26話 二人でデート?

 今日の姫乃は怪しい。


 やけに着飾った服装に、普段はしない化粧までしている。しかも、陽向には行き先を告げずにヒールを履いて出かけたのだ。


 陽向はまるで気にしなかったけど、私の目は誤魔化せない。姫乃からは恋する乙女の匂いがぷんぷんする。大方、陽向には黙って男とデートでもするつもりなんだろう。この前大騒ぎになったばかりなのに大胆なことをしやがる。


 別に姫乃がどんな男と付き合おうが勝手だけど、陽向まで悪影響を受けたら困る。なので私は姫乃のデートをこっそり偵察することにした。ついでに姫乃の相手もじっくり鑑賞してやろう。


 姫乃は電車で近所の大型商業施設まで来た。中に入ってすぐのモニュメント前で立ち止まり、腕時計を確認し始めた。たぶん、ここで相手と待ち合わせなのだろう。几帳面な姫乃のことだから、時間より早く着いたに違いない。


 数分も経たずに、姫乃の相手は姿を見せた。姫乃は気合の入ったお洒落な服装で来たのに、向こうは黒いTシャツにジーンズと随分ラフな格好だった。


 姫乃のデートの相手は私も知っている人間だった。ていうか期待外れもいいところで、その相手は三期生のつかさだった。まさかこの二人、裏でこっそりデートするような仲だったのか——ってそんなわけないか。


「まさか僕と姫乃が一緒に買い物するなんてね。正直キモいよ」


「あたしだってあんたと一緒に出歩きたくなんてないわよ」


 二人は出会った矢先から嫌みを言い合う。


「でも、しょうがないよね」「でも、しょうがないわ」


 そんな二人が口を揃える。


「「陽向の誕生日プレゼント選ばないといけないんだから」」


 なるほどそういう事情だったのか。例の事件のせいでドタバタして先延ばしになっていた青空ひなたの誕生記念配信を明日やる予定なのだ。三期生の三人が家に集まって盛大に祝うことになっている。陽向には内緒だけど企画には二人がプレゼントを渡すことも含まれていた。


「だから、今回だけはあなたの知恵も貸して」


「それはこっちのセリフだよ。一緒に生活してるんだから、陽向の好みくらい把握してるんじゃないの?」


「う、それがね……あの子、結構謎が多いというか。あんまり自分の事話さないのよ。それであたし余計な勘違いもしていたみたいで……だから今日はつかさにも一緒に考えて欲しいのよ。一応、服とかのサイズは調べたから」


「なんだ姫乃も案外頼りないね。うーん、ゲームはデビルズにハマってるみたいだけど、元々の好みだったわけじゃないだろうし……配信でも夕陽やきみの話ばっかりだよね……これは意外と難儀するかもしれないよ」


 確かに陽向が何をもらったら喜ぶのか、ずっと一緒にいる私にも断言できない。そもそも友達からプレゼントをもらう事自体初めてなのだ。両親にはいつも勉強道具とか、高価な本とかを貰っているけど、それが陽向の本当に欲しいものなのかわからない。でもまあ、陽向のことだから二人から何を贈られても喜びそうだけど。


「一応、どら焼きが好きってことは最近分かったんだけど、それも変な話で」


「どら焼き? 別に普通じゃない?」


「それが陽向ね、どら焼きが好きなのは夕陽の方だとずっと勘違いしてたみたい。理由を聞いたら、自分がどら焼きを食べていると夕陽もすごく嬉しそうだったからって言うの」


「……それって、美味しそうに食べる陽向を見て、夕陽も喜んでいただけじゃないか。なるほどね、陽向を喜ばせるのってそう単純じゃないのか」


 陽向は自分がどうこうというより、ずっと私や周りの反応を意識していたのかもしれない。自分が満足できるかよりも、私や友達が喜んでくれることの方が陽向には重要なんだ。


「一応どら焼きは用意したんだけど、それがプレゼントじゃ物足りないと思って、何かもっと特別な物をあげたいの」


「そうだね……まあ、店を見て回れば良い物が見つかるかもしれない。とりあえず、探してみようよ」


 二人はそれからギフトショップや雑貨屋を見て回った。そこにはいろいろ面白い商品が並んでいたのだけど、どうにも二人の琴線には触れなかったらしい。私も、もし陽向にプレゼントするなら何がいいだろうか考えながら品物を眺めていた。


「……ダメね。どれも違う気がする」


「そうだね。ていうか、陽向って僕らより給料もらってそうだよね。お金で買えるものをあげても、なんか有り難みなさそう」


「陽向はそんな子じゃないわ。でも、つかさの言いたいこともわかるかも……やっぱり、手紙や手作りの物にすべきかしら?」


「姫乃はそれでもいいだろうけどさ、僕はそんな柄じゃないね」


 つかさが陽向に感謝の手紙を読み上げるところを想像したら、確かに笑えてくるわね。


 どうも二人は手詰まりらしい。その辺の石でも拾ってきて渡せば、陽向は大喜びだろうに二人は納得がいかないみたいだ。


 二人がこんなに拘っているのはおそらく、どっちが陽向を喜ばせられるのかという勝負に負けたくないからだろう。陽向が二人からの贈り物に優劣などつけるはずもないが、受け取った時のリアクションを見れば微妙な差くらいは出るかもしれなかった。一緒にプレゼントを選ぼうなんて言い出したのも、互いのプレゼントを事前に把握しておくために違いない。


「もういいや、こんなことで悩むのも僕らしくない。陽向が喜ぶ物がわからないなら、自分が欲しいと思う物をプレゼントすればいいんだ」


 つかさはそう言って一人で電気屋に入っていった。迷うことなくパソコンとゲーミングデバイスのコーナーに向かっていく。まあ、つかさらしい発想だとは思う。


 一人取り残された姫乃はまだ考え込んでいるようだった。


「陽向が喜ぶ物……やっぱりわからない」


 姫乃、そんなに悩んでも仕方ないんじゃない。陽向はあなた達が一緒に誕生日を祝ってくれるだけで喜ぶわよ。


「そういえば、夕陽は何を贈るつもりなのかしら。きっと陽向のことを一番に考えた素敵な贈り物なんでしょうね……」


 私はもう決めてるよ。それで陽向が喜ぶかはわかんないけどね。




 プレゼントを選び終わった二人は、レストランに入って昼食を食べるようだ。明日の打ち合わせも兼ねたランチミーティングというわけだ。明日の配信の流れを確認しながら、二人は食事をとる。食後には二人ともコーヒーを頼んだ。


「ありがとうね、つかさ」


「ん? 今日のこと? 何にも役に立ってないけど」


「違うわ、この前のこと。まだお礼を言えてなかったから」


「……ああ、それこそ僕は何もしてないよ。あれはミロク先輩の発案だし、けしかけたのは陽向だからね」


「それでも、嬉しかった。ありがとう。あたし、あなたのこと誤解していたみたいだから」


「何? きみも僕に惚れちゃったわけ? まったくしょうがないな。誰も僕の魅力には抗えないようだね」


「そうね、少なくともこの前の配信のあなたは格好良かったわ」


 しれっと言い放って、姫乃はコーヒーを口にする。つかさの方は、素直に褒められたのが気恥ずかしいのか、顔を赤らめていた。


「ひ、姫乃ってそんなキャラだっけ? きみ、陽向と同棲して毒されてきたんじゃないの?」


「それはお互い様でしょう。あなたも陽向のおかげで随分と様変わりしたじゃない」


「ああ、そうかもしれないね……」


 確かに二人とも陽向に影響されたのか、だいぶ丸くなったみたいだ。でもそれが本来の自分だって思えたから、あなた達は今も陽向の傍にいるんだろうね。たぶん、これからも陽向の隣には二人がいてくれる。いずれは先輩や後輩なんかもそこに加わるんだろうな。

 

 だからもう大丈夫、私の役目は終わったよね、陽向。

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