第10話

 凛ちゃんを見放すと言うことは、もちろん一度も考えたことはない。

 でも、「見放す」というレベルで接してきたとも思っていない。


「本当に、あの頃はしんどかったんだな」


 それでもあんな言い方をするのは、あの時の頃が影響しているということか。




 俺と妹や凛ちゃんは、中学時代は同じ学校だった。

 なので、俺が卒業するまでは普通に同じ学校の生徒として過ごしてきた。

 だが、俺も妹も特にお互いの事情に踏み込むという事は言うまでもないが、しなかった。

 凛ちゃんが遊びに来るという出来事があったから、彼女とは少なからず関わる機会が出来たけど、それ以外の妹の友達など当然知るわけも無い。

 凛ちゃんからすれば、そんな全く関係なしで、よく知らない先輩レベルの俺。

 それが、良くも悪くも彼女の心を軽くしたのかもしれない。


「今日、あんまり元気ないね」

「え?」

「こうして会う機会が増えると、段々と分かってくるようになって。……ごめん、気持ち悪かったね」

「い、いえ……」


 そんな時に、すぐに気がついて口にしてしまう無神経な自分もあれだが。


「……あんまり最近、家でも学校でも居心地良くなくて」

「なるほど。ま、これでも飲みなされ」


 ポツリと呟いた時の彼女の表情で、彼女の持つ悩みとして相当深刻なものなのだろうと感じた。

 ちょっといいココアを出して、彼女を自分なりにもてなした。


「そういう状況なら、どこにも口に出せないって感じじゃない? ここにいる壁になら、何でも言ってもらって結構ですよ?」

「そんな……。悪いです」

「そういう事は、あいつみたいな友達にも言い難いだろう? ここにいる大した関係性じゃないやつにぶちまけるのもありじゃない? ……口外しないとかの信用はしてもらわないとどうにもならないけどね。まま、ネットのお悩み掲示板感覚で」


 実際に目の前で身バレもいいところなのに、何がネット掲示板だ、と今なら突っ込めるが。


「……友達関係は早紀が優しくしてくれているので、問題ないです。でも、部活で同級生の女の子とうまく行ってません。家では、常に成績のことで親が常に問い詰めてきて、いつも怒ってます」

「……なるほど。息苦しい環境やね」


 表情から深刻なことを分かっていたのに、実際に聞いて想像以上に難しいことで悩んでいることが分かった。

 大した悩みを持ったこともない俺が、偉そうに聞いてよかったものではなかった。

 そして今思えば、凛ちゃんが部活に消極的なのもこの一件が原因なのかもしれない。


「部活では、どんな感じでうまく行ってないの?」

「その女の子の気になる人が、私の事を好きらしくて……。当たりがきついですね」

「そういう事か……」


 明らかに凛ちゃんへの嫉妬。

 青春においてそれは付き物ではあるが、その問題に巻き込まれている本人からしたら、しんどいのは間違いない。

 それに、厄介なのは恋愛が絡んでいること。

 単純なイジメとかよりも、大人に相談しにくい…いや、出来ない部類のもの。

 唯一、相談しようかという親も成績のことで話しにくい環境が出来ている。

 妹は部活が違うし、それに友達を厄介なことに巻き込むことは普通したくないはず。


「どうするのが、正しかったのでしょうか」


 凛ちゃんは何も悪いことをしていない。と言いたくなったが、それは答えにも慰めにもならないから言わなかった。

 そんな適当なことを言うくらいなら、本当に壁として黙ってておく方が百倍マシだと思った。


「まずは、その男に関与しない。興味ないことの意思表示。そして怖いかもしれないけど、その女の子へちょっとずつ踏み込んでみるのが最善かな」


 出来る事は、嫉妬を抱く相手に対していかにその男との関係性が無いかを目の前で証明するしかない。

 女の子の対応に押されて、大人しくしていれば、冷静な見方が出来ない相手からすれば関係性を肯定しているようにすら見られかねない。


「……」

「とはいえ、普通に怖いことだよね」


 あくまで外から考えた無責任な意見にしか過ぎないので、凛ちゃん的にどうなのかは分からない。


「じゃあ部活は楽しくないんだ?」

「残念ながら、全く。こんなことになるなんて思ってませんでしたし」

「そうか」


 整った顔立ちは、喜怒哀楽をよく表す。

 悲しそうなその表情は、部活をすることがとても苦しそうに見えた。

 そして、俺はそんな視覚によって得られた感覚だけで、こんなことを言ってしまった。


「部活……サボっちゃう?」

「え……?」

「俺はもう部活引退してるから、ここにいつもいるしさ。部活してる時間はここでいるとか! 駆け込み寺ってやつよ」

「いや、でもそれはお兄さんに迷惑じゃ……」

「気にしなくていいよ。だって凛ちゃんは、とてもいい子だし。気になるなら、その分早紀とずっとこの後も仲良くしてやってくれ」

「……」

「もちろん、無理には言わない。お試しでもいいし」


 何かいかがしいことに、誘っているように聞こえるのが嫌な感じだが。


「……本当にいいんですか?」

「うん。本読むなり、いつものように勉強するなり、こうして話をするなり。何でも良いんよ」


 部活にサボることは本当は良くないことだし、そういう方向に誘う自分は最低かもしれない。

 でも自分の環境と立場を考えて、出来る事をその時なりに考えて出した結論だった。


「では、少しだけ……」

「あいよ。この事は、早紀含め誰にも言わないから、安心してな」


 こうして、彼女はもう少しだけ俺と一緒にいる時間が増えたわけである。

 そして彼女の部活の顧問は、形だけでほとんど見にも来なかったので、彼女にとっては都合が良かった。

 勉強を一緒にやりながら、彼女の成績を何とか出来ないかも考えながら教えたり。

 少しずつ彼女の明るさと成績は、本来の姿を取り戻すようになって来た。


「あ、そう言えば」

「何?」


 こうした形になって約ニヶ月後。

 放課後会うことが当たり前になりつつあった頃に、彼女はさらっと一言。


「部活、正式に辞めました」

「……マジで?」

「……はい!」


 面白そうに、笑いながら俺の確認したことを肯定した。

 成績が良くなってきたところで、部活のせいで成績がうまくいかなかったと言ったら、親が辞めても良いと許可してくれたらしい。


「で、放課後は勉強して帰ると言ってます!」

「抜かりねぇな」

「はい! なので、これからもよろしくお願いします!」


 今考えれば、悪手でしかないと思う俺の対応で、彼女は何とか悩みを乗り越えた。

 だからなのか、彼女は今も変わらずに、俺のことを頼ろうとしている。

 そんな純粋に頼ろうとしてくる瞳は、あまりにも威力がありすぎる。


















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