19話 ゲームで繋がっている。

「みんな、こんばんわんこ! 今日もみんなに青空を届けたい青空ひなたです。今日はデビルズソウルというゲームを実況するよ。みんなも知っているかもしれないけど、これはつかさちゃんと約束したボスとの勝負なの」



コメント

:急にゲーム実況きた

:ひなたちゃん初じゃね

:しかもデビルズかよ

:ひなた頑張れ

:つかさのゲーム実況見たいから勝ってほしい

:応援するわ

:ぼっち根性見せたれ!

:馬鹿、そういう設定だよ。裏で台本読んでるよ

:台本通りに遊べるゲームなのか?



「えっと、実況と言っても、わたしまだゲームしながら上手く喋れないの。だからね、助っ人を呼んでるの。ルカちゃん、お願いね」


 姫崎ルカのアバターが画面に登場する。


「リスナーの皆さん、今日はあたしがひなたに代わって実況します。皆さんも、あたしと一緒にひなたを応援して欲しいの。三千世界に轟くような声援で、ひなたを勝利に導きましょう」


 場を繋ぐための実況はルカに頼んである。キメラモードを使うことも考えたけど、陽向との話し合いの末にやめた。まだ試した回数が少なく不慣れなのはもちろんだけど、キメラモードはつかさとの勝負に勝ってから使いたいというのが一番の理由だった。



コメント

:御意、ルカ様

:応援してるぞ!

:三期生不仲説を吹っ飛ばせ!

:つかさ、完全に悪役だな

:ルカもつかさを倒すために本気なんだろ

:これつかさも見てんじゃね

:あのバーチャル忍者、神出鬼没だからな



 姫乃は陽向に目で合図を送る。準備は整った。あとは思う存分暴れるだけだ。もちろんリスナーの声援を受けたからって、陽向が急にゲームが上手くなることはない。だが、人の応援が思いがけない力になることだってある。


「それじゃあ、ボスと戦うね! このボスすっごく強いんだよ」


 ゲーム画面を配信に載せる。陽向は既にボス部屋の前に待機していた。



コメント

:これ白亜の塔?

:ああ、ここか

:ある意味一番厄介なボスかもな

:いや、俺は楽勝だったぞ

:このボスは運だからな

:勝てなきゃ回線抜くといいよ

:これってランダムなんだっけ

:そうだよ



「運? ランダム? どういうこと?」



コメント

:ひなた知らないの?

:攻略サイトとかガチで見てないんだな

:ネタバレ注意な

:聞かれたから言うけど、ここのボス特殊なんだよ

:そうそう

:ここのボスは強さが一定じゃない

:プレイヤーが動かしてる

:VTuberみたいに中の人がいる

:他のプレイヤーがランダムでマッチングするようになってんの

:強い奴に当たると厄介

:鬼畜なプレイヤーもいるからな

:緩いオンライン要素

:このボスだけ対人なんだよ



「そうだったんだ。でも、本当にプレイヤーなの? わたし、ずっと同じボスと戦ってたよ。装備も同じ黒い鎧で変わらなかったし」


 しかも一晩中戦っていてもボスが出て来ないなんてことはなかった。本当にそんな仕様だとはにわかに信じ難い。


コメント

:それはおかしくね

:装備も戦い方もプレイヤーで変わるよな

:たぶん、同じ相手とマッチングするように改造されてる

:そういやパッチ入れたとか言ってたな

:つかさならやりかねん

:じゃあ、ひなた誰と戦ってたの?

:そりゃ決まってるでしょう



「……もしかして、つかさちゃんなの?」


 ボスの部屋には今日も変わらず黒い鎧の戦士が立っていた。陽向を幾度も屠ってきた相手だ。その中にまさか人間がいるなんて思いもしなかった。


 そうか、そういうことだったんだ。自分自身が立ちはだかるからこそ、つかさは勝ちを確信していた。それこそがつかさが用意した罠だ。陽向が諦めるまで、心が折れるまで、ゲームが嫌いになるまで、つかさは陽向を倒し続けるつもりなんだ。


 ゲーマーというのはなんて悲しい生き物なんだろう。貪欲なまでに勝ちに飢え、相手を負かすためならいくらでも忍耐を惜しまない。冷酷なまでにマキャヴェリズムを突き詰めて、勝ちをもぎ取る獣だ。


 つかさ、その先に待っているのはどうしようもない孤独だってわかっているの? 


 私は陽向の部屋を飛び出していた。つかさの部屋に辿り着いた時には、もう初戦は終わっていた。姫乃と陽向の悔しがる声だけがスピーカーを通して聞こえる。


 つかさは真っ暗な部屋で、コントローラーを握りしめゲーム画面を凝視している。別のモニターでは陽向達の配信を映していた。


「ひなた、やっと気付いたんだ。まあ、わかったところできみじゃ僕に勝てないよ」


 配信ではルカがひなたを慰めている。コメントもすごい勢いでひなたを応援している。青空ひなたは諦めずにまたボス部屋を目指した。つかさはそんな様子を一瞥してから、一人冷笑する。


「いいよ、何回でもかかってきなよ。何度でも、何度でも僕が踏み潰してあげるよ。弱い奴にはゲームは楽しめないって証明してやる!」


 つかさのやつれた顔は悲壮なまでに歪み切っていた。やっぱり、あのヘッドセットに触れるべきじゃなかったんだ。これが人の心を覗いた代償なんだろう。陽向はつかさの闇を表に引き摺り出してしまった。


 それからもつかさの蹂躙じゅうりんは続いた。陽向がどれだけ頑張っても、その努力は水泡に帰した。ゲームじゃなかったら死体の山が出来上がったはずだ。もちろん陽向にはその記憶が刻みつけられているのだけど。


「いい加減諦めたら? 僕はきみが泣いたって、切り刻み続けるよ。きみが自分の弱さに恥じ入るまで、身に沁みてわかるまで、勝ちを譲らない」


 つかさの声は陽向には聞こえない。けれど、その意思はゲームを通じて、陽向まで届いている。狂気の剣戟けんげきが陽向を襲う。


 けど、陽向も黙ってやられているわけじゃなかった。昨日とは動きが変化している。ゲーム経験者のリスナー達がアドバイスや指示を飛ばしているからだ。陽向はそれを聴き取って、徐々にゲームのコツを掴んでいる。それに、陽向の心はまだ枯れてはいない。むしろ姫乃やリスナーの声援でますます士気を上げている。


 でも、陽向が元気なのはそれだけが理由じゃないよね。


「くそ、しつこいな。もう勝てないってわかっただろうに」


 つかさと陽向の実力差は歴然としている。それは簡単には埋まりはしない。それは陽向だってよくわかっているだろう。勝てないとわかってても戦いを挑み続けるなんて、それこそ馬鹿の極みだ。普通ならモチベーションを保てるはずもない。


「どうしてだよ、なんで諦めないんだ?」


 つかさの中に焦りが生まれた。そうしてようやく、黒い戦士に隙ができた。つかさは初めて攻撃を空振りしたのだ。陽向はその僅かなチャンスを逃さず、つかさの背中から切りかかる。


 攻撃は当たった。けど、それはつかさの体力ゲージが少し減っただけのことだった。


「無駄だよ、勝てないよ。きみだってそれが分からないほど馬鹿じゃないだろ」


 つかさは冷静に、陽向の攻撃をいなし始める。陽向が怯んだところで、重い一撃を放り込んだ。またしても呆気なく陽向は敗北した。


「なのになんできみは……」


「つかさちゃん! もう一回やろう! わたしすぐ戻ってくるから!」


 陽向の喜びに弾んだ声が配信を通して聞こえてくる。


「なんでそんなに嬉しそうなんだよ!」


 つかさは眩しい笑顔の青空ひなたに向かって叫んだ。彼女が笑っているのは、そういう表情をソフトウェアで設定しているからじゃない。陽向の表情を忠実に再現しているまでだ。陽向が笑ってる、だから青空ひなたも笑う。つかさにはそれが気に食わなくて堪らないのだろう。


 つかさ、あんたまだわかってないのね。陽向があんなに喜んでいるのは、あんなにゲームを楽しんでいるのは、あんたと遊んでるってわかったからだよ。


 あの子はずっと友達とゲームがしたかったの。あんたはそんなあの子の夢を叶えたんだよ。それで陽向が喜ばないわけないんだ。


「ねえ、つかさ、どうせこの配信を見ているんでしょう?」


 陽向がボス部屋に戻っている間に、ルカがつかさに語りかける。


「あたし、あなたが嫌いだからはっきり言うけれど、今のあなたはすごく格好悪い。自分の得意なことから逃げているあなたはとっても惨めよ。……あたしも同じだったからよくわかるの。そのまま逃げていても、余計に辛いだけ」


「何言ってるんだよ、惨めなのはいつだって敗者の方だ。だからもう、僕はゲームから下りたんだ。負けるのが、嫌で嫌で仕方ないから……」


「つかさちゃん、戻ったよ! 早く続きをしよう! 今度は負けないから!」


「……違うな、僕はひなたに負けたんだ。でもおかしいな、負けたのになんでこんなに満たされているんだろう、嬉しいんだろう」


 つかさは机に置いてあったそれを掴んだ。慣れた手付きでパソコンに接続する。結局それは一度も壊れたことがなかったんだろう。ゲーミングヘッドセットを付けたつかさは、陽向に通話をかける。


「あ、つかさちゃん来てくれた! 待ってね、立ち絵用意するから。今日はもっと一緒に遊ぼうね」


「いいよ、ひなた。今日はとことんやろう。僕、負けないよ。もう負けないから」


「うん、わたしも負けないよ。やっぱりゲームって楽しいんだね」


 結局、二人の対戦は深夜にまで及んだ。こんな長時間の配信なのにリスナー達もよく付き合うものだ。視聴者数は減るばかりか、みるみる増えていった。たぶん、つかさのゲーム実況を心待ちにしていたファンがいたからだ。幾度も行われた勝負の結果は、つかさの全勝だった。まあ、陽向は全然気にしていないだろうけど。


 配信を終えて疲れたのか、つかさはヘッドセットを付けたままゲーミングチェアのリクライニングを倒して横になった。このまま眠ってしまおうかと言うとき、ヘッドセットがディスコの着信音を鳴らし始めた。つかさは相手を確かめもせず、通話に出る。


「誰? 今疲れてるんだけど」


「悪い、俺だよ」


 つかさは驚いて起き上がる。それは上海で暮らしているつかさの兄だった。


「どうしたのさ、兄貴。急に電話なんか」


「途中からだけど、配信観てたよ。チームメイトにテレライブ好きがいてさ、つかさがゲームしてるって教えてくれた。久しぶりにゲームで遊んでるつかさが観れて良かった。お前、スッゲェ楽しそうでな、こっちまで嬉しくなったよ」


「馬鹿だね、あんなの演技だよ、演技。VTuberだからそういうキャラを……」


「いや、あれは本気の声だったね。声だけ聞けば妹の考えてることくらいわかる」


「なんだよそれ、キモいな。いつまでシスコンやってんのさ」


「キモくて悪かったな……それよりあの二人、いい仲間だな。これからもVTuber頑張れよ、つかさ」


「あのさ、兄貴……」


「ん?」


 言う前からつかさの目にはもう涙が溢れている。ほんと、最初から素直になればいいのに、人間は面倒な生き物だ。


「僕、酷いこと言ってごめん……いつも強がってばかりでごめん……見送りにも行けなくてごめん……」


 つかさの言葉は嗚咽が混じって、何度も立ち止まった挙句、ようやくその一言に辿り着いた。


「僕、お兄ちゃんとゲームができて楽しかったよ」


 お兄ちゃんだってさ、普段は気取って兄貴なんて呼んでいるくせに笑えるわね。本当に笑える。あんまりにもおかしすぎて私まで涙が出てくるじゃない。


「大袈裟だな。なんだ、お兄ちゃんが恋しくなったか? 上海なんて近所だぞ。飛行機に乗ればすぐだ。俺も時々帰るし、お前もこっちに来ればいい。それに……」


 お兄さんはまたあの時と同じ言葉を繰り返した。


「俺とつかさはゲームで繋がっていられる。まあ、ほんのちょっとのラグはあるかもしれないけどな」

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