18話 一人じゃない

「やったよ、ゆうちゃん、遂にボスの部屋の前まで辿り着いたよ!」


 ええ、よく頑張ったわ陽向。


 学校に行っている時間を除いて、ほとんど全ての時間を陽向はゲームに割いていた。それでもここまで到達するのに三日も掛かってしまった。ゲームの上手い人ならもっと早く攻略出来ていただろう。ゲームが苦手な陽向には苦難の連続だった。しかしそれももうすぐ終わる。あとはこのボスさえ倒せば、つかさとの賭けは陽向の勝ちだ。


 でも陽向、あなたちゃんとわかってる? 賭けに勝ったからってつかさが心を開いてくれるわけじゃないのよ——なんてさすがの私も頑張ってる陽向に言い出せなかった。


「たぶんボス強いよね。でもわたし、倒せるまで何度でも挑戦するから!」


 陽向も私も一度で勝てるとは思っていない。ボスを攻略するためにまた何度も死ぬことになるだろう。悲しいことにボスに負ければ、またステージのスタート地点まで戻される。けれど、途中でステージの仕掛けを解いて、ボス部屋の近くまでショートカットできるルートを解放したので、戻ってくるのはそこまで苦ではない。それでもすべての雑魚敵を回避できるわけではないので多少は時間が掛かるだろう。そこは根性だ。


 陽向の操作するキャラクターがボス部屋に入る。中に入ると、ムービーが挟まって、漆黒の鎧に身を包んだ戦士が現れる。黒い戦士は背丈ほどもある大剣を装備していた。ボスは無言のまま屹立している。


 ムービーが終わりボスとの戦闘が始まる。


 陽向、まずは様子見でボスの攻撃パターンを把握するのよ。


「わかった。回避に専念するね」


 ダンジョンで遭遇する敵もかなりの強敵だったから、相手の出方に合わせて攻撃をすることに陽向は慣れつつある。まずはボスの手の内を知り、そこから戦略を組み立てるのだ。


 陽向はボスと距離をとった。自分からは攻めず相手の攻撃を待ち受ける。しかし、そんな陽向に対してボスは不動を貫いていた。


「ゆうちゃん、攻撃してこないよ」


 おかしい、今までの敵はプレイヤーを見つけるやいなや容赦なく襲いかかってきたのに、このボスは冷静沈着に構えている。まるで向こうも陽向の出方を窺っているみたいだ。


「わたしから攻撃するしかないみたいだね」


 陽向は持っている剣でボスに斬りかかる。しかし陽向の剣が届く前に、リーチの長い大剣が陽向の脳天に振り下ろされた。見事なカウンターだ。衝撃で陽向が倒れたところに、ボスは追撃として剣を突き刺した。その二回の攻撃で、体力ゲージは一気に削られた。


 陽向、回復よ。


「う、うん」


 ボスの高い攻撃力もこのゲームでは驚くことではない。そもそも雑魚敵からして、やけに攻撃力が高いのだ。この程度は想定の範囲内だ。


 陽向はボスからローリングで距離をとった。薬草を食べて回復行動に出る。だが、ボスはそんなことさえ予測していたようで、ボスは反撃を警戒せずに一気に距離を詰めて薬草を食べる陽向の背中を剣で貫いた。回復こそ間に合ったけど、また体力が減ってしまう。


 陽向はとにかくボスから離れて、安全な場所まで退避した。すると、ボスは攻撃を大剣から魔法に切り替えた。光の矢が列をなして、陽向を追尾して飛んでくる。回復する間のなく、陽向はローリングを繰り返してかわす他なかった。


 陽向、そっちはダメよ! 読まれてるわ!


「え?」


 陽向が矢を避けて辿り着いた場所目掛けて鋭い大剣の突きが繰り出された。それは陽向の胸を真正面から貫いた。その攻撃で動きを止められた陽向に残りの矢が襲いかかる。それで陽向の体力はゼロになった。ゲームオーバーだ。


「……強いボスだね。今までのどの敵よりも強いよ」


 ボスの攻撃を数回受けるだけでやられるのはわかっていた。これはそういうゲームなのだから今更驚かない。けど本当に厄介なのは、ボスの動きだ。陽向の行動を先読みしているような素早い判断、そしてまさしく機械のように正確な一撃。よほど高度なAIが使われているみたいだ。


 つかさの自信の根源はおそらくこのボスにある。ステージは攻略できても、このボスだけは倒すことができないと確信しているからあんな賭けを持ち出したのだろう。こればっかりはゲームの開発者を恨むしかない。どうしてこんなに強力なボスを生み出してしまったのか。こんなの陽向じゃなくても諦めてしまいそうだ。


「でもまだ一回目だから、もう一回やってみるよ」


 陽向はめげずに二回目の挑戦を始める。ボス部屋まではスムーズに辿り着けたけど、一度死んでいるのでペナルティのある状態で戦わなくてはいけない。ボスの強さを思えば、そのペナルティは致命的だった。案の定、たった一度の攻撃で陽向は絶命してしまう。三回目も、四回目も同様の結果に終わる。


 何度も戦っても、ボスの攻撃のパターンが掴めない。むしろボスは陽向の動きに合わせて臨機応変に攻撃手段を変えてくる。陽向が武器を変えると、ボスまで武器を変更してくるのだ。いったいどうやって攻略しろというのか。


 陽向、そろそろ寝ましょう。明日も学校なんだから。


「ゆうちゃん、先に寝てていいよ。わたし、もう少しやってみる」


 陽向がそう言うからには私だけ先に寝るわけにもいかない。陽向が寝るまでとことん付き合うことにする。それからも、陽向は幾度もボスに挑戦し続けた。


 やがてゲームのBGMに混じって小鳥の鳴き声が聞こえてくる。


「あれ、このゲームにこんな鳴き声のモンスターいたっけ?」


 目に隈を作った陽向が私に問いかける。


 違うわ、これは外から聞こえてるのよ。もう朝なの。


 カーテンから朝日が漏れ始める。暗い部屋に差し込む光は爽やかさを通り越して、目に毒だった。朝までボスと戦い続けた陽向は、すっかり疲弊ひへいしていて、操作も鈍っている。当たり前だが、ボスの方は疲れなど感じさせない動きを続けているので、陽向にはますます勝ち目がなくなっている。


「もう朝なの? ……学校に行く準備しないと。学校はサボらないってお母さんとお父さんに約束したから」


 陽向がVTuberをすることを陽向の両親は快く了承したけれど、それもあくまで学業を怠らないことが条件だった。まさかゲームのために学校を休むわけにもいかない。


「ひなた、そろそろ起きないと遅刻するわ」


 姫乃がドアの外から声をかけてくる。けど、そんな心配は無用だった。陽向はまだ寝てもいないのだから。


「あ、姫乃ちゃんおはよう。大丈夫だよ、ちゃんと起きてるから。今、制服に着替えるね」


 陽向はコントローラーからようやく手を離して、座ったままクローゼットに手を伸ばした。しかし、その手が届く前に陽向は眠りに落ちてしまう。返事しなくなった陽向を心配して、姫乃が部屋に入ってこなかったら、間違いなく遅刻だっただろう。


 通学途中の電車で少し眠ることができた陽向は、わずかだが生気を取り戻していた。


「朝までやっても倒せないなんて、よっぽど強いボスなのね」


 陽向の体を支えながら、姫乃はゆっくり歩いてくれる。


「うん、すっごく強いの。強いだけじゃなくてね、気迫みたいなのまで感じるんだ」


「気迫?」


「そう、なんか絶対何があってもわたしを殺すって気概きがいを感じるの」


「……ひなた、ゲームのやり過ぎよ。ゲームのせいで頭までおかしくなっちゃうわ」


 ずっとプレイを見ていた私には陽向の言うことがわからなくもない。あのボス、微塵みじんも隙を見せなかった。相手に一度も勝利をイメージさせない、不条理で周到な攻撃が一晩中繰り広げられたのだ。殺意さえ感じてもおかしくはない。


「攻略サイトは調べてみた? 突破口が掴めるかもしれないわよ」


「ダメだよ、そんなことしたら自分で攻略する楽しさが失われちゃうし、それにね、わたし純粋に自分の力で忍ちゃんに認めてもらいたいんだ」


「……純粋に自分の力ね、似たようなことを誰かも言っていたわね」


 誰も何もそれは姫乃自身が言っていたことだ。姉の名前に頼ることなく、自分の力だけでアイドルになる、それが姫乃がVTuberになった理由だった。


「でもねひなた、あなたは今まで自分一人の力で生きてきたとでも思っているの?」


「それは……」


 そんなわけはない。いくら友達がいなかった陽向だからって、いろんな人に支えられて生きてきたのだ。そんなことは陽向だってよくわかっている。


「あなたは一人じゃない。ゆうひや、あたしがいるわ。もっと仲間に頼っていいの。それに、あたしたちにはもっと強力な味方がいるじゃない」


「強力な味方?」


「そうよ、あなたは何も一人で戦う必要なんてない。乗り越え難い困難があるなら、その人達と一緒に戦えばいいのよ」


 陽向はようやく姫乃の言う意味を理解したようだった。さっきまでの生気のない顔は失せて、瞳に輝きが戻ってくる。


「そうだよ、わたしには味方がいるんだ! リスナーさん達と力を合わせれば、きっとどんな敵にだって勝てるよ! ありがとう、姫乃ちゃん。わたし頑張るから!」


 どうやら陽向にはもう勝利の瞬間が想像できてしまったようだ。一度でもその瞬間がイメージできたのなら、その歓喜に向かってひた走ればいい。


 さあ、陽向、今度こそあの真っ黒な鎧を剥がしてやろうじゃないの。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る