第9話
あれだけ俺のことを煽っていた二人も、シャトルランの競技を終えた後は、走り終えたその場にへたり込んでいた。
流石の運動部で、シャトルランの回数は130回を超えた記録を残した。
ただ、その頑張った姿は委員長との会話に気を取られていたので、ほとんど見ていないが。
何とか俺にとって、一年で一番厳しい体育の授業を乗り越えた。
「二人のどっちか、制汗剤貸してくれ」
「へいへい」
こういう時に制汗剤を忘れる間抜けな俺とは違って、二人は部活をしている関係上、常備している。
幸人から、よく知らない名柄のものを借りた。
着替え終えると、三人で教室まで戻る。
次は昼休みなこともあって、特に急ぐ必要もないのでゆっくりと戻っていると――。
「斗真ー! これを喰らえー!」
「な、何だ!?」
後ろから先程から聞いている声が聞こえたと思ったら、素早い動きで全身に何かを吹きかけられた。
「委員長、何したし!」
「君が汗の事を気にしてたから、優しい私が自前の制汗剤スプレーを、大量に吹きかけてやったのだー!」
何やら可愛らしいデザインの入れ物に入ったやつを俺につけたらしい。
普通に、慣れない匂いがすでに鼻に襲来中である。
「めっちゃ濡れた感覚するんですけど……!」
「あっはっは! すぐに乾くから大丈夫だぞ! では、さらばだ!」
そのまま、面白そうに笑う委員長の友達とともに去っていった。
「マーキングされてんじゃん」
「最低な言い方をするな」
「にしても、俺らが使う制汗剤と全然違う匂いだな……。それにめっちゃ強烈だぞ、お前」
「いや、委員長がものすごい量かけたから匂いが強烈なだけだろ」
確かに、匂いが違うのは言うまでもないが、明らかに大量にかけ過ぎ。
自分の鼻で相当匂っているから、他人からすれば相当感じるのは間違いない。
妹が夏場に使っていた時の匂いと似ているが、普通に慣れない匂いであることは間違いない。
別に慣れないからといって、嫌な感じかと言えばそこまではいかないけど。
結局、この匂いが鼻から離れることの無い昼休みを過ごすのだった。
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今日の放課後も、凛ちゃんと昨日と同じ場所で待ち合わせて一緒に帰ることになった。
昨日、うっかりして言ってしまったことが、細かいことを全然気にしない妹ですら驚くものであった。
その後、様子が微妙に変わったので、凛ちゃんにやり取りを全て丸投げした形になったが、果たしてどうなったのか。
「お待たせしました〜」
「あい、お疲れ様。じゃあ帰ろうか」
「はい」
ゆっくりと自転車を漕ぎ出す。
「昨日、妹と話した?」
「ええ。随分と色々聞かれましたね……。何か早紀に言いました?」
「いや、昨日あったことと今後についての話をしたら、流石のあいつでもびっくりしたらしいわ」
「なるほど、やっぱり大胆過ぎましたね」
と言うものの、やり取り自体はそこまで面倒なものにはならなかったのか、楽しそうに笑っている。
「お兄さんと何があったの!?ってすごく根掘り葉掘り聞かれましたよ」
「なんて言ったの?」
「そこは女子トークラインなので秘密です。でも、そんなに変なことは言ってないですよ」
「そっか」
一先ずは安心した。
まぁあいつなら、気になることがあれば朝から突っ込んできそうなものだから、それがなかった時点で大丈夫かなとは思っていたけど。
「それよりも、お兄さん。聞きたいことが私もあるんですけど」
「ん? どうかした?」
「何で女性向け制汗剤の匂いがするんですか?」
「へ? あー……えっと……」
「分かるんですよね、その匂いの制汗剤、私も使うので」
クラスの友達の女子に面白がって付けられたと普通にに言えばよかった。
しかし、すっかり匂いが落ち着いたと油断しているところに言われたものだから、びっくりして言い淀んでしまった。
そして、このタイミングで待ち時間の長い信号に捕まって止まる。
「お兄さん、まさか今流行りの中性系男子目指してます?」
「いや、まず顔が可愛らしくないから無理」
肌もそこまできれいな白色でもなんでもないし、そもそも顔が可愛らしくなど微塵もない。
「ですよね。では何故??」
「ですよねって……。別にそんな意味深な理由は無いよ。友達に面白がって大量にかけられた。今はまだマシだけど、かけられた直後はなかなかすごい匂いしてた」
「その友達って女性ですよね?」
「え? うん、そう」
「なるほどです」
何故か少しだけ、凛ちゃんのテンションが下がったような声に聞こえた。
「その人とは、結構仲が良いのですか?」
「うーん。友達の友達って関係だったのと、俺の友達がその子のこと好きだったから話にくさもあってそんなに。ちょっとここ数日、話す機会があったからそこからって感じ?」
「そ、そうでしたか」
こうして凛ちゃんに話すために振り返ると、明るい性格とはいえ、委員長グイグイ絡んで来てるな。
「お兄さんは、その人の事が気になったりしますか?」
「んー。確かにすごくモテる子だけど、気になるとかはよく分からないかな。相手の理想も高いみたいだから、考えたこともなかった」
相手のレベルが高すぎて、気になるとか意識するレベルにすら達していない。
そういうことを考えると、委員長がかつて付き合ってた相手がどんな人がむしろ気になる。
だからといって聞くことはタブーなので、知ることはないんだろうけど。
「その人の事が気になるの?」
凛ちゃんにここまで尋ねられることも珍しい。
もしかすると、部活とかにも入らない予定なら、頼りになる女先輩の一人くらい欲しいのかも。
委員長なら、頼りになり過ぎるくらいなのでもしそうなら、紹介しても良いと思うが。
「い、いえ! お兄さんとどんな感じなのか気になっただけです」
「何で?」
そんなことを気にして聞かれると思っていなかったので、何故かと理由を訪ねてみた。
「……そこまで聞かないでくださいよ」
しかし、彼女は少しの間が空いた後、非難めいた少し小さい声でそう言った。
そしてこちらをちらっと見てきた凛ちゃんの顔は、少し赤くなっていた。
「ごめん」
何が悪かったのか分からなかったが、そんな彼女の表情に押されて、気がつけば謝っていた。
「もし仮に、その人ともっと仲良くなったとしても、私のことを見放さないのなら……許してあげます」
そう言いながら、凛ちゃんは俺の服の袖を掴む。
昨日といい、この子の仕草は本当にずるい。
心配しなくても、見放すと言うことなどするわけないのに。
信号が変わって進めるようになったのに、二人揃ってしばらく動けなくなった。
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