27話 青空ひなた誕生記念配信
「みんな、こんばんわんこ! みんなの心に青空届ける青空ひなたです。今日はね、諸事情で延期していた青空ひなた誕生記念配信をやるよ! 今日のために三期生の二人がゲストで来てくれたんだ。あといつも通り、ゆうちゃんもいるよ! まずは二人とも自己紹介お願いね」
「はい。皆さんこんばんわ。三千世界に歌を轟かすアイドルVTuber、姫崎ルカです。ひなた、十六歳の誕生日おめでとう。本当はもっと早くお祝いしたかったんだけど、諸事情がね……」
「ククク、僕こそがテレライブの至宝、ゲーマー忍者の蔭寺つかさ。今日はひなたが主役だけど、僕もどんどん目立って行くから覚悟しておいてね!」
コメント
:待ってた
:おめでとう!
:おめ
:こんばんわんこ!
:安定の三期生
:なんか安心して見てられるな
:最近ゆうちゃん出番少ないから今日は出て来て欲しい
:ひなた十六歳か若いな
:馬鹿、そういう設定だろ。裏ではタバコ吸って、男とよろしくやってるよ
:まあ、年齢は設定かもね
:でも綾乃の妹ならそれくらいじゃね?
:いや、ひなたは違うだろ
:俺はルカだと思ってた
:結局誰だったのあれ?
:結局わからずじまいだったな
:メディアが急に沈黙したからね
:ああ、それねリナシスの事務所が圧力かけたらしいよ
:ミロク先輩がマスコミのお偉いさん札束で殴ったって聞いた
「二人ともありがとう。今日はこの四人で楽しい企画盛り沢山でやっていきます。ケーキも買ってきたよ。ゆうちゃんの好きなマカロンも載せてもらったから、あとで食べようね。それでは、最初の企画は……あれ、台本がないや、ちゃんとここに置いといたんだけどな」
「ひなた、企画の前に渡したいものがあるの。ね、つかさ」
「うん、まあ大した物じゃないけどさ。一応ね」
「え? そんなの予定にあったかな? 台本何ページ? ああ、台本見つからないよ。ゆうちゃん、台本どこにあるか知らない?」
コメント
:台本探してて草
:サプライズプレゼントだろ
:台本、覚えてないのね
:台本用意してても、結局いつもアドリブだからな
:ゆうちゃん、一緒に台本探してあげてw
:プレゼント何?
:台本がプレゼントだろw
「まずは僕からだね。使ってくれると嬉しいんだけど」
「あ、つかさちゃんありがとう! 開けるね。……これってゲーミングヘッドセット? しかもつかさちゃんとお揃いのだ! これで一緒にお話ししながらゲームが遊べるね!」
「うん、また一緒に遊ぼう。今度は協力プレイでボッコボッコにしてあげるよ」
「え? 協力プレイなのにボコボコにされちゃうの?」
「ひなた、あたしからもプレゼントよ。迷惑じゃないといいのだけど」
「ルカちゃんありがとう! えっと、これは……コンタクトレンズ? わたし、コンタクトしたことないや、ずっと眼鏡だったから」
「きっと、眼鏡を外したひなたも可愛いと思うの。良かったら使って」
「うん、ありがとう! 試してみるね」
「うわ、ルカってばひなたの視力まで調べてたわけ? キモいな。ひなた、きっとルカに指輪のサイズまで知られてるよ、そろそろ別居したほうが身の為じゃない?」
「な、あたしは別にそんなことは…………念のためひなたが寝てる時に指のサイズは測ったけど。指輪なんてプレゼントしたら、重い女だって思われそうだし……」
「うわ、本当に測ってたんだ。ひなた、ルカは捨てて僕の家で同棲しよう。ちょうど、兄貴の部屋が空いてるから好きに使ってよ」
「指輪? そっか、三期生のみんなでお揃いのアクセサリー買うのも面白そう! あ、でもゆうちゃん指輪付けられないか。ねえ、ゆうちゃんはどう思う?」
「ところで、そろそろはっきりさせておきたいんだけどさ……」
「何よ、つかさ」
「ひなたは、僕らの中で誰が一番好きなの?」
「へ? 一番?」
「そうね、あたしも気になっていたの。も、もちろん友達としてね、誰が一番なの?」
「ええ、友達に順番なんてつけられないよ」
「それでも、差はあるでしょ? あ、ちなみに僕は友達じゃなくてもオッケーだよ」
「ねえ、ひなたどうなの?」
「うーん、困ったなあ」
コメント
:二人でひなた取り合いしてて草
:三角関係だな
:カップリング一人余るもんな
:あれ、でもゆうちゃん入れれば四人じゃね
:じゃあ、ゆうひな?
:いや、俺はゆうルカ派だ
:いやいや、つかルカでしょ
:ひなルカ推しで
:ゆうつかだろ
:でもゆうちゃんは実質ひなたの体だから……
:三期生の同人誌捗る
「……やっぱりゆうちゃんが一番かな。ゆうちゃんもそうだよね?」
「ゆうひには勝てなかったか。この僕が二度も敗北するなんて……」
「そうね、ひなたの一番はゆうひよね。だって二人はいつも一緒だもの。そういえば、ゆうひはひなたにプレゼント用意していないの?」
「え、ゆうちゃんもプレゼントあるの? 二人にもお話があるって? わかった、交代するね………………」
「……夕陽? どうしたの、話って何?」
「ルカ、私陽向に歌を贈りたいの。やり方を教えて。有名なアニソンだから、リスナーさんも聴いてもらえる? ルカみたいに上手には歌えないけど」
コメント
:ゆうちゃんきた
:ゆうちゃんが歌?
:初めてじゃね
:アニソン?
:楽しみ
:なんのアニメ?
:待てお前ら、ゆうちゃんも音痴かもしれないぞ
:ひなたはジャイアンだもんな
:地獄のリサイタル再びか
:曲気になる
「エヴァの曲よ。今でも人気の作品だから、きっと知っている人も多いはず」
「エヴァ? 意外だね。じゃあ、『残酷な天使のテーゼ』?」
「いいえ、終わりの方で流れる曲よ。英語の歌詞の」
「ああ、『Fly Me to the Moon』ね。ジャズの名曲だわ」
「そっちでもなくて、ほら劇場版で流れた曲よ。確かタイトルは『
「……夕陽? ちょっと待ってよ。今日は陽向のお祝いなのよ。どうしてその曲なの?」
「ごめんね、わたしこの曲しか歌えないの。これ、アーカイブに残るんでしょう。じゃあ、陽向も後で聴いてくれるはずよね。気持ちを込めて歌うから……」
「でも、嫌よあたし、そんなのって……」
「ルカ、歌わせてあげようよ。その方がいい気がする」
「……わかった。準備するから待ってて」
姫乃は私のために音源や機材を揃えてくれた。
私は目の前に陽向がいると思って歌った。
言葉の一つ一つに想いを込めた。一音一音を取りこぼさないように声を張った。
これで良かったんだよね。私が陽向にできるプレゼントなんてこれくらいだから。
少し長い曲だったけど、私はちゃんと歌い上げることができた。
二人も、リスナーさん達もちゃんと聴いてくれた。人前で歌うのも案外気持ちがいいのね。それにこうすれば、ネットの中に私の声がいつ迄も残るんだ。きっと私の歌を陽向も聴いてくれる。
陽向、喜んでくれるといいな。
「……ルカ、私のことを抱きしめてくれてありがとう。あんなに心が温かくなったのは初めてだったよ」
「バカね、何度でもそうしてあげるって言ったでしょう。これからだって……」
姫乃はまた私の体を強く抱きしめてくれた。顔が見えなくなったけど、たぶん泣いているのよね。姫乃も陽向に負けない泣き虫なんだから。
「うん、またいっぱいぎゅーってしてね。約束だよ。きっと陽向もそうして欲しいと思うから」
私は姫乃の背中を撫でながら、今度はつかさに向き直る。
「つかさ、陽向のことお願いね。あなたはなんだかんだ頼りになるから、これからも陽向を助けてあげて」
「そんなの、言われなくてもわかってる。でも、僕じゃ夕陽の代わりは務まりそうもないな……」
「私の代わりはいらないの。つかさとルカが居てくれれば、陽向は大丈夫よ」
それから私は画面とマイクに向かう。
「リスナーさん達も、これからは茜空ゆうひの分まで青空ひなたを応援してあげてよね。またこの子を泣かせたら絶対許さないからね、地獄の果てまで呪ってやるから!」
もうすぐ限界みたいだ。でも、もう言いたいことは言えたはず。
私もVTuberになれて楽しかったよ。次のひなたの配信が今から楽しみだ。
じゃあ、そろそろ眠っているこの子を起こしてあげないとね。
「陽向、早く起きなさい。みんな待ってるわよ」
聞き慣れた声、いつもわたしの傍に居てくれる親友の声だ。わたしは思わず、声のする先に手を伸ばしてしまう。空に手を伸ばしても、あの美しい光に触ろうとしても、届くはずはない。けど、それが無理だってわかってても、やめることができないんだ。
「あれ? ゆうちゃんに触れる……これ、夢なのかな?」
「そうね、きっと夢の中よ」
わたしは初めて触る親友の顔を一頻り撫で回した。柔らかい頬、ちょっと尖った鼻、細い眉、小さな口、大きな眼を覆う目蓋。なんだ、こうしてみると、ゆうちゃんってわたしに似ている。わたしの心が作ったんだから、当たり前かな。
「ねえ、陽向。私、思い出したことがあるの」
「ん? なあに、ゆうちゃん」
ゆうちゃんはわたしを抱きしめると、耳元で囁いた。
「私と陽向はね、初めからずっと一緒だったの。あなたが生まれる前から、私はあなたの隣にいたのよ」
「生まれる前から? そっか、だからわたし達ってこんなに仲良しなんだね」
「そうよ、陽向。それはこれからも同じよ。私はずっとあなたの傍にいる。私はあなたの心に還るだけ、だから何も寂しがることはないの」
「ゆうちゃん? 何言ってるの? そうだ、まだ配信の途中だよね。早く起きないと。フフ、配信中に眠っちゃうVTuberなんてわたしくらいだよね。ゆうちゃん、行こうよ」
「そうね、目覚めないと。ルカとつかさが困っているだろうから」
わたしはゆうちゃんと手を繋いで一緒に歩いた。夢の出口を探しながら、わたしはゆうちゃんの手をふにふに触って、なぜかそれを懐かしいと思った。
「あ、わたしも思い出してきたかも……そうだよね、わたしたちいつもこうやってお互いの顔とか手を触ってたよね」
「陽向が蹴ってきたこともあるわ」
「え、ごめん。でも仕方ないよ。あの時も今みたいに真っ暗闇だったんだもん」
「そうね、でも、もう出口みたいよ。光が見えるわ。行ってきなさい」
ゆうちゃんが言う通り、眩い光がそこから差し込んでいた。それは夕陽と同じ茜色の光だった。
「あれ、ゆうちゃんは来ないの?」
「大丈夫よ、私は陽向と一緒にいるから」
「? よくわかんないけど、あんまり遅いと、ゆうちゃんより先にマカロンケーキ食べちゃうからね」
「ケーキだけじゃなくて、どら焼きもあるみたいよ」
「え、本当に? でもそんなに食べたら太っちゃうよ」
「いいじゃない、VTuberなんだからちょっとくらい」
「ダメだってば、VTuberも体が大事だっていつも言われてるもん。……でも、今日くらいはいいよね。お祝いだからね」
「うん。そういえば、まだ言ってなかったわね。陽向、誕生日おめでとう」
「ありがとう、ゆうちゃんも誕生日おめでとう。誕生日も一緒なんて親友らしくていいよね」
「そうね」
「うん」
ゆうちゃんは手を引いて、またわたしを抱きしめてくれた。
「……大好きだよ、陽向。私の友達になってくれてありがとう」
「わたしもだよ! ゆうちゃんが大好き。でも、今日はやけに素直なんだね」
「いいでしょう、今日くらいは」
「フフ、そうだね。じゃあ、先に行ってるね」
「いってらっしゃい。私もすぐに行くから」
ゆうちゃんから離れたわたしは赤光に足を踏み入れていく。眩しいはずなのに、逆に閉じていた瞼がゆっくりと開いていくのがわかる。
そういえば、台本どこにいっちゃったのかな。でもまあいいや。台本がなくても、また四人で雑談配信にしちゃえばいいよね。吉川さんには怒られそうだけど……
「……ああ、ごめん、わたし夢を見てたみたい。でも、すっごくいい夢だったよ。ゆうちゃんに触れたの! あれ、ルカちゃん、どうして泣いているの? つかさちゃんもそんな暗い顔してどうしたの? ねえゆうちゃん、わたしが寝てる間に何かあったの?」
わたしは気付いた。姫乃ちゃんがわたしの隣で泣いている、あのつかさちゃんが配信中にも関らず項垂れている。でも異変はそれだけじゃなかった。
ゆうちゃんの気配がしない。たまにどこかに飛んでいっても、その気配だけは感じることができたのに。今は何も感じられない。
「みんな、ちょっと待ってて、ゆうちゃんがいないの。わたし、探してくるから……」
立ち上がって、部屋を出る。ゆうちゃん、どこに行ったのかな。何も配信中に出かけることはないよね。それもわたしの記念配信なのに。ゆうちゃんって時々意地悪なんだから。
「待って、陽向。もう夜なのよ。つかさ、ここお願い。あたしが追いかけるわ」
家の外で姫乃ちゃんが追いついて、わたしの服を掴んだ。わたし、悪いことしちゃったな。配信中なのに急に飛び出したらびっくりするよね。でも、ゆうちゃんは探さないと。
「姫乃ちゃん、ごめんね。ゆうちゃんがいないの。一緒に探してくれる?」
「……ごめん。ごめんね」
「どうして謝るの? もう、姫乃ちゃんも泣き虫さんだね」
わたしはハンカチで姫乃ちゃん涙を拭ってあげる。友達が悲しんでいると、なんだか自分まで悲しくなりそうになる。
「陽向、夕陽はね、夕陽は……」
「うん、大丈夫だよ。きっとゆうちゃんもお腹が空いたらひょっこり戻ってくるよ」
「違うの、違うのよ……夕陽はもういないの」
姫乃ちゃんは何を言っているんだろう。そんなわけないよ。ゆうちゃんはずっとわたしと一緒に居てくれる。夢の中でもそう言ってくれたよ。だってわたしの大事な親友だもん。
だからね、早く出てきてよ、ゆうちゃん。
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