20話 え? VTuberってお金がもらえるんですか?

「ひなた、あなたのチャンネルも無事に収益化申請が通ったわよ。おめでとう。これで三期生全員がスタートラインに立ったってことになるわね」


 吉川から電話で吉報を伝えられたのに陽向はあんまり嬉しそうではなかった。それでどころかキョトンと首を傾げている。


「吉川さん、収益化ってなんですか?」


 電話の向こうで吉川がずっこける音はさすがにしなかった。


「まあ、それも予想してたわよ。収益化というのはね、簡単に言えば配信や動画でお金がもらえるようになるってこと」


「え? VTuberってお金がもらえるんですか?」


 今度もずっこける音はしなかったが、さすがの吉川もしばらく言葉を失っていた。


「……そこからなの? 契約書読んでないの? 収入があるのは当たり前よ。VTuberは仕事なの。お金が貰えなかったら、誰もこんな妙なことしないでしょうに」


「はあ、そうなんですね。わたし、てっきりみんな楽しいからやってるんだとばかり思ってました」


「……もうあなたはそれでいいのかもしれないわね。でも、活動を続けるのにはお金も大切よ。何よりあなたが利益を生み出すから事務所は協力しているの。それだけは頭に入れておいて。まあ、三期生で一番人気のあなたにこんなこと言っても釈迦に説法かもしれないけど」


 VTuber青空ひなたのチャンネル登録者数は、三期生の中でも群を抜いて上昇を続けている。別にルカやつかさが出遅れているわけじゃない。青空ひなたの人気が異常なのだ。まあ、茜空ゆうひのファンの分もそこに入ってるんだから当然よね。


「ただ登録者が増えているだけじゃないの、他のチャンネルと比べても離脱者が極端に少ないわ。一度ファンになった人がまったく離れていかないのよ。あなたはほとんど化け物ね」


「化け物、わたしがですか?」


「ええ、社長の勘は間違ってなかった。あなたにはVTuberとしての才覚があった。社長がどうやってそれを見抜いたのかわからないけれど……とにかく、収益化おめでとう。収益化記念配信の企画を考えておきなさい」


「あ、それだったらまたつかさチャレンジがやりたいです!」


 つかさチャレンジというのは、最近VTuberの間で流行っている企画で、デビルズソウルの例のつかさが操作するボスに挑むという単純なものだ。けれど、未だにつかさを倒せたVTuberがいないので、誰が先にこれをクリアするのかと、リスナーも含めて非常に盛り上がっている。


 テレライブ内外問わず多くのVTuberがつかさチャレンジをやりたがるので、その都合上つかさは色んなVTuberとコラボでき、その知名度を格段に伸ばしている。そして、つかさチャレンジの生みの親とも言うべき青空ひなたにまでその恩恵が届いているのだ。


 つかさチャレンジの元になった例の配信は尋常じゃない再生数を叩き出している。収益化が通った今、きっとその動画の広告収入でマカロンが何個も買えるはずだ。


「……ゲーム実況もいいけれど、雑談とか凸待ち配信の方がいいかもしれないわね。その方が、コメントもじっくり読めるし、投げ銭のお礼もしやすいから」


「投げ銭?」


「ああ、お賽銭みたいなものよ。金額の大小はあるけど、ファンの人があなたにお金をくれるの。VTuberによってはそれだけで莫大ばくだいな金額を稼いでしまう子もいるわ」


「で、でもわたしにお金を渡してもなんのご利益もないですよ?」


「馬鹿ね、そんなの神社やお寺だって変わりはしないわ。むしろ宗教なんかより、VTuberの方が良心的よ。あなた達はファンにいろんなお返しができるから。応援してくれるファンの期待に応えるのもあなたの仕事なの。つまりは良い仕事には報酬があるってことね」


 そうよ、陽向。もらえるお金はもらっておけばいいの。そして私にマカロンを買いなさい。お店にあるの全種類買い占めなさい。


「ゆうちゃん、ちょっと黙ってて。吉川さん、わかりました。わたし、頑張ります。それで、あの、お金がもらえるならそれで作って欲しいものがあるんですけど……」


「何? 活動に必要なら事務所で予算を組んでもいいわよ」


「えっと、これなんですけど」


 陽向は用意していた資料と企画書を送った。思っていたより吉川の反応は良くて、すぐにプロのデザイナーやモデラーの人に依頼してもらえることになった。まったく、そんなことにお金を使うなら、私にマカロンを買ってくれてもいいだろうに。





「リスナー諸君、僕が待ち遠しかったかい? 天上天下唯我独尊、疾風迅雷の忍者、つかさちゃんだよ。今日も早速ゲーム実況をやっていくよ! って、なんかチャットきてるや。ああ、またひなたか、まったく配信中なのにしょうがないね。ちょっと繋ぐよ」



コメント

:ストーカー再び

:つかさ喜んでるな

:声が弾んでる

:ほんと三期生仲良いよな

:いや、つかさとルカは犬猿の仲だろ

:しょうがないよ、二人でひなた取り合ってるんだから

:ひなつかてぇてぇな

:今日もつかさチャレンジするの?

:仲良く喧嘩しなよ

:ひなたちゃん見てる?



「ひなた、収益化おめでとう。この前の配信も投げ銭の嵐だって聞いたよ。デビルズの実況も人気みたいだし」


「ありがとう。これもそれもつかさちゃんのおかげだよ。今日はそのお礼に渡したいものがあるんだ」


「へー、僕にプレゼントってわけ? きみってどんだけ僕が好きなのさ」


「ん? わたし、つかさちゃんが大好きだよ。今データ送るね」


「さらっと言うな、きみ。コミュ障キャラは卒業したのかい? で、なんのデータなの?」


「開けてからお楽しみだよ。実装してみて」



コメント

:つかさも満更じゃなくて草

:平然と告白してきたな

:ぼっちのくせに人たらし

:プレゼント何?

:この前のパッチのお返しだろ

:つかさのパソコンクラッシュしそう

:ウイルスだろうな……

:ひなたがそんなことするか?

:馬鹿、婚姻届に決まってるだろ



 陽向から受けとったデータをつかさは実装させた。それはつかさの2Dモデルに、あるパーツを加えたデータだった。つかさのセーラー服風忍者衣装は変わらずに、頭にゲーミングヘッドセットが装着される。それはもちろんつかさの持っているそれと似たデザインになっている。


「やっぱり似合うね、そっちの方がゲーマー忍者って感じがするよ」


 つかさの姿に陽向は満足そうに頷いている。


「……ひなた、ありがとう。こんなに嬉しいプレゼントってないよ。きみって不思議な人だね、どうしてこんなに僕に優しくしてくれるの?」


「そんなの決まってるよ。つかさちゃんは大事なVTuber仲間だし、わたしの大事なお友達だもん」


 いつからか、こういうことを陽向は素直に言えるようになった。ずっとコミュ障を拗らせてきた陽向のはずなのに、どうしてこんなに変われたんだろう。もしかしたら、今までは単にそれを言う相手がいなかっただけなのかもしれない。陽向の良さがわかってくれる人さえ現れれば、この子はもっと輝けるのだ。


「え? 僕はきみと友達になる気はないけど」


「へ? あ、あれ? そういう流れじゃなかった? ご、ごめん、わたし勘違いしちゃってた。ルカちゃんが友達は自然になるものだって言ってたから、つかさちゃんとはこの前ので仲良くなれたと思ってたんだけど……」


 見事にコミュ障陽向に逆戻りだった。というか、流れとか変なこと言わないの。


「そうじゃなくてさ、友達よりもっといい関係になろうってこと」


「え、友達よりすごい関係があるの?」


「うん、友達じゃなくて僕の女になりなよ、ひなた」


 私はキメラモードを使って強引に通話を切る。これ以上つかさと話していたら、純真な陽向が汚されてしまう。私が守ってやらないと。だいたい陽向は私のなんだ。つかさになんて絶対に渡す気はない。


「あ、ゆうちゃん、どうして切っちゃったの? でも、つかさちゃんも、女になれって変だね。わたし、最初から女の子だよ?」


 どうやら陽向の純潔は守れたみたいだ。願わくは、陽向には穢れを知らない無垢な天使のままでいてほしい。VTuberになった陽向にそれは叶わない願いだとわかっているけれど、私は祈らずにはいられない。


 お賽銭は弾むからさ、なんとかならない、神様?

 

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