第13話

 やっと金曜日を迎え、新学期最初の一週間がやっと終わろうとしている。

 新一年生の入学式で一日休みがあったのに、いろんな事がありすぎて、なかなかに濃い一週間だった。

 と、そんな感じで振り返りつつ、休みモードに入りたいところだが。


「今日は、いつもの待ち合わせ場所と違いますね。まだ帰らないんです?」


 放課後、いつも帰るときに合流している校門前ではなく、今回は校舎内のロビーで待ち合わせた。


「来週から勉強する時に使えそうな教室の下見でもしてから帰ろうかなと思って」

「図書室とか、職員室のロビーとかじゃ駄目なんです?」

「人の目多いからなぁー……」


 図書室には、必ず同学年で顔を知っているやつがいる。

 たまにはありだけど、毎日だとちょっと居心地が悪い。

 職員室前にも、自習・補習するようのテーブルが置かれているため、勉強することが出来る。

 ただ俺には、部活の勧誘を諦めずにする体育の教師もいるから、集中している時に邪魔されたくない。

 他人に振り回されて、今よりも無駄な時間になるようなことだけは必ず避けたい。

 昔みたいに自分の家が毎日のように使えたらいいんだけど、今回はそういうわけにはいかないし。

 余っている教室で、施錠時間まで使えるところはある程度あるので、あてになる場所を見つけておきたい。


「まぁ、凛ちゃんからしたら校内探検みたいな感覚で色々と歩き回ってみよう」

「はい」


 ただの公立高校とはいえ、建物はいくつかに分かれている。

 丸々一年間通った俺ですら、その教室どころか、この建物の○階は一切足を踏み入れたことが無いなんて珍しいことでも無い。

 そんな場所を考慮しつつ、良さそうな場所を探す。

 こうして練り歩くと、校舎内にはたくさんの数の教室があることが分かる。


「なんかすっごく埃まみれの教室が、この辺りには多いですね」

「だな。常時、施錠して基本的に使ってないらしいな」


 人通りの無い辺の教室は、汚い上に鍵も閉まっていて使えそうにはない。

 諦めて、普段も多少は使われるかなというレベルの教室を見てみると――。


「……なるほど。吹奏楽部がいたか……」


 思わぬ先客がいた。


「パート毎に分かれて練習とか、ありますものね」

「だな、それなりにみんな散り散りなってやらないと、個人の音出しとか多分できないもんな」


 一生懸命部活をしている人達が使っているのだから、これは仕方ない。

 俺達がどうのこうの言えるようなことでは無いし、こちらも邪魔したくない。


「うーん。なかなか無いな……」


 広くてたくさんの教室があっても、様々な理由で使える教室は限定されている。


「……すいません。最初からこんなに困らせてしまって。やっぱり放課後の勉強は、止めましょうか……?」

「いや、無ければ図書室でもいいや。凛ちゃんが気にすることじゃないよ」


 もちろん人目より、彼女の成績をより良くするのが目的を達成することが大切。

 見つからなかったら見つからなかったで、邪魔が入ることも考慮して頑張る方に切り替える。


「この階の教室をざっと見て、駄目だったら来週からは図書室で勉強することにしよう」

「……はい。でも、ここも人がいないし、基本的に施錠されていそうですが……」


 凛ちゃんの言うとおり、最初に見て回ったところと雰囲気が似ているので、期待薄だが――。


「……社会科資料室?」

「こんなところもあるんですね。初めて知りました」

「んや、俺も初めてだわ。って鍵がある」


 その教室のドアの横には鍵がかけられている。

 そして張り紙がしてあり、こう書かれている。


『資料確認等、自由に解錠して確認して構わない。なお、資料の持ち出しやイタズラ目的厳禁! 使用後は必ず施錠すること!』


「ここ、使えるのか。ちょっと入ってみようか」

「はい!」


 鍵を差し込んで回してみると、すんなりと解錠された。

 軋むスライド式のドアを開けると、西日が窓から差し込んで、その光が舞い上がった埃を照らし出す。


「すごい資料数ですね。図書室の厚みのある本を取り扱っている列と同じ感じです」

「埃がすげぇな。先生含めて、全然使ってねぇだろこれ」


 あんな張り紙してても、こんなに放置されていると平気でイタズラするやついそうだが。

 いや、こんな辺境のとこまで埃まみれになってわざわざ変なことするやつもいないか。


「テーブルもありますよ!」


 資料が隙間なく並べられた本棚の奥には、確認するために置かれているであろうテーブルが、窓際に置かれている。

 西に傾く日差しが適度に入って、窓から運動場や校区外の外の風景も見る事ができる。


「いい場所だな。ここで勉強するかな」

「静かですし、人も来なさそうですね」


 もし仮に社会の教師が来ても、勉強していれば特に何も言われることはないだろう。

 テーブル、椅子上に積み重なった埃を掃除道具を用いて取り除いていく。


「よし、これで使えるな」


 教室全体が汚れているので、気になって掃除をしだすとキリがないので、使う予定のテーブル周りだけを綺麗にした。


「ちょっと疲れました。お話もしたいですし、早速ここに座って少し休んで帰りません?」

「そうだな、そうしよう」


 テーブルに4つの椅子がセットしてある。

 それぞれが向かい合うようにして、一つに座ってもう一つに荷物を入れたリュックを置けば良い――。


「よいしょっと」


 そう思っていた俺の隣に、凛ちゃんがゆっくりと腰を下ろした。


「え?」

「え?」


 俺がそんな彼女の様子を見て、驚きの声を上げると、その声に驚いたのか、彼女も同じような声をあげた。


「凛ちゃん、隣に座るの?」

「逆に違うんですか?」

「いや、向かい合うようにするのかなって思ってたからさ」

「教えにくくないですか?」


 そう言って彼女は、一度座るともう動こうとはしない。


「それもそうか……な?」


 無理矢理、席位置を変えると彼女は落ち込みそうなので、取り敢えず納得した。

 結局、向かい合う席に自分のリュックを置いて、凛ちゃんと俺は隣り合うように座ることで決定した。


「で、話とは?」

「今日、実力テストの結果が返って来ました。それをご報告したいなと思いまして」


 そう言って凛ちゃんは、高校生ならおなじみの細長い紙を取り出した。


「学年順位14位……!? すごいじゃん!」

「はい!」


 俺が勉強を見始めた頃は、受かるか本当に五分五分のラインだった。

 そこから、彼女は頑張ってここまでの結果を出せるようになっていた。


「この順位キープ出来れば、国立難関とかも狙えるから、頑張ってキープしよう」

「はい。まだ、将来とかはよく分かりませんけどね……」

「分からないときこそ、目標を高くしておくといいよ。やりたいことがこのレベルより下なら、特に気にしなくてもいいし。仮にやりたいことがレベル高くて足りてないのは苦しいからね」


 俺は結果表を見ながら、自分の成績が良かったかのように自然と声を弾ませて言った。

 この成績から上げることも、キープすることも容易なことではないが、彼女はとても頑張っているので妹の期待も含めてしっかりと応えなければならないと改めて思っていると――。

 トンと、肩に重みを感じた。


「お兄さん」

「ん、どした――。――!?」


 俺の肩に彼女はそっともたれかかってきていた。


「頑張ったのは成績表じゃありませんよ。そんなに熱心に成績表ばっかり見て」

「そ、そうだな。よく頑張ったぞ」

「それだけですか? こんなに頑張ったのに」

「……」


 彼女が何をして欲しがっているかは、分かっているつもりだった。

 そっと彼女の頭を撫でる。


「次も頑張るんだぞ」

「はい」


 嬉しそうな声で、しっかりとした返事をする。

 こんな現場を見られたら、勉強中などという説明がつく訳がないのだが。

 彼女の頭を撫でながら、これからちゃんと勉強としての時間になるのかどうか、そしてやっぱり人目につかないところを探して正解だったと思った。



































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