第8話

 凛ちゃんに攻められて、妹には不審感を抱かれながらビクビクした昨日の出来事から一転。

 今日は、精神的な圧力ではなく身体的な激しい披露の圧力に俺は苦しんでいる。

 なぜ、こんなに新学期が始まって最初の一週間がハードなのか。




 現在、体育館には聞けばほとんどの人がうんざりするか恐怖する音が響き渡っている。

 その音は、音階を一つずつ一定のリズムで刻んでいくもの。

 それはどんどん早くなって、それに合わせてシューズ底のゴムと体育館の床に擦れる音が響き渡り始める。


「きっついって……!」


 この競技をしているときは、余計なことを話すことは避けるべきだが、そうでも言わないと落ち着かない。

 現在、俺がやっているのは春に行われる体力テストの一つ、20メートルシャトルラン。

 持久走を選択している学校もあるかもしれないが、この高校ではこちらを選択している。

 運動部どころか、部活すらしていない俺からすれば一年の中で一番激しい運動になる。

 春とはいえ、最近の4月は暑いので汗も尋常ではない。

 こんな新学期早々やることにはハードだが、これからどんどん暑くなるので、逆に早くやる方がいいのかもしれない。


「ほぉ、斗真のやつ頑張るな」


 現在、出番ではない遥輝達は俺が必死になっているのを楽しそうに見ている。

 本当ならムカつくところなのだが、そんな余裕すらもない。


「あいつ基本的に面倒くさがりなくせに、こういう事はガチなんだよなぁ」

「そうだな。何だかんだ言いながらな」


 こういう事は疲れるので、適当なところで止めるやつも多いが、俺はそういう事をしない。

 この機会に本気でやらないと、自分の体力がどれくらい落ちているのかなどが全く分からない。

 それに、この様子はクラス全員でやっていることなので当然女子も見ている。

 二人に対して、女の子に積極的に行くのはどうも気が進まないみたいな言動をしているものの、やはり女子に良いところは見せたいもの。

 マジでやってもこればかりは体力測定を理由に出来るし、結果を出せば動けることを見せつけられる。

 普段、格好をつけるのは痛く見えるけど、こういう時はそうならないので、せっかくなら張り切ってやってしまえという感じだ。


「だけど、きっついわ……!」


 すでに回数は115回を超えている。

 おそらく男子高校2年生の平均よりは上回っているはず。

 俺と同じグループで同時に始めた者たちは、リタイアしてそこそこ数が減ってきた。


「斗真、120回は行けよ?」

「いや、130回いけ!」


 二人はむちゃくちゃなことを言っている。

 そのレベルは陸上や、球技やっているやつが到達してまあやるやんレベルだと言うのに。

 進学校の帰宅部男子に求めることではない。



 この後、結局125回までは粘って最後はラインに体ごと突っ込んでリタイアした。

 本当は心臓に負担がかかるので、NG行為なのだが。


「も、もう無理……!」

「やるやん、帰宅部。うちの部員より普通に持久力あるぞ」

「ほんと。どこからそんな運動量出てくるんだよ」


 二人が感心するくらいの体力は維持することが出来ているらしい。


「い、一応最低限は体動かしてるから……」

「本当に持ったいねぇなぁ。宝の持ち腐れってこういう事に言うんだな」


 二人はそう言っているが、活かすとすれば女の子にいい格好をするためぐらいにしか使う気がないのでどうでもよい。


「いやぁ、糸原君。体力は健在だねぇ」

「ど、どうも……」


 体育の教師が、俺に声をかけてくる。


「帰宅部なんだろ?」

「です。やっぱり体力維持は難しいですね」

「だから、うちの部活に入ればいいのに」

「勘弁してください。今になってやっても、もう実戦感覚無いですよ」


 俺は中学まで剣道をしていた。

 しかし、無理な体制から打突によって捻挫をしてから本当に痛みで何をするにも制限がかかることに悩まされてしまった。

 ……後、高校からOKの突きが嫌すぎる。

 型の練習で一時的に中学時代にやったことがあるけど、俺がビビりすぎてそれを見た後輩の女の子がすごく気を遣いながらやっていたことはまだ記憶にある。

 中学最後の大会で、出来過ぎる成績を残したこともあってこの顧問が意地でも入部させようとしてきた。

 まぁ、逃げ出して今があるんですけど。


「まぁいつでもウェルカムだからな。……はい、次のグループ行くぞ! 準備しろー!」


 いつも通り一言勧誘して、体育教師としての仕事に戻って行った。

 俺は体育館のドア付近に移動して、座り込んだ。

 日差しは暑いが風は涼しく、今の俺には有り難いものである。


「お疲れい!」

「おお、委員長」

「やるねぇ、まだあんなに走れるんだ」

「自分でもここまでいけるとは思わなかったね」

「ほれほれ、風を送ってやるよ〜!」


 委員長は記録用の下敷きを仰いで、俺に風を送ってくれる。

 プラスチックの下敷きのようにしなる材質でないため、風がたくさん来るわけではないが、十分ありがたかった。


「私も風に当たりたいからほれほれ! もっと寄って寄って!」

「委員長……! ちょっと近い!」


 先程、同じように走っていた委員長も風に当たりたいのか、更に俺の横の距離を詰める。


「お? 何を気にしとるのだね」

「いや、汗ものすごく掻いてるから」

「あはは! 確かに頭から水かぶったのかってくらいビシャビシャだね!」

「だからそんなに寄ったら、俺が恥ずかしい……」


 流石にこの状態で、女子が近寄ってくるのはまず過ぎる。


「ほー。女子にそんなに関心を持ってないイメージの君でも、そういう事気にするんだね」

「そういう関係性というよりは、イメージ悪くなる問題だからな」


 モテるまではいかなくても、こいつは嫌だなぁという評価を下されることは避けたいものである。


「まま、一年生から仲良くしとる関係だし、シャトルランした後ってこと分かってるから、気になさんな!」


 そう言うと、普通に隣に来た。

 委員長が何と言おうと、こっちは落ち着かないままなのだが。


「ってか一年の時からつるんでる割には、こうして二人で会話した記憶ってあんまり無いな。だから昨日といい、今といい結構新鮮な感じする」

「あー、確かに言われてみればそうかも! 遥輝と一緒にいるからたまに話してるって感じだったし! まぁそれでも抵抗無いのは、遥輝の友達だし、話した第一印象悪くなかったからかな?」

「ま、まぁそうかもしれんな!」


 委員長が、遥輝の気持ちに気が付いているかどうか分からないし、今更掘り返すような形になってもいけないので一言肯定だけしておく。

 委員長の性格や経験を踏まえると、間違いなく大丈夫だろうが、俺の回答次第で結果として遥輝と彼女さんに悪影響を与える可能性も0ではない。

 余計な波風は、絶対に立てないように考えて話をする。


「だからか! L○NEでもクラスのグループで一緒なだけで個人で話したことないね!」

「まぁそりゃね。一時期彼氏もいるって言ってたし、対面でまともに話せるならそれもいいけどね。あの時の俺と幸人は、遥輝と一緒にいるやつレベルだったろうし」

「んー、まあ幸人とは普通に話してたけどね?」


 あれ、幸人さん? 


「そ、そうだったのか」

「うん、まぁでも一時期だね。幸人自体に彼女さん出来てからは全く。遥輝も同様」

「まぁそんなもんだよな〜」

「それが普通だよね〜。話が続いてもこっちも気まずいからね」


 二人は彼女出来てからはメリハリついてるけど、彼女いるのに、委員長との個人的な関わり辞めないやつとか多いんだろうなぁ。


「斗真は、個人的に連絡取り合う女子相手とかいないの?」

「あんまりいないね〜。そもそも私的に話す女子がいないから、そこまで発展しないね〜」


 約1名を除いて。そしてその関係性が友達なのか何なのかよく分かってすらもない。


「ほぉ、じゃあ連絡取る相手として一番可能性が高いのはこの私ってわけだ!」

「そう…なるのかな?」

「最初の相手になってあげようか?」

「え?」


 委員長から、そんなことを言われた。


「斗真話面白いし、彼女いないしいいかなーって」

「うん、それは全然構わないけど」


 断る理由も無いので、その誘いを受けることにした。


「ん、決まり!」


 委員長はニコニコ笑顔で満足そうに頷いた。

 遥輝と幸人が必死にシャトルランを行う中、予想外な交友関係が更に発展した。











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