24話 最後の配信

 天上ミロクからとんでもない作戦を授けられた陽向は、興奮した足取りで祖父母の家に戻った。しかし、そこに肝心の姫乃の姿はなかった。どうやら陽向たちが目を離した隙に家から出て行ったみたいだ。


「姫乃ちゃん、どこに行ったのかな。どうしよう、ミロク先輩の作戦もまだ伝えてないのに」


 陽向が電話を掛けても姫乃は出なかった。吉川から勝手な行動は慎むように言われているのに、これではいつぞやの再現だ。姫乃も焦って冷静さを欠いているらしい。


 陽向、たぶん姫乃は陽向の家に戻ったんだと思う。


「わたしの家? どうして?」


 配信をするためだよ、そこで名乗り出る気なんだ。


 それを最後に姫乃はVTuberを辞めるつもりなんだろう。私たちが止めるのも無視して、自分ですべての責任を背負いこんで、それが解決になると思い込んでいる。


「新幹線に乗ったのなら、今頃もう東京まで着いているかも。ミロク先輩の作戦、間に合うのかな」


 わからない。私、先に姫乃の所に行くわ。


「お願い、ゆうちゃん。わたしも後から追いかけるから」


 たぶん陽向が今から追いかけても間に合わない。私が行ったって何もできないのはわかっているけど、それでも見過ごせるはずがない。姫乃は私にとっても大事な仲間なんだから。





 陽向の家まで私が戻ると、姫乃はもう自分の部屋で配信の準備を進めていた。その決意は堅いようだ。これ以上この騒動で、テレライブの他のVTuberにまで火の粉が降りかからないよう、たとえ自分が矢面に立ってでも止める気でいる。


 姫乃、あんた馬鹿だよ。そんなことをしたって陽向は喜ばない。あの子はあんたがいたからVTuberになろうって思ったのよ。それなのに、あんたが先にいなくなったら、あの子はどうすればいいのよ。それに、私だって……


「ごめんね、夕陽。あなたにもたくさん心配をかけたわね。でも、もう大丈夫よ」


 姫乃は私がここにいるって察しているみたいだ。見えるわけもないのに、感じるわけもないのに姫乃は私に向かって話続ける。


「あたしも夕陽と同じ気持ちでいるの。大事な友達のためだったら、自分はどうなってもいい。仲間を守れるのなら、陽向が笑顔でいてくれるなら、あたしもきっと笑っていられるから」


 それが馬鹿だって言ってるんだ。姫乃がVTuberを辞めて、陽向が喜ぶと思っているの? そんなの解決になってない! 自分が犠牲になればいいなんて、欺瞞だよ、狡いよ、あんたは私と同じ卑怯者だ。


「夕陽、今度は陽向と一緒に会いにきてね。そしたらまたぎゅーって抱きしめてあげるから」


 そして姫乃は——姫崎ルカは配信を始めた。たぶん彼女はこれが最後の配信になると思っている。


「リスナーの皆さん、姫崎ルカです。今日は大事な話があります」



コメント

:ゲリラ配信?

:自粛中じゃなかったのか

:大事な話?

:あれだろリナシスの件

:今大騒ぎになってる

:もはや祭りだな

:綾乃の妹

:本当にテレライブのVTuberだったの?

:じゃあ、ルカもやっぱり……



「リスナーさんも今回の騒動のことはもう知ってますよね。リスナーさんにも、先輩たちにもたくさん迷惑をかけて、本当に申し訳ありませんでした。そうです。あたしが、リナシスの東條綾乃の妹です。姉が言っていたのはあたしのことなんです」


 でも残念だったわね、姫乃。これをあんたの最後の配信にはさせない。それに、あんたに守ってもらうほど、テレライブのVTuberたちは弱腰じゃなかったみたいだよ。



コメント

:やっぱりルカちゃんも妹なのか

:もう騙されないからな!

:言うと思った

:これで何人目だよ

:全員参加なのテレライブらしいね

:リナシスの妹って一人じゃなかったんだな

:一期生と二期生に続いて三期生も便乗とは

:真面目なルカちゃんまで参加とは意外だった

:テレライブすげー炎上してる

:見事に燃え上がってるな

:こんな祭り滅多にないぞ

:つかさも配信始めるみたいだぞ



「へ?」


 姫乃はコメントを読んで、その予想外なリアクションに戸惑っていた。


「どういうこと? 何人目って?」



コメント

:ルカ他の配信見てないの?

:もう三期生だけだよ

:ひなた以外はもう全員じゃね

:じゃあひなたちゃんが本物か?

:それはないって

:どうせひなたもやるでしょう

:ルカも配信見てきたら

:こんなのもう一生見られないだろうな



「ごめんなさい、ちょっと様子を見てきます」


 姫乃はマイクをミュートにして、webブラウザを開いた。自分の配信準備で姫乃は気付かなかったようだけど、配信を中止していたはずのテレライブのVTuberほとんど全員が急遽配信をしていた。その筆頭はもちろん発案者の天上ミロクだ。山形にいる陽向だけはさすがに間に合わなかったようだけど。


 姫乃は先輩たちの配信内容を確かめていくが、やがてそのどれもが同じ話を繰り返していることがわかった。ちょうどつかさが配信途中なので、姫乃はそれも見始める。


「僕があの東條綾乃の妹なのってそんなに意外だった? いやあ、プロゲーマーの兄に、トップアイドルの姉がいるなんて、みんなも僕が羨ましいよね。おまけに忍者の末裔でもあるし。え? 顔にコンプレックス? ああ、そうそう、僕って見た目が美しすぎるから、他人に素顔を見せるとあまりの美しさにみんな気絶しちゃうんだよね。それが昔からコンプレックスでさ。だからVTuberになるしかなかったんだよ。姉は僕と比べると多少はブスだからアイドルできてるみたいだけど……」


 そう、つかさも含めてテレライブのVTuber全員が、自分が東條綾乃の妹だと告白したのだ。みんな揃ってそう嘯いたので、視聴者の誰も信じてなどいないけど。これこそが天上ミロクが考えた悪あがきだった。彼女がVTuberたちに呼びかけて、みんなに自分が妹だと名乗りをあげるよう仕組んだのだ。


 ミロクのようなテレライブの人気VTuberも軒並み参加したようだから、ネットでは今頃、前以上の大騒動に発展しているはずだ


「あ、ひなたからチャットが来たから繋ぐね。立ち絵、立ち絵……」


「みんな、こんばんわんこ! 今日もみんなの心に青空を届ける青空ひなただよ。みんなに今日はお話があるの。実はね、わたしも綾乃さんの妹なの! わたしもね、昔から自分の見た目がコンプレックスで、あとコミュ障だからあんまり友達もできなくて、だけど、VTuberになって、わたし変わったよ。初めての友達ができて、みんなとも仲良くなれて、今はすっごい楽しいの。……ルカちゃんもそう思ってるよね、きっと」


 これで青空ひなたも名乗りを上げた。救いようもない馬鹿が全員揃ったことになる。姫乃が降り掛かる火の粉から守ろうとした相手は、今やみんな大きなキャンプファイヤーを囲んで踊っていた。姫乃がどれだけ自分が綾乃の妹だと言っても、もう誰も信じないだろう。


「…………ああ、待たせてごめんなさい。今、みんなの配信を見てきたわ。そう、そうなの、あたしもリナシスの綾乃の妹よ。ええ、そう、顔にコンプレックスが……あたし、姉と顔がよく似ているから、姉と比べられるんじゃないかって、アイドルになっても本当のあたしを見てもらえないんじゃないかって不安だった。でも、それも杞憂だったみたいね。今はちゃんとあたしのことだけを見てくれる人がいるの。その人たちに報いることができるように、あたしはこれからも頑張る、頑張るから……」


 姫乃は途中で堪えきれずに泣き始めた。視聴者に悟られぬよう唇を噛み締めて声は押し殺していたけど、涙だけは抑えようもなく流れ続けている。いつもの綺麗にすました顔も今はぐちゃぐちゃに泣き崩れていた。


 姫乃がVTuberで残念だったわね。VTuberじゃなければ、この泣き顔をそのまま視聴者に見せることができたのにな。でも、私はあんたのその惨めったらしい顔をちゃんと見ていたからね。


 いつまで泣いているのよ、姫乃。それでも本当にトップアイドルの妹なわけ?

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る