える。
「慣れてないから、精神的に疲れるわな。周りも知らない人が多いし、友達もまだ仲良くなりたてで、気を遣ったりするしね。まぁ、段々慣れてくるよ」
「はい!」
「勉強出来るくらい気力残ってる?」
「もちろんです。この時間に出されてる課題少しずつ消化していきます」
「OK。じゃあ、早速やっていこう」
先週と同じテーブルに教材を広げて、早速凛ちゃんが課題を始める。
開いて課題を始めるが、まだ最初の段階であることもあって、中学レベルでも解ける内容ばかり。
凛ちゃんの成績なら、まだ詰まることはないだろう。
とても綺麗な文字で、ノートに問題を書き写して答えをまとめていく。
汚い字で走り書きをする俺と比べるまでもないが、少しは綺麗に書けるようにならねば。
「俺もちょっと勉強してるから、分からない所があったら、遠慮なく声かけてね」
「はい!」
俺も教材を取り出して、早速今日の数学の問題の復習に着手した。
基礎を一つずつ掴んでおかないと、この範囲の問題を全て取り逃がしてしまう。
例題の解説と解き方をよく見て、何の式を代入しているのかなどを確認して一つずつ問題を解く。
問題集の基本問題はすぐに解けるようになったが、応用・発展問題になると、途端に解けなくなる。
これは、委員長がこの辺りに着手して解けたなら聞くしかない。
それで駄目なら、聞きやすい数学の教師に尋ねるしかない。
今の教師は訳分からないし、他のクラスを教えている教師は性格がきつすぎて、聞きに行くと小言言われそうだし。
何でも分からないことは質問しろって言う割には、生徒が質問しにくい環境しかないんだよなぁ。
「ん?」
ふと、視線を感じて横を見る。
凛ちゃんが、ペンを置いて机に突っ伏した状態でこちらをジッーと見ている。
「ご、ごめん。質問あった??」
「いえ、ちょっと疲れたので休憩です」
「そっか。しんどいなら、無理しないで今日は帰るかい?」
「いえいえ。お兄さんが真剣に勉強している姿、見たことが無かったので、見惚れてます。しばらくこのまま見ていますので、続けてください」
「見惚れてるって……」
「お兄さんには、いつも私に優しく笑顔で話をしてくれますから、こんな引き締まった表情を見るのはなかなか珍しいので」
「もしかして、凛ちゃんが悩んでる時も適当なやつに見えた?」
「そんなことはありません。お兄さん、色々と考えていることが表情では誤魔化せても、話のテンポや声調で分かります」
「……情けねぇなぁ、悩み抱えている子にそこまで見抜かれていたとは」
「そんなことないのに」
楽しそうに笑う彼女は、今の突っ伏した状態も相まってより可愛らしく見える。
「真剣に考えているときの顔って、こんなに感じなんだなぁってやっと見れたなって思います」
「見慣れてない俺の表情が見たいってこと?」
「まぁ、そういうことですね!」
「変なところに興味を持ってしまったか。お願いだから、悲しい表情や怒った表情見たいからとかで、悪いことだけはしないで……」
「それは絶対にしませんから、安心してください。でも、見たい表情はたしかにまだありますね。……特に寝顔とか」
「諦めなさい。絶対に凛ちゃんの前では寝ることはないから」
「えー、何でですかぁ」
「そりゃあ、恥ずかしいからに決まってる!」
慢性的な鼻炎持ちで、口呼吸しがちな俺の寝ているところなど、見せられるわけがない。
いびきもそうだし、口を開けて唾液を流している寝顔など見られたら、最悪である。
「むー。でも、これから長い期間一緒にいれば、何回かチャンスは……!」
「逆に聞くけど、凛ちゃんは俺に寝顔見られてもいいの?」
「そ、それは……」
少し考えるような様子を見せる。
そして、段々と顔が赤くなってきた。
凛ちゃんは凛ちゃんで、表情が分かりやすいと思うが……。
「恥ずかしい……ですね」
「でしょ」
「それでも! それでも私はお兄さんの寝顔を、この目で見ます!」
真っ赤な顔で、力強く宣言した。
「……でも、仮に私が寝ていても、寝顔を見るのは禁止ですから!」
「禁止にされても、寝ていたらほぼ確実に寝顔を見ることになるんだけど……」
「ダメなものはダメですから! 何とか察してください!」
そんな凛ちゃんの慌てた口調から繰り出される無茶振りが、しばらく間続いた。
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